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7,二人で買い物

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水曜日。
 白石さんとショッピングの約束をした、その約束当日。
 僕と白石さんは電車に乗り、約束していたショッピングモールに向かっていた。
 駅前で待ち合わせて合流したのだが、やはりというべきか彼女の方が早かった。
 人々の手本と成らねばならぬ風紀委員としての性なのだろうか。白石さんが遅刻したことは無い。
 白石さんは、落ち着いた服装をしていた。
 清潔で手入れが行き届いた白い服。スカートは暗い色の長めの丈で、清純さの中にどこか色気も混じる、そんな雰囲気を漂わせていた。
 これってネットで話題になってた「童貞を殺す服」だよな。
 僕は既に童貞では無いけれど、彼女の透明感のある清冽さと相まって中々の破壊力に襲われた。
 正直、可愛かった。
 というか童貞を卒業して一ヶ月くらいしか経っていない男子の女子に対しての免疫はまだ不完全だ。
 黒髪清楚系女子の白石さんは見ていてクラりとする。
 最も信頼できないタイプだとネットでは書かれていたけど、こういう地味だけど色気がある毒牙がそうなのだろうか。
 まあ、内面は結構物怖じ無いキャラなのだけど。
 電車に揺られること十数分。
 僕らは駅で電車を降り、バスでショッピングモールへと向かったのだった。

***

「暑かったね……倉部くん、大丈夫?」

 ガラス張りの自動ドアを抜け、僕らは店内へと入る。
 空調の良く効いた空間は涼しくて、すっと汗が退いていくのが感じられた。

「暑かったけど大丈夫。白石さんこそ、気持ち悪くなったりしてない?」
「平気。早速行こうか」

 白で統一された店内は広々としていて、買い物に訪れる人々の姿も多かった。
 どこからか聞こえて来るサラサラとした音楽をぼんやりと聴きながら、エスカレーターに乗って移動する。

「ねえ。倉部くんは、こういう場所には良く来るの?」

 僕の前に立っていた白石さんが、後ろを振り向きそう言った。

「いや、あんまり。華やかな場所でお買い物ってキャラじゃないし」
「私もあんまり来たことないかな。……一緒に来る友達も特にいないし」
「……」
「ま、今日は楽しみましょうか」

 白石さんはどこか遠くを見るような表情をしていたけど、それをふっと崩して僕に微笑む。
 冷たい輪郭の頬が儚げで、淋しげで、でもその瞳は僕のことをしっかりと見ていて。
 色々な感情が入り混じった複雑な微笑を前に、僕は彼女を勇気付けるようにしてこう言う。

「うん。存分に楽しもう」

 彼女の表情は変わらなかったけど、ただ一言「ありがとう」と答えてくれた。

***

 その水着屋は、ショッピングモールの二階のいずれかの場所で営業していた。
 結構大きい面積を持っていて、男性用や女性用の色取り取りな水着が展示されて売られている。
 水着だけの専門店なんて冬はどうするんだろうと僕は疑問を投げかけたが、「日本が冬でも海外は夏の国があるから、旅行する人のためにちゃんと需要はあるの」と教えてくれた。
 店内に入り、僕らはよさそうな水着を探す。
 僕は正直なところ、よほど派手じゃなければ何でも良かった。
 あまりこういうことには拘りは無い。
 僕はメンズ用のそこそこ手ごろな値段の、トランクス型の海水パンツを選び、籠に入れた。

「ふーん。倉部くん、そう言うのが好きなんだ」
「まあね」

 何でも良かったというのも「それはどうかと思うよ」とか言われそうだったので、そんな返答をする。
 あまりにも適当すぎる返事だと気が付いたけど、白石さんは気にしてなかったようだった。
 僕とは逆に、白石さんが自分の水着を選ぶ様子は真剣そのものだった。
 男子が素肌を晒すのと女子が素肌を晒すのとではだいぶ意味が変わってくる。
 彼女としても、恥ずかしくないものを選びたいのだろう。

「これは……ちょっと破廉恥すぎる。こっちは……本当にこれ水着? これクラスの女子が着てたら指導対象だよ」

 殆ど紐に近い水着……スリングショットを指差し白石さんは眉を顰める。
 白石さんがこれを着ていたら……そんなことを考えるけど、表情に出そうだったので頭から無理やりかき消した。

「じゃあこれはどう? ワンピース型のゆったりとした奴。色気は薄いから恥ずかしくないと思う」

 僕は気の利いた提案をしたつもりだったのだけど、白石さんの反応は微妙なものだった。

「……もう少しだけ背伸びしたものを着てみたい」
「その心は?」
「……私だってお洒落に関心はある」

 身だしなみに厳しい風紀委員だからと言っても、やはり異性の目は気にするものなのだろう。
 ……まあ、そもそも学校の敷地外で着るわけなのだから、校則も何も無いのだが。

「このヒョウ柄の水着は?」
「そういう方向の大人っぽさじゃないのよね……」
「水着パーカーは? 健康美と爽やかさをアピール出来るよ」
「私とはそんなにマッチしてないと思う。こういうのが似合うのは、もっと活発な子かな」

 白石さんに似合う水着はどんな物だろう。
 フリルをあしらった水着? 端整で引き締まったボディラインを強調するなら、競泳水着もありかもしれない。
 いや、白石さんに似合う水着と言うよりも、白石さんが気に入ってくれる水着を選ぶのが正解なのだろう。
 彼女の嗜好がどんなものなのかはまだよく分からなかったが。
 女性用水着に囲まれていると、男としては緊張のようなものを腹の底に軽く感じる。
 女性である白石さんと一緒なのだから周囲に誤解されることは無いだろうけど、何とも言えぬ居たたまれなさを感じることを自覚した。

「ねえ倉部くん。これとか良くない?」
「え、どれどれ?」

 白石さんが手に取っていたのは、飾り気の無いシンプルな黒の水着だった。
 ビキニタイプで少し大人びてはいるけど、過度な色気は無い。

「良いと思う。試着は出来るのかな」
「店員さんに訊いてみるね」

 近くにいた店員に白石さんは話しかける。
 しかしこの店では試着は出来ないとの答えだった。

「残念。まあ、商品が汚れちゃうからね」
「どうするんです? それ、買うんです?」
「うん。良い感じだし、これにする。水着姿のお披露目はまた今度ということで」

 決まりだった。僕らは籠の中に入れた商品をレジに持って行き、支払いの手続きをする。
 白石さんはカードで支払う。自分の物は自分で購入すると、僕らは店を出る。

「親に明細見られた時、色々言われるの嫌だから現金が良かったんだけど、そもそも洗濯する時絶対に見つかるのは目に見えてるから結局カードで支払ったの」
「なるほど」

 結構うるさい親なんだなと思った。
 じゃあ白石さんは絶対コンドームはカードで買えないななどと最悪なことを考えつつ、でもそんなことはおくびにも出さないで僕らは買い物を続けることにする。

***

 その後僕らが行ったのは、書店や雑貨店、そして映画館だった。
 映画は最近有名な監督が手がけたアニメ作品で、男女の儚い恋愛を描いた作品だった。
 白石さんはアニメは観ない人とのことだったけど、ちょっと興味が湧いていたらしく彼女の方からリクエストしてきたのだった。

「面白かったね」

 モール内で営業するカフェテリアで、冷えた飲み物を口に付けつつ僕らは感想を言い合う。
 あそこの展開は唐突に見えて実は伏線があったとか、綺麗な美術で目を惹かれたとか、白石さんは結構楽しそうに語っていた。

「中盤からの盛り上がりが凄かった。やっぱりプロだよなぁ。もう一回観に行きたいくらい良かった」

 僕はアニメは結構視聴する方なので、負けじと感想を言う。
 細かい粗に難癖付けたり知識自慢するのは避けた。
 陰キャに見える態度だし、何より実際に面白かったから。
 白石さん、以前に比べて少し明るくなったように思える。
 以前の風紀委員としての仕事をしている時の白石さんは、どこかピリピリとしていて近寄りがたかった。
 美人で、成績優秀で、厳しくて。高嶺の花のようで、そしてその花には棘が付いていて。

「なんだか白石さん、『可愛く』なった気がする」
「っ……どういうこと?」
「よく分からないけど、ちょっと丸くなったっていうか……」
「……体型が?」
「違う」

 以前の白石さんは、もっと人を遠ざけるような雰囲気だった。
 厳しい言葉の中には取り澄ました冷たさを併せ持っていて、何というか……少し怖かった。

「白石さん、明るくなったよなって思った。クールさと可憐さはそのままに、ちょっと無邪気な面も見えてきた気がする」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてるよ」
「……まあ、私も社交性を持つ努力をしたから。君と深く関わることになっちゃったわけだし?」

 皮肉混じりでそう言う白石さんに僕は謝ると、彼女はフフフと笑ってくれた。

***

「今日はありがとう。水着選ぶの手伝ってくれて。楽しかった」

 夕方。夏の日差しもその突き刺さり方を弱め始めた頃に、僕らは自分らの街の駅前にいた。
 僕も白石さんも、両手には紙袋を持っていた。当然その中には今日買った水着やら、雑貨やらが入っている。

「僕も楽しかった。今日はよく眠れそうだ」
「結構お金使っちゃったけど、まあ楽しかったし良しとしますか」

 彼女は手に持つ紙袋の中身をチラリと見る。嬉しそうな表情。

「プールへはいつ行くんです? 僕はいつでも構わないけど」
「うーん。いつがいいかな……まあ、決まったら連絡する」
「分かった。じゃあ、今日はお開きということで」
「うん。……本当に今日はありがとうね」

 僕らは軽く手を上げて別れると、別々の方向へと歩き出す。
 夏の熱気に沈む夕方の時刻を歩き、僕は帰路へと付いた。
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