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天国でも地獄でも 敬具
飛鳥 ♢・30歳・被害者(1)
しおりを挟む自分が他人と違うことに気がついたのは、幼稚園に通っていた頃からだった。
母はイギリス人で、父は日本人。
一昔前なら、外国人とのハーフなんて珍しいと好奇の目で見られたり、いじめの対象になったりしていたかもしれない。
その点では、いい時代に生まれたと言ってもいいとは思っている。
それでも俺だけ明らかに、他者とは違う扱いをされていたのだ。
幼稚園の先生は、俺の顔を見ると笑顔になった。俺だけを特別に贔屓して、可愛い、可愛いともてはやしたのだ。
「類くんだけずるい!」と、同じクラスの男子に何度か言われたこともあったけれど、女子たちはみんな俺の味方だった。
少しでも俺の悪口を言うと、女子たちから反撃にあうので、そのうち誰もそんなことは言わなくなった。
「類くんはイケメンだから、仕方がないんだ」「うちのママも、類くんとは仲良くしなさいって言っていた」と言われたが、そのときはまだイケメンとは何かわかっていなかった。
特に、アヤ先生は俺を特別可愛がった。
「誰にも内緒だよ」と言って、こっそりおやつをくれたり、遊具やおもちゃを使うときは、いつも一番最初に俺に使わせてくれたりした。
そして、アヤ先生は俺がトイレに行くと、いつも後をついて来て、じっと見てる。
終わると「上手にできて、偉いね」って嬉しそうに言うんだ。
普通のことなのに。
変だなと最初は思っていたが、褒められているのだから、悪い気はしなかった。
ところが特別扱いされることに慣れ始めていた頃、突然、幼稚園からいなくなった。
別の幼稚園に異動になったと新しい先生が言っていたが、俺はその理由を知っている。
いなくなる数日前、幼稚園でお泊まり会をした時、夜中にトイレに行きたくて起きた俺に付き添って、いつものようにアヤ先生が来た。
終わって手を洗っていると、アヤ先生は鼻息を荒くしながら、何度も何度も俺の頬や鼻、顔中にキスをしたんだ。
ズボンの中に手も入れられた。
みんな眠っていて、誰も見ていないと思ったけれど、その様子を偶然、異常がないか見回りをしていた園長先生に見られたんだ。
アヤ先生がいなくなったのは、それが原因だったに違いない。
今考えて見ても、あの行動は異常だった。
自分の子供ならまだしも、赤の他人の子供に対するスキンシップではない。
他の園に行ったんじゃない。やめたんだ。
小学生になってからも、似たようなことはあった。
母が死んでしまって寂しかったこともあって、放課後は近所の大学生のお姉さんと仲良くなった。
お姉さんの家にはいつも最新のゲームがあって、お姉さんは俺を膝の上に乗せて一緒に遊んでいた。
もっと小さい頃は母の膝の上に座ることなんて何度もあったし、普通だと思っていたのに、近所の人が通報して、お姉さんは逮捕された。
それから二度と、お姉さんには会えなくなった。
四年生ぐらいになると、そこでようやく自分がなぜ特別扱いされているのかわかってくる。
イケメンとは何かがわかってくる。
クラスの女子ほぼ全員が、俺のことが好きだったらしい。
俺は普通に遊んでいただけなのに、いつの間にか俺の取り合いになっていて、「誰が一番好きなのか答えろ」と放課後に女子たちに取り囲まれ、訳のわからないことを言われてものすごく怖かった。
だが、五年生になるといつの間にか「飛鳥類ファンクラブ」だか「飛鳥類親衛隊」だかよくわからない組織が出来上がっていて、俺はみんなのものということにされていた。
先生もそれに賛同し、そこでも特別扱いされるので通知表はテストでどんな点数を取ろうといつも二重丸。
勉強なんてしなくても良かったけど、そこそこできたのでそれがおかしいことだ知ったのは、中学生になってからだ。
通知表の仕組みなんて、小学校のうちは中学受験でもしない限り誰も気にしていない。
さすがに男子たちからは、疎まれ始めていたが、俺の顔を見ると怒っている、嫉妬している自分が惨めに思えてならないからと、ここでもいじめられる事はなかった。
俺の通っていた小学校では、年に一度校長先生と面談する機会がある。
その時、俺は「人に好かれやすい事に困っている」と言ったが、校長先生は「人に嫌われるよりよっぽどいい事だよ」と返してきた。
全く納得できなかったし、共感もしてもらえなくて残念な気持ちになった。
校長先生はお世辞にもイケメンという感じではなかったし、俺の悩みなんて誰にも共感されないのだと知った。
そんな中、中学生になる前に、父が再婚すると言って、新しいお母さんを紹介された。
どこか見覚えがあると思えば、新しいお母さんはアヤ先生だった。
正直、俺は嫌だったけど父から再婚の話を聞いた時には、もうすでにアヤ先生のお腹の中には妹がいたし、結婚したら新しい一軒家の家に引っ越すと聞いて、自分の部屋ができるのが嬉しくて、すっかりアヤ先生にされた異常な行動のことを忘れていたのだ。
それまでずっと、父の実家の和室で祖父と暮らしていたため、新しい和室じゃない自分の部屋に憧れを持っていたせいで。
それが地獄への入り口だったとは思わずに、あっさりアヤ先生が新しい母親になることを受け入れてしまった。
中学では引っ越して学区が変わった為に、誰も俺のことを知らない。
また前の学校のように特別扱いをされたくなかった俺は、わざと地味な格好をしようと思った。
髪もボサボサにして、イケメンから逃れようとしたんだ。
でもアヤ先生は、俺の管理を徹底的にやった。
美容室では骨格にあわせた髪型にされ、ジャケットの中に着るベストも肌の色に合わせて選んだから顔色がよく見えて「どの角度から見ても美少年だ」と、入学早々に注目されるハメになった。
俺が身につけるものは、下着も靴下も、すべてアヤ先生が選んだもので、俺の意見なんて聞き入れてくれなかった。
とにかくアヤ先生は、何かにつけて俺を支配したがり、新しい家は本当に居心地が悪い。
かといって一歩外に出れば、いつも知らない誰かにじろじろと見られるのが嫌だった。
唯一の救いは、春に産まれた妹がとにかく可愛いということくらいだ。
妹を見ている時が一番幸せだった。
生まれてきたばかりのこの子は、まだ何が美しくて、何が汚いかも、何もかも知らないのだから。
「どのくらい成長したか確認しようとした」なんて理由で、寝ている俺の体のあちこちをベタベタ触ったり、無理やりパンツを脱がせたりもしないのだから。
女は怖い。
女は嫌いだ。
俺が望んだわけじゃないのに、一方的に「あなたが好きだから」と向けられる感情が、怖くて怖くてたまらない。
怖いから、出来るだけ関わりたくない。
あんたが俺を好きだからなんだと言うんだ。
俺はあんたを好きじゃない。
そもそも、誰なんだよ。
知らないよ。
知らない人が、いつもじろじろと俺を見ているんだ。
その視線が、どんなに気持ちが悪いか、俺以外の誰にもわからない。
みんな死ねばいい。
成長期とともに心が歪んでいく。
身長が伸びる毎に、もうこれ以上伸びないでほしいと何度も願った。
それなのに、天は二物も三物も俺に与えたのだ。
どの角度から見ても美しいと褒められる顔。
バスケ部やバレー部からは助っ人を頼まれるほどの高い身長。
自分ではどこがいいのかわからないが、声変わりの後に低くなった声は色気があるのだとか。
みんな俺の容姿だけを見ている。
中身なんて見てはいない。
みんな死ねばいい。
中学の初めにオール3だったのが悔しくて勉強もしたから学年テストでは常に上位に入っていたが、そちらの方は誰も気にしていなかった。
容姿さえ良ければ、成績なんてどうでもいいらしい。
みんな死ねばいい。
心の中で悪態をついているなんて、思ってもいないのだ。
こんな思いをするなら、こんな顔に生まれてきたくなかった。
高校生になる前、あまりに辛くて、父に吐露した事がある。
「自分の顔が嫌いだ」と。
でも父は言った。
「類のその顔は、天国のママが残した遺産なんだ。俺にとっても、ママにとっても宝物なんだ。だからそんな悲しいことは言わないでくれ」と泣きそうな顔で言われてしまった。
父にも、俺のこの恐怖はわかってもらえなかった。
もう、いい。
俺は妹さえいればいい。他には誰もいらない。
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