熱血俳優の執愛

花房ジュリー

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Side:伊織

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 その後の、村上さんたち事務所サイドの動きは、迅速だった。彼らは、SNSへの投稿を上手く利用した。
 曰く、桜庭陽斗には一般男性の恋人がおり、その恋人は同じ会社の男性から、セクハラ、ストーカー行為を受けていた。今回、陽斗との関係をネタに強請られ、ホテルへ連れ込まれかけた恋人を、陽斗は守ったのだ、と。二人とも一般人なので、会見では名誉を守ろうと、面識の無い相手だと言ったのだ、と……。
『ま、本当のことっすけどね』
 村上さんは、あっけらかんと笑っていた。そして、その発表を受けたファンらの反応は、意外と好意的だった。ゲイだと知っても、女性ファンは離れなかったらしい。下手にダミー彼女を仕立てるよりよかったかも、などと村上さんは言っていた。歴史ドラマシリーズの主演も、今の所取り消されない見込みである。
 一方、僕の担当編集者は、ひどくショックを受けていた。こういうスキャンダルに巻き込まれたことで、X川賞の選考に響きはしないかと案じる彼に、僕は深く謝罪した。
『今まで黙っていてごめんなさい。せっかく応援していただいたけれど、今回は逃すかもしれませんね。でも、挽回するような作品を、次は書きます。必ず書けると、お約束します。――なぜなら、次からは全力投球するからです』
 そして僕は、『ゼーゲ』に辞表を提出した。
「気を遣わなくてもいいんだよ?」
 辞表を見た課長は、開口一番言った。
「むしろ、桐村君は被害者だろう。気付いてあげられなくて、悪かった」
 あの後、予想通り僕と八木さんの身元は特定された。『ゼーゲ』はマスコミに取り上げられ、八木さんは解雇にこそならなかったものの、懲戒処分となった。
 また、写真をアップしたのは、やはり休憩室にいた女性社員の一人であった。たまたまあのホテルの前を通りかかった彼女は、変装している陽斗にすぐに気が付いた。サインをもらおうかと迷っていたところ、僕と八木さんが現れ、何やら不穏な雰囲気になった。何かの時のためにと思いとっさに写真を撮ったのだという。今回、彼女も厳重注意を受けたらしいが、案外けろりとしていた。礼を述べた僕に向かって、彼女は、『陽斗君の大ファンだから、名誉を晴らせて満足』と言っていた。
「――でも、入社以来お世話になった会社に、こんな風にご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ないです」
 僕は、深々と頭を下げた。
「そう思うなら、これから仕事を頑張ることで、貢献してくれないかい? 桐村君の仕事ぶりは、評価しているんだよ。作家業と兼務とは、とても思えないくらいだ」
「……でも、八十五パーセントですけどね」
「は?」
 いえ何でも、と僕はかぶりを振った。
「そう仰ってくださるのはありがたいのですが、もう自分で決めたことなんです。一つの道に、全力投球しようと思います」
「……それが、作家業の方、ということなんだね」
「――はい。申し訳ありません」
 課長はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「仕方ないね。いつかはそう言うんじゃないかと思ってたし。……じゃあ極めておいで、作家の道を」
「ありがとうございます」
 僕は心を込めて、再び頭を下げたのだった。
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