アート・オブ・テラー

星来香文子

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「美月とお前は、父親が違うんだ」
「……何それ……どういうこと?」

 お父さんが何を言っているかわからなかった。
 父親が違う?
 お姉ちゃんと私が?
 双子なのに、どうして?

「母親は珠美だ。それは変わらない。でも、お前と美月は父親が違う。お前は俺の子供で、美月はレオンの子供なんだよ」
「……レオンの?」

 お母さんとレオンが不倫していたのは、私たちが生まれた後じゃなかったの?
 どうして、そんなことが……?

「俺はお前たちが生まれた時、美月は珠美によく似ていて、お前は母さんに似ていると思った。赤ん坊の頃の顔なんて、成長すれば変わってもおかしくない。だから、最初は別に気にしていなかった。でも、いつからか、美月がレオンに似ているような気がしていた。特に、あの白い肌だ。それに髪の色が、成長するにつれて明るくなってきていた」

 そう言えば、お姉ちゃんはまだ小学生なのに白髪があるって、気にしていた時期があった。
 あれは白髪じゃなくて、レオンと同じ金髪が所々生えていたのかもしれない。

「定期的に美容室で染めていたようだが、レオンもそのことには気づいていた。だから、俺はレオンと美月のDNAを鑑定に出した。一応、俺とお前、珠美のもな。結果、俺と美月の間に血縁関係はなく、父親はレオンだった。珠美の方は一致した」

 かなり低い確率だけど、母親が複数の男と関係を持った場合、双子を妊娠することがあるらしい。
 お父さんは、それがわかってレオンを問い詰めた。
 すると一度だけ、お父さんとお母さんが結婚する前に体の関係を持ってしまったとレオンが言った。
 それからは一度もなくて、私たちが生まれて数ヶ月後に二人の関係が再燃して、ずっと続いていたらしい。
 お父さんとお母さんの間には、もう愛情なんて残っていなかった。

「それで、レオンはお姉ちゃんの罪を隠すために……代わりに罪を被って死んだの? 自分の娘を守るために……?」
「ああ、そうだ。それで止まってくれればと、願っていたようだし、父さんからも不倫の件で脅されていたからな。あいつの死んだ母親が、うちのメイドだったのは知っているだろう? レオンの父親の女癖がずっと許せずにいたから…………母親を裏切ったと、罪悪感を煽ったんだ」

 それでも、お姉ちゃんは止まらなかった。
 十二枚の絵の再現をやめることはできなかった。
 きっと、敬愛していたお祖父様の罪を知って、おかしくなったんだと思う。
 それに、多分、気づいていた。
 自分が、お父さんの子供じゃないって……

 だから、私と双子の姉妹であることにすごくこだわっていたんだと思う。
 最後まで、お姉ちゃんは言っていた。

『葉月ならわかるでしょう? 私の気持ち、姉妹だもの。お祖父様とパパの血を引いた、二階堂家の双子の姉妹だもの』

 何度も何度も、逮捕されたその瞬間まで、そう言っていた。

「……それで、これから二階堂家はどうなるの? 病院は?」
「責任は取る。この屋敷は売り払って被害者たちのようにお金に困っている家庭の子供達に寄付をしようと思っている。病院の経営は、外部に任せることにした。俺は脳外科医として最後の一人まで患者を救うつもりだ。それとな、葉月……」

 お父さんは、二階堂総合病院をやめて、地方の病院に行くことを決めたらしい。
 お母さんとも離婚する。

「お前はどうする? 俺と一緒に行くか? 準備があるから、入学してすぐに転校になると思うが……」
「私は————」


 *


 4月。
 私は高校生になった。

 お姉ちゃんが逮捕されてから、妹の私の顔写真もネット上で広まっている。
『二階堂家の醜聞』とか『サイコパスお嬢様の華麗なる殺人』とか、そういう記事が山ほど出ていた。
 私も、連続殺人犯の妹だと呼ばれるかもしれない。
 それでも、私は自分が合格した高校に、新入生として新しい紺色のセーラー服を着て一人で入学式に参加した。

 中学から私のことを知っている子も、ネットの記事で私のことを知っている子も、他人には全く興味のない子も、みんな一斉に同じ方向を向いて座る。
 体育館の壇上では、新入生代表が堂々と挨拶をしていた。
 本当は私がするはずだったらしいけど、事件の余波でその話は無くなったんだって校長先生が言っていた。
 それでいい。
 私は、たくさんの人の前に立つにはまだちょっと気が引ける。
 でも、いつまでも落ち込んでいてもいいことはない。
 少しずつ、私は私だと胸を張って言えるようになろうと思う。


「おかえり、葉月ちゃん! どうだった、友達できた?」
「そんな、初日でいきなりできませんよ」
「ええ、なんで? 初日こそ頑張らないと!」

 入学式が終わって、私が帰ったのは伊沢さんが住むマンション。
 高校の三年間、私は伊沢さんのマンションに下宿させてもらうことになった。
 もちろん、ココも一緒に。
 一人暮らしも考えたけど、ろくに家事もしたことがないし、二階堂家の娘ってだけで顔も知らないどこかの誰かから、誹謗中傷を受けている。
 殺害予告もあった。
 警察関係者が多く住んでいるこのマンションなら、少しは安心して暮らせるだろうと伊沢さんが提案してくれた。

 隣のアパートに住んでいる須見下さんも、たまに来て新しい一課長についての愚痴をこぼしたりして、刑事ドラマが好きだった私としては、実際の事件の話が聞けて楽しそうだった。
 これからやっと、私が私らしく生きられる、楽しい新しい日々が待っている——……そんな予感がする。

『入学式といえば、うちの子がね……』

 つけっぱなしになっていたリビングのテレビに、偶然私が入学した学校が映る。
 そういえば、レポーターと大きなカメラを持った人が立っていたな。
 校門の前に……

 私はちらりと画面を見た後、すぐにココの顔を見ようといつもココが座っているキャットタワーの中を覗き込んだ。


「あれ……? 伊沢さん、ココは?」
「えっ? そこにいない?」

 伊沢さんも買い物をしてついさっき帰って来たばかりで、出かける前までココはいつもの場所で寝ていたらしい。
 二人で部屋中探したけど、ココの姿はどこにもなかった。


『続いてのニュースです。去年から今年の春にかけて発生した芸術《アート》連続殺人事件の共犯とされる十五歳の少女が、入院していた病院から脱走し————』



 それから二日後、ココはマンション近くの空き地で発見される。
 桃の花が咲いた木の下で、まるで絵画のように、タンポポや白詰草に彩られて————






(8 Peach 了/アート・オブ・テラー 完)
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