類を惹く

星来香文子

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第七章 狂者の昂進

狂者の昂進(3)

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「音成店長……って、え?」
「何年前だったかねぇ? いたのは一年くらいだったかしら? 今の店長が来る前に、とっても若い店長さんが来てねぇ……うちに外国の調味料とかが置かれるようになったのも、その音成店長がきっかけで————あぁ、そういえば事件があったあのアパートに住んでたわねぇ。今もまだ住んでいるのかしら?」

 私と古住弁護士は、この話を聞いて顔を見合わせた。
 201号室の住人だった音成さんのことを言っているのだと、すぐにわかったからだ。
 音成さんは、百瀬店長が来る前にこのスーパーの店長だったようだ。
 七海ちゃんが近所の人から聞いた情報とも一致する。

「陽菜さん、浜田社長は飛鳥さんには料理上手の彼女がいたと言っていたんですよね?」
「はい。でも、もしかしたら……」

 兄は恋人がいると言っただけで、彼女とは言っていなかったのではないだろうか。
 そう思って、すぐに浜田社長からもらった名刺に書かれていた番号に連絡して確認を取ると、電話の向こうで浜田社長は言った。

『どうだったかな? でも、恋人ってことは、彼女と同じ意味だろう? 飛鳥くんは男なんだから』

 浜田社長は、兄が男なのだから、それが当然だろうと言う考えだった。
 社さんと一度だけだが肉体関係があったことも知っていたので、そう考えたのだろう。
 でも、もし、もしも、兄の恋人が生物学上、男性だったなら————

「ずっと、犯人は女だと思っていました。刺されたのは首から下でしたし、飛鳥さんの身長と玄関の段差、それに、犯人は女だという第一発見者の向井さんの証言もあって……201号室の住人が犯人であるなら、階段やアパートの周辺に血痕が残っていなかったのも納得がいきますね。音成優さんと暮らしていたのが男性であれば、年齢の近い人物は何人か」

 古住弁護士はそう言いながら、AJIYA食品の経営者一族の資料を確認し始める。
 けれど、そんなものは探すだけ無駄だ。
 私は知っていた。どうして、今まで忘れていたんだろう。

「音成優さん本人だと思います。私、思い出しました。音成さんとは小さい頃に夏祭りに一緒に行ったことがあります。その時、音成さんは女性ものの浴衣を着ていました。私が着ていたものと、お揃いの向日葵柄の浴衣です」

 私は兄と音成さんをはじめとする友人たちと一緒に夏祭りに行ったことがある。
 その姿があまりに可愛らしくて、不思議に思った。
 男の人なのに、どうしてこんなに似合うんだろうと。
 そう思ったことがあったのに……今の今まで、忘れていた。

「やっぱり、百瀬店長に話を聞きに行きましょう。あの人なら、きっと、そのことを知っているはずです」


 そうして、今日の業務が終わりすでに帰宅していた百瀬店長の家へ向かったのは、夜の七時を過ぎた頃だった。
 店長さんはスーパーと目と鼻の先にあるマンションに住んでいて、初めは一体何事かと玄関先で怪訝そうにしていたが、映像を見せるとすぐに部屋の中に入れてくれた。

「確かに、これはまさるです。でも、この姿の時は自分のことをユウと呼んでいます」
「ユウ?」
「漢字を音読みにしただけですけど、女性の姿をしているのにマサルとは呼びづらいでしょう? 周りから変な目で見られるのは明らかですし、彼……いや、彼女自身も、ユウと呼ばれることを望んでいます。たまに関係を聞かれると、面倒なのでハトコだということにしていました。でも、ユウとお兄さんの事件になんの関係があるんですか?」
「なんのって……この女は、事件当日に兄の部屋に入っているんです」
「え?」

 音成さん————ユウというこの女が、兄を殺した真犯人である可能性が高いことを説明すると、店長さんはかなり驚いていた。
 本当に、何も知らなかったようだ。

「音成さんが兄の部屋の隣に住んでいたのは、知っていましたか?」
「い、いえ。事件があったアパートに住んでいたことは知っていました。同じアパートだと思ったくらいで……近所ではありますが、互いの家に行き来するようなことはなかったんです。俺と優は年齢が近いこともあって、親戚の中では仲がいい方ではありましたが」

 店長さんは、音成さんが女装をしてユウとして生活していることは知っていた。けれどそれは、音成さんが辞めたあと、店長としてあのスーパーに異動してからだという。

「昔から、たまに女の子のようなそぶりを見せることはありました。小さい頃から料理とか裁縫とか、化粧品とかそういう女性が好きそうなものにすごく興味があるようだったので。恋愛小説とかもよく読んでいましたし。でも、そういうのをあいつの父親は絶対に許さなかったんです。それで、そのせいで心が限界になってしまって……————」

 音成さんは中学生の頃、口紅を塗っていたのを一度父親に知られ、激怒されたことがあったそうだ。
 殴られて、蹴られて、女っぽいと思われることはしてはいけないと押さえつけられた。
 それでも、父親の知らないところで密かに女装をしたりしていたらしい。

「少しでも男らしく見せるためにと、柔道部に入れられたと聞いています。優の父親も柔道をやっていたので、精神を鍛え直すためだとかで————大学生になってからは、ある程度自由があったようで、あの時が一番生き生きしていましたね。でも、卒業間近になると、やっぱり卒業後は親の仕事を継ぐために就職させられました。入社直後から、専務の息子って目で見られていたんです。立派な跡取り息子でいなければならない。そういうことの積み重ねで、日に日に元気が無くなっていったんです」

 そのうち限界が来て、何もかもやめてしまった。
 あのアパートに引きこもり、家からの仕送りもなくなり、ほぼ勘当状態になっていたが、大学時代に書いたWeb小説が出版社の目に止まり小説家になったらしい。
 そのお金でなんとか生活し、女装も再開。

「恋人もできたと聞いていました。でも、この半年ほど様子がおかしかったんです」

 初めは女装をして、ユウとして過ごしていても、中身は音成優さんに変わりなかったそうだ。一人の人間だった。そのはずなのに……

「ユウでいる時の方が多くなって……覚えていないんですよ」
「……何を?」
「ユウでいる時に、自分がしたことです。半年くらい前、ユウとしてスーパーに来ていたので少し話して、その次の日は偶然そこのコンビニの前で女装していない、男装というべきですかね? 眼鏡にジャージ姿ですっぴん状態の優に会いました。昨日スーパーで新商品のパンを買っていったので、味はどうだったか聞いたんです。でも、優は何も覚えていなくて」

 おかしいと思ったのは、店長さんだけじゃない。
 音成さん本人も、自分が何かおかしいことに気が付いた。

「何も覚えてないって、泣いていました。言われてみれば、ユウとしての記憶がないって————それで病院に行ってみたらどうかと提案したんでが、それ以来、優とは会っていません。事件があった後、何度か電話をしましたが、出なくて……それで、父の秘書に話を聞いたら、体調を崩して入院しているという話でした」
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