『敵は家康』刊行記念【特別対談】早川隆×伊東潤<歴史・時代小説の面白さ -史実と物語の狭間で->

『敵は家康』刊行記念【特別対談】早川隆×伊東潤
<歴史・時代小説の面白さ -史実と物語の狭間で->

『敵は家康』 刊行記念! 本作がデビュー作となる新鋭、早川隆氏と『峠越え』など数々の著作で知られる伊東潤氏の特別対談が実現。 第6回歴史・時代小説大賞で特別賞を受賞し待望の書籍化を果たした本作や歴史・時代小説を書く醍醐味について語る。

物語を書く喜びが随所に

早川隆
早川隆
早川

実は今回の対談企画は、伊東先生から「やりましょう」とお声がけをいただいたのがきっかけでした。伊東先生の弟子と自称していたアマチュア歴史書きの私が、アルファポリスから新人作家としてデビューし、今こうしてその先生と面と向かって対談だなんて……本当に感無量です。

伊東

早川さんは、僕が主催する読書会に何度もいらしています。今回『敵は家康』という作品でデビューすると聞き、少しでもお役に立ちたいと思い、対談を提案させていただきました。ささやかな恩返しですね。

早川

本当にありがたいです。私は『峠越え』を読んで感動し、伊東先生のファンになりました。2年ほど前に初めて読書会に参加させていただいたのですが、先生の作品の中ではちょっと異色の世話物『潮待ちの宿』の回でしたね。面白かったです。先生の書かれた数多くの名作の中でも、船大工の親子のドラマ『男たちの船出』や、徳川家康を主人公に描いた『峠越え』などは本当に大傑作だと思っています。

伊東

お褒めに与り恐縮です。僕も早速『敵は家康』を読ませていただきました。早川さんは小説家になりたいというより、物語を書きたい人なんだなと強く感じました。

早川

あ、そうかもしれません。

伊東

小説家になりたい人の書く小説と、物語を書きたい人の小説って、根本的に違うんです。具体的には、前者は端正で技術的に優れている反面、比喩ひとつとっても衒(てら)いや気取りが強すぎて、野心が丸出しなんです。ところが『敵は家康』は、轆轤(ろくろ)を使わない手ごね茶碗のように不器用だけど、器を作る喜び、すなわち物語を書く喜びが随所に溢れていました。まさに織部焼のような作品ですね(笑)。

早川

ありがとうございます。実は初めて書いた長編小説がこの『敵は家康』なんです。3年前に書いたのですが、すでに50歳を超えていました。その20年前、ミステリー作家を志して小説教室に通ったことがあるんですが、その教室が純文学志向で(笑)。行っても、周りの人が何を書いているのかさっぱりわからず、文芸って難しいなというネガティブな印象だけが残ってしまいました。それ以来、全く何も書いていなかったんです。

伊東

ちなみに、どんな作家のどの作品が好きだったんですか。

早川

歴史小説は嫌いではなかったのですが、それほど多くは読んでなくて……司馬遼太郎はかなりハマりましたが、池波正太郎や藤沢周平などの大家の作品すら、きちんと読むようになったのは最近になってからのことです。もともと好きなのは、ジャック・ヒギンズの『鷲は舞い降りた』や、アリステア・マクリーンの『ナヴァロンの要塞』のような、いわばジャンル違いともいえる戦争冒険小説のような作品でしたね。

伊東

ああ、いいですね。その二作は、私も胸を躍らせながら読んだ覚えがあります。次から次へと起こるピンチの設定、その打開策の妙、そして個性溢れるキャラクターなど冒険小説の基本を押さえている作品なので、小説家志望者は必読ですね。

行き当たりばったりでも、スリリングな展開を生み出せるのは才能

早川

次に何が起こるかわからない展開や、群像劇として色んなキャラクターがぶつかり合ったり協力したり……っていうところがツボでしたね。『敵は家康』は、まさにそんなイメージで書いています。

伊東

なるほど。『敵は家康』も、初めて書いたとは思えないほどの出来で、正直驚きました。

早川

嬉しいです、ありがとうございます!

伊東潤
伊東潤
伊東

後景で歴史が流れて、前景で架空の人物が動いていくっていうスタイルは、最近流行のフォーマットですが、次々と起こる事件の設定と、それに対応する人物の心情描写がしっかり書けています。つまりプロの作品になっているので、これからの執筆活動にも大きな期待が持てます。

早川

それは恐縮です。なにしろ長編を書くのは初めてだったので、プロットをほぼ組まずに、思いつきで次々とストーリーやキャラクターを足していったんです。書いているうち話がバラバラになってしまうかなと思っていたのですが、奇跡的に最後うまくまとまりました。

伊東

歴史的背景や登場人物たちが置かれた状況を説明するのは、歴史小説のネックの一つなんですが、本作は自由に視点を設けているので、今川義元と徳川家康の会話の中で、そうした説明をしていますね。本作のようにマルチ視点を許している作品の場合、それができるので、読者に飽きさせず読ませることができます。マルチ視点にはデメリットも多いのですが、本作はメリットを生かしていると思いました。

早川

いえ、恥ずかしながらそこまで意識せず、感覚だけで書いていました(笑)。

伊東

何となくそれは分かりました。厳密な構成はないなと(笑)。例えば隆慶一郎的な作風だと感じました。しかし行き当たりばったりでも、スリリングな展開を生み出せるのは才能だと思います。それができたのも、弥七という架空の人物を主人公に据えたからでしょうね。それだけで展開の自由度が格段に高まります。実在の人物だと、史実や定説に従わねばならない場合もあるので、自由度は制限されます。ただし前者のやり方で面白くなるかどうかは才能次第なので、大きなリスクがあります。本作で、弥七という架空の人物を主人公にしたのはどういう理由だったんですか?

敵は家康
敵は家康
早川隆 / 著
■定価 1,980円(10%税込)
早川隆

広島県出身、インターネットベンチャー勤務の傍ら、2019年より執筆活動を開始。アルファポリス第6回歴史・時代小説大賞の特別賞を受賞した「礫」を「敵は家康」に改題し、出版デビュー。

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伊東潤

1960年、横浜市生まれ。早稲田大学卒業。ビジネスマンを経て2010年より専業作家。主に歴史・時代小説を執筆。文学賞多数受賞。代表作に『修羅の都』『茶聖』『巨鯨の海』『国を蹴った男』『江戸を造った男』『囚われの山』などがある。

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