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7 秘めた想い

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「ん? 一人で洗えたか?」
 純の気配に気づいたらしい桐ケ谷が、こちらを見る。
「はい……。あの、き……、卓也さん。今の電話って……?」
「聞いていたのか?」
 桐ケ谷が、眉をひそめる。純はとっさに、いいえ、と答えた。立ち聞きしたと思われたくなかったのだ。
「悪いが、まだお前には言えない。……でも時期が来れば、必ず話してやる」
 純は、黙って頷いた。気にはなるが、桐ケ谷に従おうと思ったのだ。彼を信じて付いて行けば、間違いはない……。
「一つ言えるのは、お前は何も心配しなくていい、ということだ。柳原という記者が、上手くやってくれた。週刊誌の最新号に、日下英介がオメガを拉致し、番にして捨てる計画を立てていたというスクープ記事が載る。そして、お前の能力が記事になることはないから、その点も安心しろ。お前の父親や兄さんに関しては、手は打ってある」
 純は、ほっと胸を撫で下ろした。
「なら、日下総理も僕に何か仕掛けるどころじゃないですね」
「ああ。それに、スキャンダルが一段落ついても、もう復活は無理だ」
 桐ケ谷は、やけに断定的な物言いをした。純が怪訝そうな顔をすると、彼は微笑んだ。
「それも、いずれ話してやるからな」
 桐ケ谷は、純を安心させるようにポンポン、と肩を叩いた。
「それより、喉が渇いてないか? 何か買って来てやろう」
 桐ケ谷は早くも財布を手にしているが、純はかぶりを振った。
「大丈夫です。鞄にペットボトルがあるんで、それをもらえれば……」
「そうか?」
 どれ、と桐ケ谷が純の鞄を開ける。純ははっとした。
(――まずい!)
 純は桐ケ谷を押しとどめようとしたが、間に合わなかった。桐ケ谷が、なんとも言えない表情を浮かべる。
「純。お前……」
「ちがっ……、違うんです!」
「何がどう違うんだ?」
 桐ケ谷がつまみ上げたのは、純が鞄に詰めていた彼の服だった。
「どうも服の数が減っている気がしていたんだが、お前が持っていたとはなあ」
「……すみませ……」
 真っ赤になってうつむく純を、桐ケ谷はそっと抱き寄せた。
「俺の匂いが恋しかったんだろう? 別に、謝らんでいい」
「本当ですか?」
「ああ……。でも本物の匂いの方がいいだろう?」
 言うなり桐ケ谷は、純を再びベッドに押し倒した。純はぎょっとした。
「ちょっ……、これ以上しないんじゃなかったんですか!」
「お前が煽るから悪い」
 桐ケ谷は、悪びれもせず言い放った。
「シャワーを浴びる前でよかった。ああ、お前はもう一回浴びないといかんな。大丈夫、今度こそ俺が洗ってやるから……」
 純は言い返そうとしたが、言葉にならなかった。桐ケ谷に口づけられたからだ。彼の首に腕を回しながら、純は心の中で呟いた。
(卓也さん。愛してます……)
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