異世界で吟遊詩人のパトロンになりました

水都(みなと)

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 ドアを開けた瞬間、竪琴の音が止まった。
 
 椅子に腰かけ竪琴を弾いていたノアが、こちらを振り向く。面食らっているようだったが、すぐに穏やかな表情を作り直した。

「どうしました、突然。あなたがこの部屋に来るのは初めてですね。おかげさまで、良い暮らしをさせてもらって――」
「お前、いつここを出るつもりだ?」

 問い詰めるようにそう言うと、ノアは言いにくそうに視線を落とした。

「……明日にでもと、考えていました」
「だったら、俺も行く」

 ずっと考えてはいたことだ。迷いをようやく断ち切れた。

「俺はノアのパトロンを続けたい。この街を離れたら終わりなんて嫌だ。だから」
「やめておきなさい」

 静かに、きっぱりとそう言われた。
 まぬけにも断られる可能性が頭から抜け落ちていて、その言葉を飲み込めなかった。
 
「なんでだよ。俺にどうせ爵位はない。結局いずれは家を出て庶民になるんだ。お前と旅するのになんの問題もないだろ」
「僕の旅は旅行じゃない。箱入り息子のあなたには酷なものになります」
「大丈夫だって。俺どんなものでも食べられるし、どこでも寝れる。こう見えて意外と逞しいんだ」

 前世の話だが。そうは言えないのがもどかしい。
 それでもノアは首を振った。

「なんでだよ! 俺は……俺はノアと一緒にいたいって……」
「違いますね」

 縋りついた言葉さえ、すぐさま否定される。

「あなたは本気で僕と一緒に行きたいわけじゃない。大方、兄上様とケンカでもしたのでしょう。だから家出のつもりで僕についてこようとしている」
「違う! 俺は」
「それに、あのお屋敷を出ればあなたが自由に使える金はない。どうやって僕のパトロンをするのです?」
 
 息が詰まった。

 ノアのパトロンをやれていたのは、家から小遣いを貰っていたからだ。それがなくなれば俺はただのニート。働いたとしても、今までのような額には到底届かないだろう。

 ノアを雨漏りしない宿に泊めてやることも、一流のレストランで食わせてやることもできない。
 そんな俺に、一体何の価値があるって言うんだ。

 竪琴を置いて立ち上がると、ノアが俺に背を向けた。

「フレディ。今までのことは、本当に感謝しています」

 少し前の俺なら、ノアに名前を呼ばれただけで舞い上がっていた。
 でも今は胸の奥が冷えていく。ノアの細い背中がやけに遠くに感じてしまう。

 ……何を勘違いしていたんだろう。最初からそうだったじゃないか。
 俺はただのオタクで、ノアは推し。手の届く相手じゃなかった。

 手が届く相手だと、仲間だと、友人だと、そう勘違いさせてくれていただけだったのに。

 楽しい夢を見せてくれて、俺こそ礼を言うべきなんだろうか。
 でもその背中に、呟くことしかできなかった。
 
「さよなら、ノア」
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