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クレーマー三号(ホンちゃん)
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「どうして?」
なつみは、眉を寄せた。
「たくさんの人を救ったんでしょう? おかげで私まで、神社では一目置かれてるよ。それなのに、一体……」
『そうやなあ』
天珠は、深いため息をついた。
『救った、いう表現も、間違いでは無いわなあ。助言した人らが上手くいって、おおきに、言ってくれはった時は、私も嬉しかった。せやけどなあ、世の中、そんな人ばかりやあれへんのや』
「どういうこと?」
なつみは、身を乗り出した。
『なつみちゃん。“ダイ”言うんは、神様の代理や。私らがなすべきことは、あくまで、神様のお言葉を相談者に伝えること。こうしたらええ、上手くいかはる、てな。せやけど、いくら正確に伝えても、聞いた人がそれを素直に実行するとは限らへん』
天珠の表情は陰った。
『わかりやすいんが、受験やなあ。いくら、この学校に受かる、言われても、勉強せんかったら合格するわけないやろ? 相談しておきながら、何も努力せえへんかったり、お伝えしたことと違うやり方をしたり……。そんなん、成功するもんもせえへんわ。それをわからへん人が、多すぎるのや。あげく、当たらへんかった、いうて、私をインチキ占い師のように非難しはる。“ダイ”は占い師やあらへんのに……』
「そんな……。勝手すぎるじゃん!」
なつみは、カッとなった。
『そのうちに、そうやって逆恨みした人らは、私に嫌がらせしはるようになった。脅迫のような手紙が届くようになったんや。それはエスカレートして、実家だけやなく、伏見稲荷大社の方へも来るようになった』
なつみは、聞いていて胸が痛んだ。
『伏見稲荷大社さんに、迷惑はかけられへんからなあ。ほんで私は、引退することにしたんや。お祖父さんとの結婚話が持ち上がったのを機に、巫女を辞めて東京へ引っ越した。その後、お父さんが生まれて、なつみちゃんが生まれて……。初めて、幸せいうもんを実感したわ』
それで祖母は今の姿なのか、となつみは改めて彼女を見つめた。
「おばあちゃん……。私、今迷ってるんだ」
なつみは、下を向いた。
「このまま、白銀さんと仏対応の仕事をするのか。それとも、巫女になって『ダイ』の役割を果たすのか。けど、『ダイ』の仕事が私に務まるのかなって気もするし。今の話を聞いたら、余計不安になってきちゃった……」
『宇迦之御魂大神様は、絶対にそうせよとおっしゃっているん?』
天珠が、優しく尋ねる。ううん、となつみはかぶりを振った。
「自分で答えを出せ、とは言ってくださっているけど……」
『強制やないなら、なつみちゃんの思う通りにしはったら?』
天珠は、穏やかに微笑んだ。
『さっきの仏二人との話、聞いとったけれど、見事なもんやったわ。仏の役割というのは、子孫に寄り添い、見守ること。最近は、それがわからへん仏が多すぎるのやわ。死後の審判が、形式化しとるせいやろなあ』
そういえば、最初に白銀から聞いた時も、マニュアル対応が得意な死者が面接を上手くくぐり抜ける、という話だった。
『生きとる人の相談に乗ること、亡うなった人の相談に乗ること、どちらも同じくらい、大切な仕事やと思うで』
そう言うと、天珠はにっこりした。
『それに。なつみちゃんの中では、もう気持ちが決まっとるのと違う?』
「え……、ええ!?」
なつみは、ドキリとした。天珠は、穏やかな笑みを浮かべ続けている。
『その白狐さんと、一緒に仕事をしたいのやろ?』
「そう……かも」
なつみは、こくりとうなずいた。
「めちゃくちゃドジっ子だし、まだまだ頼りないとこはある。けど、いざって時には守ってくれる。でも白銀さん自身は、一人で対応できるって言い切ってるらしいんだ。だったら、独り立ちさせた方がいいのかなって……」
すると天珠は、静かに尋ねた。
『そのことは、白銀さん自身と話し合ったん?』
ううん、となつみはかぶりを振った。
「何か、勇気が無くて」
『ほな、まず腹を割って話すことからやな。案外、その白狐さんの気持ちは、違うとこにあるかもしれへん』
そう言うと天珠は、やおら立ち上がった。なつみは、焦った。
「えっ。まさか、もう行っちゃうの?」
『そら、もう少しゆっくりしたいけどなあ。他にも、ぎょうさんの人に会わないかんのや』
それもそうか、となつみは諦めることにした。お盆の期間は、短い。祖母には、他にも会いたい人がたくさんいることだろう。
「じゃあ、また今度ね」
そうやね、と天珠はうなずいた。
『なつみちゃんが霊感を持ったさかい、これからはこうして会って話せるなあ』
嬉しげに顔をほころばせると、天珠はその姿をすうっと消していく。何だか泣きそうな思いでその光景を見つめていたなつみだったが、おやと思った。完全に姿が消える瞬間、天珠はふと上を見上げたのだ。
(まさか……?)
天珠同様にロフト上を見上げて、なつみはぎょっとした。
なつみは、眉を寄せた。
「たくさんの人を救ったんでしょう? おかげで私まで、神社では一目置かれてるよ。それなのに、一体……」
『そうやなあ』
天珠は、深いため息をついた。
『救った、いう表現も、間違いでは無いわなあ。助言した人らが上手くいって、おおきに、言ってくれはった時は、私も嬉しかった。せやけどなあ、世の中、そんな人ばかりやあれへんのや』
「どういうこと?」
なつみは、身を乗り出した。
『なつみちゃん。“ダイ”言うんは、神様の代理や。私らがなすべきことは、あくまで、神様のお言葉を相談者に伝えること。こうしたらええ、上手くいかはる、てな。せやけど、いくら正確に伝えても、聞いた人がそれを素直に実行するとは限らへん』
天珠の表情は陰った。
『わかりやすいんが、受験やなあ。いくら、この学校に受かる、言われても、勉強せんかったら合格するわけないやろ? 相談しておきながら、何も努力せえへんかったり、お伝えしたことと違うやり方をしたり……。そんなん、成功するもんもせえへんわ。それをわからへん人が、多すぎるのや。あげく、当たらへんかった、いうて、私をインチキ占い師のように非難しはる。“ダイ”は占い師やあらへんのに……』
「そんな……。勝手すぎるじゃん!」
なつみは、カッとなった。
『そのうちに、そうやって逆恨みした人らは、私に嫌がらせしはるようになった。脅迫のような手紙が届くようになったんや。それはエスカレートして、実家だけやなく、伏見稲荷大社の方へも来るようになった』
なつみは、聞いていて胸が痛んだ。
『伏見稲荷大社さんに、迷惑はかけられへんからなあ。ほんで私は、引退することにしたんや。お祖父さんとの結婚話が持ち上がったのを機に、巫女を辞めて東京へ引っ越した。その後、お父さんが生まれて、なつみちゃんが生まれて……。初めて、幸せいうもんを実感したわ』
それで祖母は今の姿なのか、となつみは改めて彼女を見つめた。
「おばあちゃん……。私、今迷ってるんだ」
なつみは、下を向いた。
「このまま、白銀さんと仏対応の仕事をするのか。それとも、巫女になって『ダイ』の役割を果たすのか。けど、『ダイ』の仕事が私に務まるのかなって気もするし。今の話を聞いたら、余計不安になってきちゃった……」
『宇迦之御魂大神様は、絶対にそうせよとおっしゃっているん?』
天珠が、優しく尋ねる。ううん、となつみはかぶりを振った。
「自分で答えを出せ、とは言ってくださっているけど……」
『強制やないなら、なつみちゃんの思う通りにしはったら?』
天珠は、穏やかに微笑んだ。
『さっきの仏二人との話、聞いとったけれど、見事なもんやったわ。仏の役割というのは、子孫に寄り添い、見守ること。最近は、それがわからへん仏が多すぎるのやわ。死後の審判が、形式化しとるせいやろなあ』
そういえば、最初に白銀から聞いた時も、マニュアル対応が得意な死者が面接を上手くくぐり抜ける、という話だった。
『生きとる人の相談に乗ること、亡うなった人の相談に乗ること、どちらも同じくらい、大切な仕事やと思うで』
そう言うと、天珠はにっこりした。
『それに。なつみちゃんの中では、もう気持ちが決まっとるのと違う?』
「え……、ええ!?」
なつみは、ドキリとした。天珠は、穏やかな笑みを浮かべ続けている。
『その白狐さんと、一緒に仕事をしたいのやろ?』
「そう……かも」
なつみは、こくりとうなずいた。
「めちゃくちゃドジっ子だし、まだまだ頼りないとこはある。けど、いざって時には守ってくれる。でも白銀さん自身は、一人で対応できるって言い切ってるらしいんだ。だったら、独り立ちさせた方がいいのかなって……」
すると天珠は、静かに尋ねた。
『そのことは、白銀さん自身と話し合ったん?』
ううん、となつみはかぶりを振った。
「何か、勇気が無くて」
『ほな、まず腹を割って話すことからやな。案外、その白狐さんの気持ちは、違うとこにあるかもしれへん』
そう言うと天珠は、やおら立ち上がった。なつみは、焦った。
「えっ。まさか、もう行っちゃうの?」
『そら、もう少しゆっくりしたいけどなあ。他にも、ぎょうさんの人に会わないかんのや』
それもそうか、となつみは諦めることにした。お盆の期間は、短い。祖母には、他にも会いたい人がたくさんいることだろう。
「じゃあ、また今度ね」
そうやね、と天珠はうなずいた。
『なつみちゃんが霊感を持ったさかい、これからはこうして会って話せるなあ』
嬉しげに顔をほころばせると、天珠はその姿をすうっと消していく。何だか泣きそうな思いでその光景を見つめていたなつみだったが、おやと思った。完全に姿が消える瞬間、天珠はふと上を見上げたのだ。
(まさか……?)
天珠同様にロフト上を見上げて、なつみはぎょっとした。
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