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第四章 疑惑と混乱

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 オーディションから、一週間後。瑞紀は、一通の封筒を手に、ごくりと唾を飲んでいた。菊池アクターアカデミーから届いた、結果通知書だ。

 深呼吸してから、開封する。中の文書を開いたとたん、瑞紀は詰めていた息を吐いた。

(合格、か)

 まずは聖に連絡せねば、と瑞紀はスマホを手にした。自分には、報告する責任がある。そしてその責任感を、彼は評価してくれていたではないか。今はこちらを振り向いてくれなくても、その信頼を裏切りたくはなかった。

 簡潔に、合格の旨をメッセージで連絡する。また既読が付くだけだろう、と瑞紀は覚悟した。あるいは、短い祝福の返信が来るだけか。だが意外にも、スマホはすぐに着信を告げた。画面に表示された『小田桐聖』の名前を見て、瑞紀は息を呑んだ。

「――もしもし」
『瑞紀さん、ご体調はいかがですか』

 真っ先に聞こえてきたのは、オーディションの話題ではなく、瑞紀を気遣う台詞だった。前回、発情期だったからだろう。温かいものが胸に広がる。

「発情期は終わりましたので、大丈夫です。ありがとうございます」
『ならよかった。では改めて、合格おめでとうございます』

 聖は、一転晴れやかな声を上げた。

『実は菊池社長からも、個人的に伺いました。新人とは思えないほどの名演技だったとか』
「まさか。そうおっしゃっていただけるほどのものではありませんよ」

 瑞紀は謙遜したが、聖はさらに続けた。

『いえ。オーディションの面接官によると、瑞紀さんは演技の本質を理解されていると。まずは、台本を手にすることで、目線に影響が生じること。さらに、シナリオの状況把握が適切だと。相手役がいる場合、たいていの演者はそちらを向いて演技をする。だが瑞紀さんは、運転中という設定をちゃんと意識されていた。これは素晴らしいと』

 全て、演技終了後の質疑応答で交わした会話だ。それらが評価されていたのか、と瑞紀は目を見張った。

『僕も、演劇に詳しく通じているわけではありませんが、納得できる内容でしたよ。……それに、実際に拝見していましたから』

 そういえば見られていたのだった、と瑞紀は何だか照れくさくなった。だが、それは束の間だった。聖が、一転こう言い出したからだ。

『ところで。村越壮介の動向は、その後いかがですか』

 ひやり、と心臓が冷たくなる気がした。

「特段、何もありませんが」
『そうですか』

 聖は、深刻な声を上げた。

『あの後、HOTELブランの支配人に言って、村越には厳重注意させました。村越が、あなたを無理やり車で拉致したのを見た、と言ってね。みだりに、アルファとオメガを同じ部屋に案内しないように、とも意見しておきました』

「ありがとうございます。そこまでしていただいて……」

 拉致というほどではないのだが、壮介を戒めるため、聖は話を盛ってくれたらしかった。ほっと胸を撫で下ろした瑞紀だったが、聖の口調は厳しいままだった。

『いえ。小田桐ホールディングスの名前を使って抑え込んだとはいえ、これはあくまで、一時しのぎに過ぎません。村越のことだ、ほとぼりが冷めれば、何をしでかすかわかりませんよ。同じ傘下とはいえ、HOTELブランはあくまで別企業ですから、口出しするにも限界があります。』

 確かに、と瑞紀は眉をひそめた。

『村越は、あなたの住所を知っているのですか』
「いえ。でも、叔母には知らせましたが」
『それでは、筒抜けでしょう。何しろ彼女は、息子のことをつゆほども疑っていないのですから』

 聖の声音には、苛立ちが滲んでいた。

『僕が思うに、ベストな案は、叔母さんご夫妻に全てを打ち明けることかと。村越は、あなたの家に押しかけかねませんよ。それに、義叔父さんの病院へ行く機会だって、この先あるでしょう? 鉢合わせたら、どうするのです』

 もっともな理屈だが、それでも瑞紀は同意できなかった。

「聖さん。ご心配いただけるのはありがたいのですが……、やはり、それは無理です。叔母夫妻を傷つけたくはありません。特に義叔父は今、あのような状況ですし」

 数秒の後、軽いため息の気配がした。

『やはりね。一応提案しましたが、瑞紀さんならそうおっしゃるのではと思っていました……。それなら、これではどうです? お家を引き払い、小田桐ホテルに宿泊するのです。費用はこちらで持ちますので、気にされなくてよろしい』

 瑞紀は、目を見張った。
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