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二人の意識の変化

子どもによる素直な感想

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「余計なことを言わないといいんだが」

 思案しているクリスの鼻に食欲を誘う匂いが漂う。
 カリストが奥の部屋からスープが入った鍋と食器を持ってきた。

「いい匂いですね」

 空腹を刺激されたルドが思わず呟く。

 潰したカボチャをベースに鶏肉と野菜たっぷりスープ。カリストが皿に入れてテーブルに並べていく。
 若い女性の前にはスープが入った皿以外に、小さな皿とスプーンも置く。

「食べられそうなら、ゆっくり召し上がって下さい。パンもお持ちします」

 カリストは奥の部屋に戻り、パンを持ってきた。湯気が上がり、小麦とバターの良い匂いが部屋を満たす。

 若い女性がクリスに申し訳なさそうに言った。

「あの、バルタにも食事を分けてもらえませんか? 一度、剣を向けたため、警戒されるのは当然だと思います。ですが、あれは事情があってのこと。二度とあのようなことがないように致しますので、お願いします」
「姫……なんと、お優しき言葉……」

 剣士が感動しているが、カリストが施した化粧により、すべてが笑いに変換される。クリスはなるべく剣士を視界に入れないように顔を逸して頷いた。

「こちらに危害を加えないと約束するなら開放する」
「バルタ」

 剣士が頭を下げる。

「先ほどは失礼いたしました。我が主の命に従い、剣は二度と向けません」
「カリスト」
「はい」

 カリストがナイフを取り出し、縛っている縄を切った。

「こちらへどうぞ」

 カリストが剣士をテーブルに誘導する。そしてスープが入った皿とパンを置いた。

「ありがとうございます」

 若い女性が礼を言いながら頭を下げる。剣士も同じように頭を下げた。頭に付けたままの大きなリボンが揺れる。その姿にクリスとルドが同時に口を押えて横を向いた。

「あ、あの、なにか?」

 不安そうな剣士にクリスは咳払いをする。

「いや、失礼。気にしないでくれ」
「はぁ……」

 立場上、強く聞けない剣士は腑に落ちない顔をしたが、それ以上はなにも言わなかった。
 クリスは気を取り直して説明する。

「約束さえ守るなら、自由にすればいい。ろくに食事も取れていなかったのだろう? あ、パンはスープに浸して柔らかくしてから食べろ」

 そう言うとクリスがスープを一口食べた。その様子を見た剣士がスープを口にする。そのまま、ゆっくりと具材を噛みしめて飲み込んだ。

「このように温かく美味しい食事は久しぶりです」

 毒見も兼ねていたが、想像以上の美味しさに剣士が感動する。だが、見た目が見た目なためクリスたちが剣士から顔を逸らした。
 もはや笑ってはいけない我慢大会。

 そんな苦行の前で、若い女性がスープを小さな皿に移し、子どもに食べさせている。

「たくさん食べろと言いたいところだが、腹のことを考えると少しずつ食べるほうがいいからな。今はそれだけで我慢しろ。シェットランド領に到着したら、専属の治療医師を付けるから治療や食事については、そいつの指示に従え」

 聞きなれない言葉にルドが訊ねる。

「師匠。治療医師とは、どういう人なのですか?」
「治療師と医師の両方の知識を持つ人のことだ」
「初めて聞きました」
「この国だと、シェットランド領にしかいないからな」
「どうしてですか?」

 クリスは軽く肩をすくめた。

「この国の治療師を見ればわかるだろ? プライドだけ高くて他人の意見など聞かない。魔法を使わず治療することを詐欺だと言う。そんな奴らが医師の勉強をすると思うか?」
「しませんね」
「仕方がないことだ」

 平然と食事をするクリスに剣士が訊ねた。

「クラウディオ医師の紹介があったとはいえ、どうして我々にここまで良くしてくれるのですか?」
「おまえたちの生き残る力の強さと運に敬意を示しただけだ」

 剣士と若い女性が首を傾げる。

「今のオークニーは、最近起きた事件のせいで国外の人間に対して警備が厳しくなっている。入れないどころか、不審者として捕まっていた可能性もある。それを避けてシェットランド領を目指したのは良い判断だった。だが、その軽装なら途中で遭難して凍死しても、おかしくなかった。だが、そうなる前に私と出会った。生き残る力と運が強くなければ無理なことだ」

 クリスの話に剣士が驚く。

「それだけで!? 場合によっては、あなたが処罰されるかもしれないのですよ!? 最悪、領地剥奪や斬首の可能性も……」
「それだけが難しいんだ」

 クリスは一生懸命スープを食べる子どもに視線を移した。

「世界は自分の力だけでは、どうにもならないことが多い。だが、その中でおまえたちは生き残れる道を掴んだ。それをここで途絶えさせるのは、あまりにも惜しい。だから私はその手伝いを少しするだけだ」
「なんと器が大き……「さすが師匠!」

 剣士の言葉を遮ってルドが立ち上がる。その顔は満面の笑顔で、頭には犬耳、尻には左右にブンブンと振る尻尾の幻影が。

「わんわん! わんわん!」

 感動に震えるルドを子どもが楽しそうに指さす。
 その言葉にクリスは吹き出した。

「子どもにも犬に見えるか。そうだな」

 穏やかに笑うクリス。いつものどこか険しく、不機嫌そうな顔はどこにもない。力が抜けた年相応の、それでいてどこか可愛らしい笑み。

 その表情にルドが胸を押さえた。

「どうかしたか?」

 クリスと視線が合い、ルドが慌てたように顔を逸らして椅子に座る。

「あ、いや、なんでもないです。食べましょう」

 どこか焦った様子のルドにクリスは首を傾げた。
 ルドがクリスから視線を外してスープを食べる。震えそうになる手に力を入れ、とにかく食べることに集中した。


 ゆっくりとした昼食会を終えた頃、小屋の外から大声がした。

「クリスティー! 我が愛しのクリスティー!」

 言葉の内容にクリスは耳を押さえてテーブルに伏せる。カリストがクリスの心情を察した。

「少しの辛抱です」
「わかっている。わかっているが……」

 明らかに落ち込んでいるクリスに対してルドが不穏な空気をまとう。

「誰ですか?」

 小屋の外を全力で警戒するルドの頭をクリスが叩いた。

「私の身内だ。絶対に攻撃するな」
「師匠の身内の方ですか!? わかりました!」

 ルドが姿勢を正す。そこに勢いよくドアが開いた。






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