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番外編 インキュバスの能力を得た俺が、現実世界で気持ちいい人生を送る話

(5)白石琉海

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 成り行きで泊まることになってしまったので、シャワーとパジャマを借りる。今日着てた服は、洗ってくれるらしい。ドラム式の洗濯乾燥機いいな。俺も欲しい。

「あの…本当今日、ありがとう。助かった」

 そう言って先輩は、しれっと床で寝ようとしている。

「いやいや先輩。ベッドで寝てください」

「そんな、お客さんを床で寝かせられないよ」

 ここん家はソファーとかないんだよな。そもそもモノがない。彼の持ち物は少なく、小さなクローゼットに収まり切るくらい。パソコンや勉強道具は、ほんの隅っこに固めて置いてある。本当にここは、ヤリ部屋だ。「お客さん」っていう単語が、卑猥に聞こえる。

「またアイツが来るかもしれないでしょ。俺、起きてますから」

 そうだ。今日は一応、チンピラ3人と元カレをやり過ごしたが、問題の根本解決には至っていない。奴らはいつここに来るか分からない。これから先も同じ。とりあえず今夜は一晩警戒して、後はどうするかなんだけど…てか何で俺が、こんなことまで考えちゃってんの。

「ごめん…。やっぱりこんなことに、碧島を巻き込めないよ…」

 暗くした部屋の中で、先輩の声が震えている。ああもう、変な船に乗り掛かっちゃったよ!

「もうそんなことはいいから、とりあえずベッドで」

「やだ、駄目だって」

「ああもう!」

 俺は彼を抱き上げ、ベッドに横たえる。ステータスは超後衛型ではあるが、今の俺の能力は、常人のそれを遥かに超えている。

「いいから寝て。あんた、ロクに寝てないでしょ」



 何だかんだ押し問答の末、俺はなぜか、先輩と同じベッドで寝ることになった。アレを目的に備え付けられているせいか、幸いベッドはシングルではなくてセミダブルだったけど、それでも狭い。背中合わせでくっついているが、ちょっと気を抜くとベッドから落ちそうだ。

 俺もだが、彼も眠りに落ちそうな気配がない。深夜だけど、無理にでもタクシー拾って、俺ん家に連れて帰れば良かったかもしれない。

「…ごめん…」

 彼は二言目には「ごめん」だ。

「…別に先輩は、何も悪いことしてないでしょ」

「…それでもさ…」

 そこで会話は途切れた。やっと寝る気になったか、と思ったら、彼はもぞもぞと体の向きを変え、背後から俺のそこに手を伸ばして来た。

「ちょっと先輩」

「ごめん…俺、こんなことくらいしか出来ないから…」

 彼は今日の負い目を、身体で返すつもりらしい。

「もう、やめろって!」

 彼がびくりと跳ねる。

「ご、ごめん、気持ち悪かっ」

「そうじゃねぇだろ!」

 俺は振り返って、彼の手を掴んでベッドに縫い付ける。

「好きでもない奴にそんなことすんなよ!もう。弱みに漬け込んで先輩を抱こうとか思わねぇよ」

「ごめん」

「そのごめんってのもやめろ」

「ごめ…」

 もう敬語も何もナシだ。

「もういいから。今日はちょっとでも寝て、後のことは明日」

 明日っていうか、深夜回ってるから、今日だけど。

「…うん」

 やはり疲れていたのか、彼は俺の腕枕の中で、すとんと眠りに落ちた。モデルのように整えられた、明るい色の髪。端正だけど甘い顔立ち。長い睫毛まつげ。泣きぼくろ。パッと見、いかにもパリピみたいな男なのに、腕の中で無防備に、あどけない寝顔を晒している。そりゃ、悪い男に捕まったら、骨の髄までしゃぶり尽くされて、絶対に逃がしてもらえないだろう。てか、俺が悪い男じゃないっていう保障はどこにもないんだが、コイツ分かってんのか。

 腕枕で身動きの取れない俺は、いつしか彼の体温で、うとうとと眠ってしまったらしい。幸い乱入者は、朝まで訪れなかった。



 日曜日の朝は、さっさと身支度を整えて、外へ。なんせ、彼の部屋には食べるものがない。貴重品やパソコンなど、持ち出せるものをカバンに詰めて、ファストフード店で朝食を摂りながら、ちょっと作戦会議。昨日は何とか急場をしのいだが、ずっとあの生活を続けるわけには行かないだろう。

 まず、昨日咄嗟とっさに彼氏設定をしてしまったので、今日からしばらくは俺が彼氏役ということで、お互い、「琉海」「弓月」と呼び合うことで合意。そして可能な限り、一緒に行動。それから、とりあえず少しの間、俺の部屋に一時避難。

 彼の部屋の鍵は、例の元彼が持っている。猛獣の檻の中に飼われてるようなもんだ。だが俺の部屋も、ボロくて狭い。彼をかくまおうにも、セキュリティ的に安心とは言えない。

「琉海、引っ越さない?」

「え、でも…」

 確かに引っ越したとしても、タチの悪い連中っていうのはヤバい所まで繋がってて、それで終わりっていうわけじゃない。だけど今のままの状態よりは、少しはマシになるだろう。色々手をつけないといけないことはあるが、まずは手近なところから。

「だけど、金は全部カズが…」

 まあ、そうだろうね。

「その辺はちょっと、心当たりあるから」

 そう。ここのところ、バイトを探さなければと、街を歩いては求人情報を眺めたり、フリーペーパーを手に取ったりしていたものだが、ある時ふと思い当たってしまった。この手だけは使いたくなかったが…

「…これ?」

 彼が手にしているのは、小さなマークシート。そう、ロトだ。そしてもう、どの数字を塗りつぶしたらいいのか、魔眼が教えてくれている。同じ数字を塗ったものを2枚。一枚は彼に、一枚は俺が。

「はは、うん。当たるといいね」

 彼は屈託なく笑った。気休めだと思ったのだろう。だけど、一時いっときでもそうやって笑ってくれると、俺もホッとする。

「ネットで口座作らないと」

「気が早いなぁ」



 そうしてこの日から、彼と仮の同棲生活が始まった。一緒に学校まで行って、お互い自分の取った授業受けて、学食で昼飯食って、待ち合わせて一緒に帰る。まるで仲睦まじいカップルのようだが、実際は俺はボディーガードだ。いつ元彼たちが襲撃してくるか分からない。琉海は、「アイツら本当にヤバいから」としきりに遠慮していたが、「俺、ちょっと護身術習ってるし」で押し通した。実際彼も、チンピラや元彼が不思議と動けなくなった様子を目の当たりにしている。まあ、それより物騒なスキル、山ほど持ってるんだけど。

 そして同棲と言っても、帰るのはワンルームのボロアパート。まだ荷解にほどきも済んでいない狭い部屋で、二人して自炊して勉強して。経験はないが、何だか寮生活のようだ。いや、服なんか俺のダッサいのを共有してるから、どっちかって言ったら男兄弟の同居みたいなモンかも知れない。

 だがここに来て、問題が一つ。自家発電が出来ない。

 一応古いが、ユニットバスはある。シャワーを浴びながら、できなくもない。てか、シャワー浴びてる時くらいしか、抜くタイミングがない。そして今俺は、半分淫魔インキュバスだ。ただでさえヤりたい盛りなのに、そのくらいで性欲が収まるわけがない。ええい、気持ちいいセックスのために進学してきたはずなのに、どうしてこうなった。

 俺の部屋には、布団が一組しかない。暖かくなってきたし、下は畳だし、ちょっとくらいはみ出しても大丈夫だからいいんだけど、やはり二人で寝るには狭い。そして彼は、俺の欲求不満に気付いている。

「その…俺でよければ、抜こうか?」

 彼は顔を真っ赤にして、恥じらいながら言う。だけど俺は、性欲を処理したいのは山々だが、後腐れなく気軽にヤりたい。今の状態の琉海とヤるのは、何度も言うようだが、何だか弱みに漬け込んでるようで、気が乗らないんだよな。

「だからさ、好きでもないのにそういうことすんなって」

「俺がお前のこと好きかどうかって、お前が決めることじゃないだろ!」

 珍しく、琉海が食い下がって来た。

「…なっちゃうだろ。好きに。こんなの…」

 彼は俺から視線を外し、ぽろぽろと泣き出した。ああもう、そういうのは吊り橋効果と言ってだな…!

「ごめん…男なんかにこんな…気持ち悪いのに…」

「誰も気持ち悪いなんて言ってないだろ!」

 そう言って、俺は琉海の唇を塞いだ。

 あーあ。ほらみろ。やっちゃった。
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