さくら薬局「小茂根店」小説一覧
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咳払いをする客。痰がからむならば、外へ出て、吐き捨てればいっそのこと楽だろうに……。
客は去らずに、地踏鞴(じだたら)を踏む。脂身を帯びた、汗が光る。
デブで粗末な肉体は悪臭を放っていた。加齢臭だ。
こんなになってまで、生きたいかねー……。
丸々と生い茂った顔立ちの子錦は言う。
ここは、人間の塒(ねぐら)ではない。かといって、デブの集合体というには、悩ましい。
アルバイトは、定時になると客がいるのに、愛想無く退社する。
自給自足を真似た、おままごとのような店。それが、さくら薬局「小茂根店」である。
そこへと一人の客が現れた……。その客は、住所不定無職だという。
なんだ、客じゃないのかい……。そんな空気が辺りを包んだ。
服装は、ジャケットやパンツではなく、なんと言うのだろうか……。
如何にも貧乏そうな粗末な身形の男性だった。金は無い。
だが、調剤はして欲しいと言うのだ。お金が無いならば、無理でしょうに……。
しかし、薬剤師の前へと医師からの、薬剤調合指示書を指南してある。
では、客なのだろうか。一見、不思議な光景とともに、不穏な空気が流れる。
デブで鱈目な女中のような寒之錦(かんのにしき)が応対する。だが、女性だ。
そのデブで鱈目な女中にも満たない店員がこのさくら薬局「小茂根店」の店主である。
総責任者は、他に見当たらなかった……。
男性は踏ん反り返ると、むんずっと、座席に靠(もた)れかかる様に鎮座する。
デンッとした不恰好な身形の男は、椅子の揺れをさも、心地好さ気に座している。
ガタガタガタッンと椅子が揺れる。体格の良さだけは、小錦や鱈目にもヒケを取らないだろう。
まだ客と決まった訳でもないのに、不法滞在を決め込む客だ。
こういう客ほど、厄介なものは無い。頑なに信じ込んだ精神疾患による病の簾(すだれ)が、臭い立つ。
無臭だが、煙草のニオイと、悪臭が満ち溢れた。そんな感じの男性である。
年の頃は、五十くらいであろうか……。ともかく、一刻も早く立ち去って欲しいと、千恵子は望む。
千恵子は、アルバイトをしているのだが、定時にあがる度に、嫌な顔をされている。
そういえば、この客は数度観た事がある。いや、観かけたことがある程度の細客だ。
生活保護には、お世話になっていないと言い張る。挙句の果てには、病院への通院も不定期だ。
だから、顔を覚えては貰えないし、細客のために第一大した金にはならない。
そのために、苦労をして調剤しても、生活保護課の担当は、金は払わなくてもいいといった。
ご大層なゴタクを並べ立てる。その割には、ぜんぜん寝耳に水といった客である。
早く死んでくれたら楽なのに。鱈目と千恵子はタメ息を吐き捨てると強い口調で言った。
「あなたねえ、無職だし、住所不定じゃあ、客とは認められないねえ……。」
文字数 1,163
最終更新日 2024.06.04
登録日 2024.06.04
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