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クレーマー一号(ズイちゃん)
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なつみの英語指導は、順調に進んだ。順平は真面目で素直な生徒で、あっという間に一ヶ月が過ぎた。
その夜、なつみと白銀は、アパートでそわそわと一緒に過ごしていた。今日は、大学入学共通テストの最終日だったのだ。順平からは、解答速報で自己採点をしたら、連絡すると言われている。
「まー、待っててもドキドキするだけだし、何か食べましょうか」
なつみは、キッチンに立った。冷蔵庫を開けると、白銀も興味津々といった様子でのぞき込んでくる。
『おー、何か今日、中身が豪華じゃない?』
「一つは、自分へのご褒美です」
なつみはあの後、とある企業の最終面接まで漕ぎ着けたのだ。訪日外国人向けの情報サイトを作っている会社である。
『もう一つ、何かあるの?』
「ハイ。白銀さんへのお礼の意味もあります。年末は、ありがとうございました」
なつみは、白銀にぺこりと頭を下げた。白銀も正月はさすがに忙しく、神社にずっといたらしいだが(よく考えればそれが普通なのだが)、年末はここへ来て、大掃除を手伝ってくれたのだ。宙に浮けるのをいいことに、掃除がしにくい高い場所を、せっせと掃除してくれた。埃が溜まりがちなロフトも、ぴかぴかに磨いてくれたのである。
『なつみんにはお世話になってるから。特にロフトには、勝手にお邪魔してるわけだし』
「それもそうですね」
ひどい、と白銀が小さく悲鳴を上げる。そんな白銀を無視して、なつみは何を作ろうか考え込んだ。
(普段は芋のスナック菓子が多いから、芋料理は無しで。他に食べられそうなもの……、きんぴら? 野菜の煮物?)
すると白銀が、背後からおずおずと手を伸ばしてきた。
『よかったら、これ食べたい』
「お刺身!?」
なつみは、驚いた。それは、自分用に買っていた、まぐろやはまちの盛り合わせだった。
「いいですけど、肉や魚って大丈夫なんでしたっけ?」
すると白銀は、意外なことを教えてくれた。
『肉はNGだけど、僕ら、魚はOKなんだよ。実はお稲荷さんの神様って、漁業の神でもあるからね。だから神様も、魚は召し上がるよ』
へええ、となつみは感心した。日本酒にも合うし、ちょうどいい。小皿や醤油を用意していると、スマホが鳴った。
(順平君!?)
見ると、予想通り順平からのメッセ―ジだった。自己採点したところ、満足いく結果だったとか。特に英語は、何と九割も取れていたという。シンプルな文章だったが、彼の喜びが伝わってくるようだった。
『おめでとう、よく頑張ったね。今週の授業では、復習と二次試験対策をしましょう。今日はゆっくり休んで』
そう返信し終えると、なつみは顔を上げた。白銀にも伝えようと思ったのだ。だが彼は、なぜか青ざめている。
「白銀さん? 順平君、テスト上手くいったそうですよ」
『あ~、なつみん。悪いけど、神社に戻らなくちゃ』
そう言う白銀は、いつぞや出していた手鏡を見つめていた。どうやらそこから、仏たちの様子がうかがえるらしい。
『ズイちゃんが、共通テストの結果を詳しく教えろって。どの科目が何割取れたのか、ボーダーラインは超えられたのか、とか』
さすがは絹子の先祖だ、となつみは感心した。いや、前原家の先祖なら、直接は絹子と血は繋がっていないか。
「でも仏様が、よく共通テストのことをご存じでしたね」
ころころ変わる入試制度なんて、現世の人間でも把握していない場合があるのに。
『仏ネットワークってものがあるから。みんな、案外詳しいんだよ。……ほら、若くして亡くなった仏もいるしね』
最後の台詞を、白銀はちょっぴり切なそうに口にしたが、すぐに真剣な表情になった。
『取りあえず、行くわ。このままだと、ズイちゃん不安で暴れ出しかねないから。なつみん、刺身取って置いて。明日の晩、また来るから!』
言うなり白銀は、あっという間に姿を消した。刺身は明日の晩まで持たないんだけどなあ、となつみは一人呟いたのだった。
その夜、なつみと白銀は、アパートでそわそわと一緒に過ごしていた。今日は、大学入学共通テストの最終日だったのだ。順平からは、解答速報で自己採点をしたら、連絡すると言われている。
「まー、待っててもドキドキするだけだし、何か食べましょうか」
なつみは、キッチンに立った。冷蔵庫を開けると、白銀も興味津々といった様子でのぞき込んでくる。
『おー、何か今日、中身が豪華じゃない?』
「一つは、自分へのご褒美です」
なつみはあの後、とある企業の最終面接まで漕ぎ着けたのだ。訪日外国人向けの情報サイトを作っている会社である。
『もう一つ、何かあるの?』
「ハイ。白銀さんへのお礼の意味もあります。年末は、ありがとうございました」
なつみは、白銀にぺこりと頭を下げた。白銀も正月はさすがに忙しく、神社にずっといたらしいだが(よく考えればそれが普通なのだが)、年末はここへ来て、大掃除を手伝ってくれたのだ。宙に浮けるのをいいことに、掃除がしにくい高い場所を、せっせと掃除してくれた。埃が溜まりがちなロフトも、ぴかぴかに磨いてくれたのである。
『なつみんにはお世話になってるから。特にロフトには、勝手にお邪魔してるわけだし』
「それもそうですね」
ひどい、と白銀が小さく悲鳴を上げる。そんな白銀を無視して、なつみは何を作ろうか考え込んだ。
(普段は芋のスナック菓子が多いから、芋料理は無しで。他に食べられそうなもの……、きんぴら? 野菜の煮物?)
すると白銀が、背後からおずおずと手を伸ばしてきた。
『よかったら、これ食べたい』
「お刺身!?」
なつみは、驚いた。それは、自分用に買っていた、まぐろやはまちの盛り合わせだった。
「いいですけど、肉や魚って大丈夫なんでしたっけ?」
すると白銀は、意外なことを教えてくれた。
『肉はNGだけど、僕ら、魚はOKなんだよ。実はお稲荷さんの神様って、漁業の神でもあるからね。だから神様も、魚は召し上がるよ』
へええ、となつみは感心した。日本酒にも合うし、ちょうどいい。小皿や醤油を用意していると、スマホが鳴った。
(順平君!?)
見ると、予想通り順平からのメッセ―ジだった。自己採点したところ、満足いく結果だったとか。特に英語は、何と九割も取れていたという。シンプルな文章だったが、彼の喜びが伝わってくるようだった。
『おめでとう、よく頑張ったね。今週の授業では、復習と二次試験対策をしましょう。今日はゆっくり休んで』
そう返信し終えると、なつみは顔を上げた。白銀にも伝えようと思ったのだ。だが彼は、なぜか青ざめている。
「白銀さん? 順平君、テスト上手くいったそうですよ」
『あ~、なつみん。悪いけど、神社に戻らなくちゃ』
そう言う白銀は、いつぞや出していた手鏡を見つめていた。どうやらそこから、仏たちの様子がうかがえるらしい。
『ズイちゃんが、共通テストの結果を詳しく教えろって。どの科目が何割取れたのか、ボーダーラインは超えられたのか、とか』
さすがは絹子の先祖だ、となつみは感心した。いや、前原家の先祖なら、直接は絹子と血は繋がっていないか。
「でも仏様が、よく共通テストのことをご存じでしたね」
ころころ変わる入試制度なんて、現世の人間でも把握していない場合があるのに。
『仏ネットワークってものがあるから。みんな、案外詳しいんだよ。……ほら、若くして亡くなった仏もいるしね』
最後の台詞を、白銀はちょっぴり切なそうに口にしたが、すぐに真剣な表情になった。
『取りあえず、行くわ。このままだと、ズイちゃん不安で暴れ出しかねないから。なつみん、刺身取って置いて。明日の晩、また来るから!』
言うなり白銀は、あっという間に姿を消した。刺身は明日の晩まで持たないんだけどなあ、となつみは一人呟いたのだった。
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