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1巻

1-2

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「で、どうするの? 辞めるなら今のうちよ?」
「辞めないよ! だって憧れのメイドさんになれるんだよ? 私、頑張る! がんば……る……っ」

 思わず崩れるように、再びベッドへ倒れ込む。
 憧れのメイドさんになれるのはすっっごく嬉しいけれど、配属先が予想外すぎて複雑だ。

「あの後、一体どんな話をしたの?」
「えっとね、ご奉仕メイドについて色々と教えてもらったの。どうしてもできそうにないなら配属先を変えてもらえるかもしれないんだけど……」
「あら、よかったじゃない! ……んん? でもそれなら、どうしてそんなに悩んでるのよ」
「うん……。それがね、一般的な炊事洗濯掃除をする王城メイドよりも、ご奉仕メイドのほうが侍女になるのに近道なんだってー」
「へぇ、なるほど。それで迷っているのね」

 私が王城メイド試験を受けた時、志望動機欄に『いずれ侍女になりたい』と記載したことも、今回の配属先の決定に一役買ってしまったようなのだ。
 はぁ。本当に、困った。

「いつでも相談に乗るわ」

 ヴェラちゃんがそう言って、肩をポンポンッと叩いて励ましてくれる。
 つい、その優しさに甘えて、どん底の私の口から、ぽろっと弱音が零れた。

「うぅ、出世の道を取るか、未来の旦那さまのために初めてを取っておくか……」

 これが普通の箱入り令嬢だったら、きっとこの話は断るのだろう。
 しかし私は、早く出世してがっぽり稼いで、実家に仕送りしたい気持ちも強いのだ。
 でも、身体を使ってまで出世したいかと言われると……

「エミリアもり好みしてないで、田舎で彼氏くらい作ればよかったのに。それに今時、処女かどうかなんて王族に嫁ぐ時くらいしか重要視されないわよ?」
「だって、同じくらいの年の子なんて皆王都に出て、ほぼいなかったじゃない! お兄さまも目を光らせていたし。だから王都で素敵な彼氏を作ろうと思ったのに~!!」

 はしたないとは分かっていても、枕を抱え、ベッドの上をゴロンゴロンと転がる。
 ……どうしてこんなにわめいているかというと、それはかく言うヴェラちゃんには、既に仲むつまじい婚約者がいるからだ。
 その婚約者とは何度かお会いしたことがあるが、誠実かつ物腰柔らかな伯爵令息だった。ヴェラちゃんは婚約者と一緒にいる時、いつもより表情が柔らかくなる。二人の雰囲気はすごく良くて、そんな関係が心の底からうらやましい。私もいつか、素敵な殿方と巡り会えるだろうか。
 まだ見ぬ運命の人に想いをせていると、ハッとしたヴェラちゃんが私に問いかける。

「……あ、そういえば、エミリア。お給金はいくらか見た?」
「ううん。まだ見てないけど……」
「ご奉仕メイドってお給金が高いのよ」
「え!! そうなの!?」

 慌てて立ち上がり、机に置いていた雇用契約書を確認する。
 そしてそのお給金欄を見た。見間違いかなぁと、小首を傾げてもう一度…………

「え、ええぇぇ!? 見間違い、じゃないっっ!?」

 ――な、七十万!? 七十万って書いてあるんだけど!?
 普通のメイドの初任給は三十万くらいだ。それだって充分高給なのに、それの倍以上!?
 三十万あれば、実家へ充分すぎるほど仕送りをした上で、王都のお洒落しゃれなカフェに行ったり流行の菓子を食べる余裕があって、数ヶ月に一度は流行のドレスを買えるかなぁってくらいなのに!
 七十万もあったら、近い将来実家の古い屋敷を建て替えられるかもしれないし、我が男爵家のメイドたちにも、立派なメイド服を仕立ててあげられる。

「…………っ」

 これは物凄くいい話なのでは……? 女性でここまで稼げるお仕事なんて他に聞いたことはない。
 もしも仕える騎士団長が生理的に受け付けなかったら、その時に異動願いを出せばいい。
 一気に考えがまとまり、雇用契約書を凝視していた顔を、がばっと上げる。

「…………ヴェラちゃん」
「どうだった?」
「お金に目がくらんで、すごくやる気出てきたっっ!!」
「ふふっ、エミリアらしいわね」

 我ながら単純だけど、お金はあるに越したことはないし、俄然がぜんやる気が出てきた!
 うんうん。頑張って、騎士団長のもとで働こうじゃないか!
 ――天国のお母さま、ごめんなさい。
 私エミリア、腹をくくって、ご奉仕メイド頑張ります!!


   * * *


 翌朝。
 ご奉仕メイドとして頑張ってみると、教官に伝えた。
 教官は安心したような様子だったから、この選択は間違っていない、と信じたい。
 そのまま騎士団メイド長のところへ挨拶しに行くように言われたので、外廊下を通って騎士棟へ向かう。
 騎士団メイド長室まであと少しというところで、後ろから声をかけられた。

「あら? 貴女あなたが、新人メイドのエミリアちゃん?」

 振り返ると、とんでもなく美人なメイドさんが立っていた。
 さらりとした紫色の髪に、慈愛に満ちた優しげな瞳。ぷっくりとした色っぽい唇が印象的だ。
 そしてメイド服のワンピースにエプロンを着けていないということは、メイド長の印……

「は、初めまして! エミリア・レッツェルと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします!」
「ふふっ。元気がいいわね。貴女あなたなら団長にもご満足いただけるかもしれないわ」
「え?」

 彼女は優雅に前に出ると、騎士団メイド長室の扉を開けた。

「さぁ、お入りなさい」
「失礼します」

 応接室のソファに座るよう促されて腰をかける。
 向かいに座った騎士団メイド長は、ニコニコと穏やかな微笑みを浮かべている。

「では改めて。私は騎士団メイド長のシンシア・ガルシアよ。メイド長は他にも王城メイド長や王宮メイド長がいるから、私のことはシンシアとお呼びなさい」
「はい。シンシアメイド長」
「シンシアさんでいいわよ」

 わぁ、すごくお優しそう。ここでなんとかやっていけそうな希望が見えてきた!

「それじゃあ、早速だけど、まずはご奉仕メイドの成り立ちについて説明するわね」

 そうしてシンシアさんから説明されたのは、思ったよりもずっと切実な成り立ちだった。
 ――騎士団が設立された当初は、ご奉仕メイドなんて存在しなかった。
 しかし六十年前、この王国で魔物が大量発生している最中さなかに、近隣国との戦争が起こった。
 そのあまりに大変な時期、騎士たちは多忙を極めている上に命の危機に瀕する機会が多く、生存本能が激しく刺激され、魔力の暴走が多発した。魔力とは、誰しもが少なからず生まれながらに持っているもの。
 魔力が暴走すると、あらゆる感情の振れ幅が大きくなる。戦中は、後輩の騎士を性的に襲ったり、誰彼構わず使用人や街の人に手を出してしまう騎士が続出した。
 今でこそ騎士はこの王国を守ってくれる頼りになる存在だが、その当時は、騎士といえば野蛮で粗雑な象徴として、恐れられていたそうだ。
 この王国の人間は、平均以上に魔力を持っていたら将来は魔道具師、更に魔力が多いと魔道師になって、たとえ魔力が暴走しても制御できるよう訓練を受ける。魔力量の多い人間は常に身体中を巡っている温かい魔力を感じ取れるようだから、コントロールは容易だという。
 しかし平均的な魔力量の人間は、ほとんどがその存在を感じ取れない。魔力は血液のように全身を巡っているものだが、感じ取れないのだから、制御するのも難しい。魔道具師や魔道師でない人間――すなわち騎士も、制御できない側の一人だ。
 当初は、魔力暴走による問題を起こした騎士に厳しい処罰を与えていたそうだが、制御できないことには対策が難しく、いずれ騎士団の人員が減り、王国の存続までもが危ぶまれた。
 その後も手は尽くされたものの改善が見られず、苦肉の策としてご奉仕メイドが設立された。
 なんでも、騎士らの欲望を発散させれば、生存本能が満たされて、魔力の暴走を防げるのではという仮説のもと始まったそうだ。

「六十年前に起こった魔物の大量発生や、他国との戦争があったことは知っていましたが、まさかそんな事情があったなんて……。しかし、私の兄は辺境伯軍で働いていますが、そのような魔力の暴走については初耳です」
「でしょうね。ここしばらく平和が続いているから、命の危機におちいる機会も少ないもの。ご奉仕メイド自体は世間に広く知れ渡るようになったけど、詳しい設立の事情は王国にとっても消したい過去でしょうし、一般的にはあまり認知されていないのよ」
「そう、なのですね……」
「騎士の評判は重要だもの。それに何より、実際にご奉仕メイドを導入したことで、騎士の欲望が内部で発散されるようになって、怪我や殉職じゅんしょく、更には外でのトラブルが激減したの。色街へ行くにも情報漏洩ろうえいとか色々問題が多くておおやけには認められないし。ご奉仕メイドは万が一の事態に備えて今も続いている、大切な存在なのよ」

 つまり、単なるストレス解消の道具ではないってことか。
 この王国が危機を乗り越えたのは、ご奉仕メイドの存在があったからなんだ。
 そしてシンシアさんはこう言葉を続けた。

「だから難しいと思うのだけど、この仕事に少しでも誇りを持ってほしくて」

 ――誇り、かぁ。
 確かに、思い描いていたメイドさんとは違うけれど……
 ご奉仕メイドも、立派な仕事だ。
 これ以上悲観せず、きちんと向き合いたい。前向きに捉えよう。
 私は顔を上げて頷いた。

「私、できる限り頑張ります!」
「ありがとう、そう言ってくれて心強いわ」

 シンシアさんがほがらかに笑い、それでねと話が続く。

「エミリアちゃんに担当してもらうのは、第三騎士団のランドルフ・リンデンベルク騎士団長よ。彼にはある事情があって、今は専任のご奉仕メイドがついていないの」
「え?」
「でもエミリアちゃんなら、きっと大丈夫だと思うわ」

 じ、事情って、一体なんだろう……?
 しかし、それよりも気になっていることが……っ!

「あ、あの、シンシアさん」
「なぁに?」
「も、もしも仮に殿方から乱暴されたら、どのように対処すればよろしいでしょうか?」

 先ほどのご奉仕メイドの成り立ちを聞いて、ここだけが引っかかっていた。
 私は辺境伯軍で護身術を習っていたし、きっと大男が相手でもどうにか逃げ出せるとは思う。ただその過程で相手に怪我でもさせてしまったら私が処分を受けるのかどうか、不安だったのだ。
 すると、シンシアさんが私を安心させるように穏やかな声色で言葉をつむぐ。

「もちろん騎士らは事前に厳重に注意されているわ。それにランドルフ団長は次期侯爵だし、そのようなことするはずないけれど、もしも乱暴されたら、遠慮なく急所を蹴り飛ばしなさい。私が上席として貴女あなたを守るから、何かあったらすぐ私に言うこと。あと、ランドルフ団長以外に誘われることがあっても断りなさい。貴女あなたは、第三騎士団長専任のご奉仕メイドになるのだから」
「承知しました!」
「嫌なことがあったら、どんな些細なことでも構わないから遠慮なく言ってちょうだい。エミリアちゃんの心身の健康が一番大切だから。ご奉仕メイドの仕事が難しいようだったら、違う業務に異動することもできるから、これだけは忘れないでおいて」
「シンシアさん、ありがとうございます」

 寄り添ってくださるのがひしひしと伝わってきて、ずっと胸にあった不安は散って消えていった。
 それからシンシアさんと少し雑談をして、私が担当する第三騎士団長と顔合わせをするのは、明日になった。
 ご奉仕メイドの教本と避妊魔法薬、香油をもらった後は、もう自由にしていいと言われたので、騎士団メイド長室を出て、まっすぐ寮に戻る。
 ――は~、騎士団長ってどんな人なんだろう……?
 騎士団長という立派な役職についているのだから、おじさまなのかしら。
 私の初めてをあげる人だから、せめて清潔感があって優しくて、尊敬できる人だったらいいなぁ。
 まぁ、できれば顔がいい人だったら嬉しいけれど。それは流石さすがに望みすぎだろう。
 ふと騎士棟の中庭にある木陰で、お昼寝している騎士さまが視界に入った。すやすやと寝ているお顔は、わずかに眉間にシワが寄っているが、遠くから見ても非常に整っている。
 ――あ、まさに理想の人発見っ! 担当する騎士団長があんな人だったらいいなぁ。
 まぁ、まだお若そうだし、そんな都合のいい話があるわけないか……
 相手が眠っているのをいいことに、無礼を承知で、じっくり素敵なお顔を堪能する。
 男らしい鷲鼻わしばなに彫りが深い顔の造形や神秘的な黒髪は、田舎では見たことがなくて、つい目を奪われる。まぶたに隠された瞳は何色なんだろう? きっと綺麗な色だろうなぁ。
 広い肩幅が頼もしく、騎士服の上からでも鍛えていることが分かった。
 騎士服は第二ボタンまで外されていて、鎖骨が覗いてやけに色っぽい。
 ……って、何考えているの私……っ!?
 見ず知らずの殿方の鎖骨を見て色っぽいと考えるなんて、思わず顔が熱くなる。
 ああああ……恥ずかしい……。早く寮に戻って教本で予習しよう……


 寮に戻るとヴェラちゃんは不在だった。そりゃそうか、普通はもう配属先で勤務中だもんね。
 私は自分のベッドに座って教本と向かい合った。

「ここに、私が事細かには知らない、男女の営みについてが書かれているのか……」

 普通、そういった性的なことは母親に教わる。しかしその前に私のお母さまは他界してしまった。
 だから私は、ソレについて、ふわっとしか知らないのだ。
 もちろん、愛し合うカップルが裸で抱きしめ合うことは知ってるよ!?
 ……だ、だけどその後は、一体何するの!?
 子どもを作るために殿方と触れ合うことが性生活で、ソレをしていない私を処女と呼ぶことは、流石さすがに理解しているが……
 友達が恋人との話を聞かせてくれた時は、分かっている風に『うんうん、そうなんだ』って頷いていたけれど、実は内容を全く知らないとは、恥ずかしくて誰にも言えなかった。
 ――ずっと気になっていたことが、ここに書かれている……
 私は無意識に、ごくりと喉を鳴らす。
 そろりそろりと薄目で教本を覗くと、とってもつややかな肌色だった。

「ひえっ、こ、こんな……!! こんなことをするなんて……っっ!?」

 か、顔が熱い……!!
 でも何故だかページをめくる手は止まらず、若干食い気味に、どんどん読み進めてしまう。

「支給された香油は、あ、あんなところに使うの……!?」

 香油の瓶と教本を見比べながら、またページをめくる。
 次のページには、今までの常識をくつがえす、衝撃的な子作り方法が描かれていた。

「まさか女性のあそこに、あれをれて子種を出すとは……っ!?」

 ……あぁ、勢いで最後まで読み終えてしまった。
 行為にふさわしい身だしなみを始め、男女の身体の仕組み、殿方に喜ばれる触れ方、そして交わり方やそのバリエーションまで、事細かに記されていた。
 初めての乙女は全て男性にお任せするようにとも、それはもうご丁寧に。
 はぁ、あまりにも衝撃的な内容で、ドキドキが収まらない。
 ――皆こんなにもすごいことをしていたのっ!?
 初めては血が出て痛いみたいだけど、私は鍛えているから、きっと大丈夫よね……?
 それに避妊魔法薬の錠剤は、女性の身体の負担にならないように調合されているようで安心だ。
 事後二十四時間以内に飲めばいいみたいだから、寮の部屋に置いておけばいいだろう。

「私にご奉仕メイドが務まるかなぁ……」

 そもそも、担当するランドルフ騎士団長は、私とこういうことをしたいと思ってくれるのかな?
 もう十八歳だし胸はそれなりにあるけれど、どちらかというと子どもっぽいと思われそうだしなぁ。
 もっと、こう……。色っぽい雰囲気の女性のほうが一般的に好かれるような気がするんだけど……
 しかし、やるからには、立派なご奉仕メイドになりたい!!
 ――ひたすら努力あるのみだ! 前向きに頑張ろう!



   第二章 誠心誠意お勤めします!


「エミリア! そろそろ起きる時間よ」
「……はっ! ふあぁ、ヴェラちゃんおはよ~」
「おはよう。よく眠れたようね」
「あはは。よく眠れちゃったみたい」

 明日は初仕事だから緊張して眠れないと思っていたけれど、普通に爆睡してしまった。
 我ながら、図太いなぁ……
 冷たい水で顔を洗い、支給されたメイド服を身にまとって鏡の前に立つと、自然と笑顔になる。
 業務内容はさておき、今日から憧れのメイドさんだ!
 よーし、たくさん稼ぐぞー!!


 騎士団メイド長室を訪ねると、シンシアさんが素敵な微笑みで迎え入れてくださった。

「エミリアちゃん、おはよう。覚悟は決まった?」
「……はい! 正直不安もありますが、ご満足いただけるよう精一杯頑張ります!」
「いい返事ね。それじゃあ早速、団長のところに行きましょうか」
「よろしくお願いいたします!」

 シンシアさんの後を緊張しながら歩けば、あっという間に第三騎士団長執務室に着いた。
 シンシアさんがひときわ立派な両開きの扉をノックすると、入室を許可する声が聞こえて中に入る。
 鋭い視線を感じて本能的に顔を上げると、綺麗な赤い瞳に目を奪われた。
 彫りの深い顔に、神秘的で珍しい綺麗な黒髪。心臓の鼓動が鳴り止まない。
 この人、昨日中庭で寝ていた、騎士さま……

「おいシンシア。――なんだ、こいつは」
「ランドルフ団長、おはようございます。こちらは今日から貴方あなたさまを担当する新人ご奉仕メイドのエミリアですわ。ほら、ご挨拶なさい」

 シンシアさんに背中を押されて一歩前に出た。

「エミリア・レッツェルと申します。本日からよろしくお願いいたします!」

 ご挨拶をした後、背筋を伸ばして一礼する。
 どうやらランドルフ団長は、書類仕事をしていたようだ。
 座っていても、筋肉隆々でたくましい身体なのが見て取れる大柄な人だ。
 ぱちりと目が合い、心臓がどきりと跳ねる。
 この人と、昨夜読んだ教本に書いてあったようなことをすると思うと一気に身体が熱くなって、恥ずかしさのあまり目を逸らした。
 彼ならば、初めてを捧げても大丈夫かもしれないと、直感的に思う。
 けれど、私の気持ちとは正反対に、彼の薄い唇から小さな溜息が漏れた。

「俺にご奉仕メイドはいらないと言っているだろう」
「この子は体力テストの結果が歴代一番なんですよ。それにこの健気けなげな瞳が可愛いでしょう? 貴方あなたさまがお好きそうではありませんか」
「馬鹿野郎。壊したらどうするんだ」
「大丈夫ですよ、……多分。では私は他の仕事がありますので、失礼いたしますわ。エミリアちゃん、頑張ってね」
「はっ、はい!」

 こ、壊す? なんだか不穏な言葉が聞こえたのだけど……
 ご奉仕メイドはいらないと言う理由と、何か関係があるのだろうか。
 シンシアさんが部屋から出ると、ランドルフ団長が立ち上がり、こちらへと向かってくる。そして目の前で止まった。

「おい、お前」
「ひゃいっ」

 ランドルフ団長は思っていた以上に背が高い。目の前の彼を見上げた瞬間、大きな手が伸びてきて、顎を掴まれる。その手が顎先をすくい上げるように動くのと同時に、整った顔が近づいてきた。
 あっという間に、鼻と鼻が触れそうな距離まで迫る。
 もしやキスされるのではと、私は反射的にぎゅっと目をつむった。

「何も知らずにここへやってきて、可哀想な奴だ」
「へ? ……いだっ!」

 いきなりおでこに衝撃が走り、思わずそこを手で押さえながらしゃがみ込む。
 ……キ、キスされるかと思ったのに、デコピンされたんだけど……!?
 突然の出来事に涙目でキッとめつけると、こちらを見透かすような顔で思わぬことを言われる。

「お前、処女だろ」
「え!? な、なんで……」

 彼はおでこをさする私と目線を合わせるように、床に膝をついた。何故か私の頭に大きな手を置いて、綺麗な赤い瞳が覗き込んでくる。

「処女相手に、できない」

 そう言う彼の声色は、思いのほか優しかった。たった今デコピンしてきた相手とは思えない。
 だから私も少し冷静になって、ゆっくりと口を開く。

「そ、それは、面倒だからでしょうか」

 教本には、初めては出血があるから充分に慣らしてから挿入すること、と書かれていた。初めてというのが処女のことを指しているのだろう。
 そのため、すぐにれられない私が面倒なのかと思ったのだが、彼は首を横に振った。

「いや、違う。面倒だとは思わない」
「では、どうして……?」

 ランドルフ団長は、また小さな溜息をついた。
 そして、耳元でささやかれたのは――

「俺のがデカすぎて、お前の中に挿入はいらないからだ」

 想像もしなかった言葉に、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「女は皆、俺自身と俺のモノに怯えて、逃げやがるんだ。まあ、自分でなんとかなっているから気にするな」

 そう語りながら、彼の整ったお顔がわずかに曇った。
 しかし、私の頭の中はどんどん騒がしくなっていく。
 ――デデデ、デカイって、中にれるアレのことよね……!?
 教本には、確か、そういう人のモノを〝巨根〟と言うと書いてあった。
 こんなに背が高くてたくましい身体だもの、きっと、きっと、すごいんでしょうね……!!
 もちろん恐ろしくもあるけれど、知識がついた今、男性の身体……というか、ランドルフ団長の騎士服の下がどうなっているのか、興味が湧いてきてしまっている。


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