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クレーマー三号(ホンちゃん)

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  来る当日、なつみは京都鉄道博物館の開館時刻に合わせて、建物前で張り込んでいた。ちなみに今日、雪絵は休みだが、なつみは普通にシフトが入っている。そこで命婦に頼んで、なつみは特別に休みをもらったのである。

『たまには、白銀一人で仏たちの対応させましょう。それはいいのだけれど、わざわざ出かけて張り込みなんて、申し訳ないわ』

 命婦はそう言って宇迦之御魂大神に報告しようとしたが、なつみは固辞した。宇迦之御魂大神に知られれば、また時間外労働の礼だと言って、服や食事代を贈られそうだからだ。なつみの勝手な判断での行動だというのに、それは申し訳なかった。

(それに今回は、ずっと見張る必要も無いしね)

 要は、ホンちゃんを納得させるような写真が撮れればいいのだ。それさえ済めばさっさと帰ろう、となつみは考えていた。

 幸運なことに、雪絵は、開館とほぼ同時に現れた。一緒にいるのは、確かに前回、伏見稲荷大社で順平と一緒にいた一人だ。シンプルなTシャツにジーンズを着た、地味で真面目そうな雰囲気の男の子である。雪絵の方は、フリルの多いフェミニン系の、白いワンピース姿だ。なつみは、さっと物陰に姿を隠すと、シャッターチャンスをうかがった。

(……いや、待てよ)

 写真を撮ろうとして、なつみはふと気付いた。雪絵は、卓人の腕に自分の腕を巻き付けるようにして、ぴったりと寄り添っているのだ。こんな風に体を密着させた様子を見せたら、あの厳格そうなホンちゃんのことだ、臍を曲げるのではないか。

(これが実際なんだけど。でも、怒らせたら厄介そうだもんなあ、ホンちゃん)

 もう少し様子を見て、二人が適度な距離感になった場面を撮ろうか、となつみは思い直した。だが彼らは、そのまま建物に入って行く。なつみは、仕方なく後を追った。

(最近、こんなことばっかりしてるような……)

 卓人は、雪絵のチケット代を奢るようだ。なつみは、少し間を置いて自分もチケットを買った。鉄道博物館に来るのは初めてだが、駅のプラットホームをイメージした空間があったり、実物車両が展示されていたりと、なかなか面白い。

(鉄道って特に興味無かったけど、結構楽しいじゃん。白銀さんを連れて来たら、大はしゃぎしそうだな……)

 その様子を想像して、なつみはクスクス笑った。とはいえ、そんな場合では無い。早く、写真を撮らねば。だが雪絵は、ぴったりと卓人にくっついたままで、距離が離れるということが無い。それどころか、密着度は高まっているように見える。

(もう一人の男の子には気の毒だけど、勝ち目は無さそうだな……)

 どう見ても相思相愛のカップルといった様子の二人を、気付かれないように観察しながら、なつみは後を追い続けた。するとしばらくして、彼らは足を止めた。弁当販売コーナーを指しながら、何やら喋っている。

(食事か! これはチャンス)

 なつみは、指を鳴らしたくなった。さすがに食べる時くらいは、二人も体を離すだろう。一緒にご飯を食べている風景なら、無難だ。ホンちゃんも、納得するのではないか。

 卓人と雪絵は、案の定弁当を購入した。卓人は、雪絵に細かく好みを尋ねて弁当や飲み物を買い、買い物袋をさりげなく持ってあげている。些細なことではあるが、渡辺という非常識男の見合いを観察した後だけに、なつみは何やら感激した。

(私も、お弁当買おうっと。……あ)

 なつみは、ふと思いついて、弁当を三つ購入した。うち二つを、命婦と白銀への土産にするためだ。容器は電車の形をしていて、いい記念になりそうだった。

 さて雪絵と卓人はと見れば、展示車両へと向かっている。そこは食堂車のごとく、中で飲食ができるらしい。なつみは、少し遅れて車両内へ入ると、雪絵たちの斜め後ろに陣取った。二人が仲良く食事している様子を、首尾良く撮影する。幸いにも、二人も他の来館者たちも、電車や弁当に夢中で、なつみに気を止める者はいなかった。

(よし、任務完了!)

 気付かれないうちに姿を消そうと、なつみは帰り支度を始めた。雪絵と卓人は、親しげに喋っている。聞くつもりは無かったが、会話が耳に飛び込んできた。

「卓人君は、会社は継げへんの?」

 そう尋ねるのは、雪絵だ。
 
「兄貴がおるから。俺、次男やし、好きなことせえって言われて」
「それで医学部に入れるとか、すごいわあ」

 雪絵は、甲高い声を上げた。

「せやけど、ええなあ、お家に縛られんと、好きなことができて。うちとこは、家が神職やから。うちも、この道しか無いねん」
「でも、雪絵さん、巫女の格好似合っとるで?」

 雪絵の口調が、悲しそうなトーンに変わったからだろう。卓人は、慌てて言葉を探しているようだった。

「それに、家に縛られる奴の方が多いんとちゃうかな。俺の友達も、家が医者っていう奴、結構おるで。えーと、この前伏見稲荷大社に誘ってきた、前原って奴もそう。実家は、代々京都で医者やっとんねん」

「前原……はん?」

 雪絵が聞き返す。順平の名が挙がったことで、なつみもふと耳をそばだてた。

「もしかして、入学式の時に火炎瓶投げ込んだっていう……?」
「そいつの、いとこな」

 卓人は、ちょっと声を潜めた。

「けど、前原本人はいい奴……」
「止めてくれへん?」

 雪絵の声が、不意に険しくなった。

「犯人の人、逮捕されたんやろ? 犯罪者やん。そんな人が親戚におるような人と、卓人はんは友達なん?」

 なつみは、眉をひそめた。卓人の反応をうかがうが、彼の声音は弱々しくなっていく。

「……いや、友達、ゆうわけでは……。受験で世話になった神社には、お参りに行かなあかん、みたいなことをあいつがうるさく言うから、あの日は付きうただけや。雪絵さんが嫌なら、もうあいつとは関わらんようにする……」

(何ですって?)

 なつみは、カッとなった。雪絵とデートすることで、別の友達と喧嘩した卓人のことを、順平がどれほど心配していたか。それなのに、友人関係すら否定するというのか。なつみは、彼らの前に飛び出した。
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