アート・オブ・テラー

星来香文子

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3 Pudding

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 お姉ちゃんと一緒に警察に行くつもりでいたのに、お姉ちゃんはなぜか刑事さんを連れてきた。
 警視庁捜査第一課長だというその人は、私に名刺を渡した後、応接間の椅子に座った。
 私とお姉ちゃんが、その向かいに座る。

 捜査一課って、多分刑事ドラマとかでよくある、すごく偉い人だ。
 この時枝さんって刑事さんの他に、もう一人若い刑事さんもいたけど、その人はただ時枝さんの斜め後ろに無言で立っているだけだった。
 二人とも片方の耳が餃子みたいに変形していて、そこだけ違和感があったけど、あとはどこにでもいそう……というか、刑事さんってこんな感じだよね、のお手本のような雰囲気。

 時枝さんはよくテレビとかで、コメントしてる元刑事さんみたに、黒髪短髪で清潔感のある昔ながらの髪型。
 お父さんやレオンと比べると、ヒゲが濃いみたいで綺麗に剃られてはいるけど、頬の下が少し青っぽかった。
 若い方の刑事さんの方は、時枝さんと比べるとだいぶ若いせいか今時の若者って感じで、前髪は少し長めのツーブロック。

 時枝さんは終始ニコニコしていたけど、そっちの刑事さんは仏頂面で……退屈そうに何度かあくびをしている。

「お姉さんから聞いたよ。君はこの家の使用人に、連続殺人事件の犯人がいると考えていると……」
「は、はい」

 時枝さんの話によると、妹が不安になっているから、直接事件について分かっていることを説明して欲しいと言われて、ここに来たらしい。

「君のお祖父様には大変お世話になっていてね……」

 時枝さんは昔、犯人を追って大怪我をしたことがあって、その時、お祖父様が手術をしてくれたおかげで、今もこうしていられるのだと言っていた。
 後遺症が残ってもおかしくないほどの怪我だったらしく、刑事としてはもう今後やっていけそうにないと思ったくらいだそう。

「本当は部外者に捜査状況を漏らすわけにはいかないんだけど、特別に教えるよ。それで君の不安が少しでも解消されればいい……だけど、今からおじさんがする話は、他の誰にも話してはいけない。いいね?」
「は、はい」
「それじゃぁ、まず、これまでの事件で分かっている犯人像についてだ」

 時枝さんが話し始めると、後ろの刑事さんがさっとタブレット端末の画面を私の方に向けてテーブルの上に置いた。
 映っていたのは、私が昨日見たドライブレコーダーの映像。

「これは犯人が、第六の被害者・篠田娘々ここさんを拉致したと思われる映像だ。こちらで解析したところ、映像から犯人は男性。そして、篠田さんの体重は約50kg。だから、50kgの人間を、難なく持ち上げて運ぶことのできる筋力がある人間ということになる。それに、犯人は自ら車を運転しているようだ」

 つまり、犯人は運転免許が取れる十八歳以上の男性。
 体格や動きから二十代から四十代前後ではないか、と警察では考えているらしい。

「それと、まだ結果は出ていないが、篠田さんより前の被害者の体からは、微量だけど睡眠薬の成分が検出されている。この映像から見てわかるように、篠田さんは意識がない。睡眠薬をどこかで飲まされて、拉致されたことになる」

 このドライブレコーダーに映っている場所の周辺は、閑静な住宅街。
 犯人が娘々ここさんを抱きかかえたまま長い距離を歩くとは考えにくいため、この住宅街の住人ではないかと考えている。

「これまで遺体が発見された場所から考えても、この住宅街はさほど遠くもなく、近くもない。おそらく犯人は、この住宅街のどこかの家に娘々さんを呼び出して、そこで薬を飲ませて監禁場所に運び、そこで殺害している」

 時枝さんは次に、まだ公表していない動画を見せてくれた。

「これは、犯人の車両と思われる車の映像だ。ナンバーが見えるだろう?」

 ドライブレコーダーの映像に、車のナンバーは映っていなかったけど、こっちの映像には拡大すると【な12-88】と読める。

「残念ながら、このナンバープレートは偽造だった。でも、車が向かう方向はどうだい? この家とは逆方向だ」

 車両が最終的にどこに停まったかまでは、分かっていない。
 けれど、確かに車が向かっている方向はこの二階堂家の屋敷とは逆方向。
 二階堂家の使用人は、その殆どが住み込みで働いているし、別の家に住んでいるとしても徒歩で通えるほど近い。

「君はこの家の焼却炉で、五人目の被害者・山下希星きてぃさんの制服を見たそうだね。でも、確認したところ、君以外誰もその制服を見ていない」
「え……?」
「君のお姉さんがメイド長の日吉さんに聞いたそうだ。焼却炉を燃やす前に、中を見なかったかと……。でも、事前に確認したがそんなものはなかったと言っている」
「え……そんな、日吉さんは確認なんて————」

 してない。
 私は見ていた。
 焼却炉に火をつける前、日吉さんは中を確認していない。
 二階の窓から、見ていたもの……間違いない。

「————前日の夜に、一度中を確認したそうよ」

 それまで黙って私の横で時枝さんの話を一緒に聞いていたお姉ちゃんが、そう言った。

「前日の夜?」
「そうよ。ほら、葉月は受験が近いからって毎日一生懸命勉強していたでしょう? 今も続けているけど、きっと、勉強のしすぎなのよ。何か別のものを見間違えたの。有能なあの日吉さんが、血まみれのセーラー服を見つけて何もしないと思う? 普通なら、不審に思ってすぐに警察に連絡するわ」
「そ……そんな、ちょっと待ってよ。お姉ちゃんまで、私の見間違いだって言うの!?」

 昨日は信じるって、そう言ってくれたのに……
 どうしてそうなるの!?

「多いんだよ。こう言う猟奇的な……ショッキングな事件が起こると、君みたいに犯人を見たとか、犯人は身近な人間だという子供がね」
「え……?」
「血まみれのセーラ服を見た、夜中に叫び声を聞いた、犯人はうちのお父さんかもしれない…………そういう妄想に取り憑かれている子供がいる。君と同じように、おそらく、今はネットで見なくてもいい情報や嘘、仮説が出回っている。そのせいで、そういうものをたくさん見たせいで、おかしな考えに囚われてしまうんだ」
「そんな……!! でも、私は、裏庭で三角ネクタイだって拾ったのよ!? 血がついていたわ、それに、山下って刺繍も……」
「ネクタイ? その話は聞いていないな……今どこにいあるんだい、それは」

 三角ネクタイの話をしたら、笑顔だった時枝さんの目が急に鋭くなった。
 現物を見せれば、信じてくれるかもしれない。
 そんな予感はした。
 でも……

「それは……」

 三角ネクタイはどこかに消えてしまった。
 私は、答えることができない。
 見せることができない。

「————あ、すみません。お邪魔致しました」

 その時、タイミング悪く柴田さんが応接間に入ってくる。
 いつも影山先生が時間より少し早く来ると、柴田さんは時間までこの応接間に影山先生を案内していた。
 今日は先客がいることに気づかずに、連れてきてしまったようでドアを開けたまま、柴田さんは何度も頭を下げる。

 一瞬、しんと静まりかえる応接間。
 柴田さんの後ろにいた影山先生は、こちらを見て不思議そうに何度か瞬きをしたあと、こう言った。

「あれ? 正道叔父さん?」
「大志じゃないか……! どうして、お前がここに……?」

 偶然にも、時枝さんと影山先生は、知り合いだった。
 それも、ただの知り合いじゃない。

「甥っ子なんです。うちの姉が、大志の母親でしてね……」

 それから、いつの間にか話題は芸術アート連続殺人事件から影山先生の子供の頃の思い出話に変わっていく。
 お姉ちゃんは楽しそうに影山先生と時枝さんの話を笑って聞いていたけど、私は一人、取り残された気分だった。


 本当に、おかしいのは、私の方なの……?



(3 Pudding 了)


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