上 下
135 / 242
第九章 それでも、禁呪は許されませんか

3

しおりを挟む
 その後しばらくとりとめのない雑談を交わすと、真純はジュダの部屋を辞した。真っ直ぐ帰ろうと思った真純だったが、執事に挨拶していると、一人の男性が姿を現した。年齢は四十代後半か、ダークブラウンの髪をした、穏やかそうな男性だ。

「お待ちを。せっかくいらしたのだから、お茶でも飲んでいかれませんか。私は、ジュダの父です」

 彼がロッシ伯爵か、と真純は目を見張った。ジュダから聞いた話では冷たい印象だったが、案外優しそうだ。

「では、お言葉に甘えて」

 伯爵はにこやかに頷くと、応接間に真純を通してくれた。向かい合って腰かけると、彼は感慨深げに真純を見つめた。

「異世界から来られた薬師・マスミ様ですね? お噂は、かねがね伺っております。本日は、わざわざお越しいただきありがとうございます」
「いえ、とんでもない」

 真純は、言葉少なに謙遜した。すると伯爵は、ほっとしたようにため息をついた。

「ジュダがあなたに会う気になってくれて、よかった。いえ、実はルチアーノ殿下も、この五日間毎日お越しだったのですが。ジュダが断固拒否したのですよ。会いたくないと」
「そうだったのですか!?」

 真純は、目を見張った。あれほど多忙なルチアーノが、時間を作ってジュダに会いに来たというのか。それも、毎日。

「ええ。王太子殿下がいらしているというのに、不敬もいいところです。それで私は、無理やりジュダを引っ張り出そうとしたのですがね。ルチアーノ殿下の方から、必要は無いと仰ったのです。強要するなと。こうして殿下は毎日、いらっしゃってはお帰りになるの繰り返しでした」
 
  まだ決定していないとはいえ、ルチアーノが新王太子となることに、もはや誰も異存は無いのだ。伯爵は、自然な調子で王太子と表現した。

「ですが今日は、あなたと部屋で話したとのこと。安心いたしましたよ。何しろ、この家に帰ってからというもの、ジュダは心あらずという感じでしたから。食事もろくに取らないし、案じておりました」

 伯爵は、沈痛の表情を浮かべた。

「マスミ様は、ジュダと年齢も近いそうですね? 厚かましい願いですが、是非彼と友人になってやっていただきたい。何しろジュダは、九歳の時から、離宮でルチアーノ殿下に付ききりでしたからね。名誉なことではありますが、同世代の友人を作ってやれなかったことが、心残りでして」

 何だか勝手な言い草だな、と真純はムッとした。

「ですが、そうなさったのはロッシ伯爵では? 殿下の剣術のお相手候補として、ジュダさんを推したのですよね?」

 養父・ロッシ伯爵は自分を邪魔に思っていた、追い出す口実として立候補させたのだ、とジュダ本人が言っていたではないか。ところが伯爵は、意外なことを言い出した。

「ええ、それはそうなのですが。ただ私は、積極的にジュダを立候補させたわけではありません。国王陛下から直々に、ジュダをとご指名がございましたので、従っただけです」
「国王陛下が!?」

 真純は、眉をひそめた。そんな事実があったとは知らなかった。

(陛下が、なぜ……?)

 いや、と真純は思い直した。ミケーレ二世は、自ら物事を決定できる人間ではない。その裏には、示唆する者がいたはずだ。

(王妃陛下は、ジュダさんがセアンだと知っている。わざと、殿下の相手に選んだのか……?)

 意図的に、ルチアーノとジュダを近付けたということか。ますます、王妃の考えがわからなくなってきた。一方ロッシ伯爵は、ぶつぶつと呟いている。

「私としては、ジュダを差し出したくなかったんですがねえ。殿下の仮面が外れるという事故が起きたものですから。あの時ジュダが無事だったために、離宮へお供する羽目に……。ああ、いや」

 伯爵は、はたと失言に気づいたようだった。

「今やルチアーノ殿下は、次期王位継承者。人格も優れていらっしゃる。そんな方のおそばにお仕えできる今となっては、よかったと思いますがね。ただやはり、あの離宮で九歳から過ごすというのは、酷な話だったと思うのですよ。親としてはですね」

 真純は、伯爵の顔を見つめた。王妃が何事か企んだのは、確かだろう。だが、今の伯爵の言葉は、本当なのだろうか。
 
「ロッシ伯爵。失礼を承知でお尋ねしますが。離宮へジュダさんをやりたくなかったというのは、本音ですか? あなたは、本当にジュダさんを可愛がっておられたのですか」

 養父に愛情は無かったと、ジュダは断言していた。取り繕っているのではないかと、真純は疑ったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子様のご帰還です

小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。 平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。 そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。 何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!? 異世界転移 王子×王子・・・? こちらは個人サイトからの再録になります。 十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。

【完結】王子の婚約者をやめて厄介者同士で婚約するんで、そっちはそっちでやってくれ

天冨七緒
BL
頭に強い衝撃を受けた瞬間、前世の記憶が甦ったのか転生したのか今現在異世界にいる。 俺が王子の婚約者? 隣に他の男の肩を抱きながら宣言されても、俺お前の事覚えてねぇし。 てか、俺よりデカイ男抱く気はねぇし抱かれるなんて考えたことねぇから。 婚約は解消の方向で。 あっ、好みの奴みぃっけた。 えっ?俺とは犬猿の仲? そんなもんは過去の話だろ? 俺と王子の仲の悪さに付け入って、王子の婚約者の座を狙ってた? あんな浮気野郎はほっといて俺にしろよ。 BL大賞に応募したく急いでしまった為に荒い部分がありますが、ちょこちょこ直しながら公開していきます。 そういうシーンも早い段階でありますのでご注意ください。 同時に「王子を追いかけていた人に転生?ごめんなさい僕は違う人が気になってます」も公開してます、そちらもよろしくお願いします。

置き去りにされたら、真実の愛が待っていました

夜乃すてら
BL
 トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。  というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。  王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。    一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。  新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。  まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。    そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?  若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

【完結】悪役令息?だったらしい初恋の幼なじみをせっかく絡めとったのに何故か殺しかけてしまった僕の話。~星の夢・裏~

愛早さくら
BL
君が悪役令息? 一体何を言っているのか。曰く、異世界転生したという僕の初恋の幼なじみには、僕以外の婚約者がいた。だが、彼との仲はどうやら上手くいっていないようで……ーー?! はは、上手くいくはずがないよね、だって君も彼も両方受け身志望だもの。大丈夫、僕は君が手に入るならなんでもいいよ。 本人には気取られないよう周囲に働きかけて、学園卒業後すぐに、婚約破棄されたばかりの幼なじみを何とか絡めとったのだけど、僕があまりに強引すぎたせいか、ちょっとしたすれ違いから幼なじみを殺しかけてしまう。 こんなにも君を求めているのに。僕はどうすればよかったのだろう? この世界は前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界で自分は悪役令息なのだという最愛の公爵令息を、策略を巡らせて(?)孕ませることでまんまと自分の妃にできた皇太子が事を急くあまり犯した失態とは? ・少し前まで更新していた「婚約破棄された婚約者を妹に譲ったら何故か幼なじみの皇太子に溺愛されることになったのだが。」の殿下視点の話になります。 ・これだけでも読めるように書くつもりですが、エピソード的な内容は前述の「婚約破棄され(ry」と全く同じです。 ・そちらをお読みの方は、少し違う雰囲気をお楽しみ頂けるのではと。また、あちらでは分かりにくかった裏側的なものも、こちらで少し、わかりやすくなるかもしれません。 ・男性妊娠も可能な魔力とか魔術とか魔法とかがある世界です。 ・R18描写があるお話にはタイトルの頭に*を付けます。(3-7とかの数字の前。 ・ちゅーまでしか行ってなくても前戯ならR18に含みます。 ・なお、*の多くは全部ぶっ飛ばしても物語的に意味は通じるようにしていく予定です、苦手な方は全部ぶっ飛ばしてください。 ・ありがちな異世界学園悪役令嬢婚約破棄モノを全部ちゃんぽんしたBLの攻めキャラ視点のお話です。 ・執着強めなヤンデレ気味の殿下視点なので、かなり思い詰めている描写等出てくるかもしれませんが概ね全部大丈夫です。 ・そこまで心底悪い悪人なんて出てこない平和な世界で固定CP、モブレ等の痛い展開もほとんどない、頭の中お花畑、ご都合主義万歳☆なハッピーハッピー☆☆☆で、ハピエン確定のお話なので安心してお楽しみください。

【完結】ハシビロコウの強面騎士団長が僕を睨みながらお辞儀をしてくるんですが。〜まさか求愛行動だったなんて知らなかったんです!〜

大竹あやめ
BL
第11回BL小説大賞、奨励賞を頂きました!ありがとうございます! ヤンバルクイナのヤンは、英雄になった。 臆病で体格も小さいのに、偶然蛇の野盗を倒したことで、城に迎え入れられ、従騎士となる。 仕える主人は騎士団長でハシビロコウのレックス。 強面で表情も変わらない、騎士の鑑ともいえる彼に、なぜか出会った時からお辞儀を幾度もされた。 彼は癖だと言うが、ヤンは心配しつつも、慣れない城での生活に奮闘する。 自分が描く英雄像とは程遠いのに、チヤホヤされることに葛藤を覚えながらも、等身大のヤンを見ていてくれるレックスに特別な感情を抱くようになり……。 強面騎士団長のハシビロコウ‪✕‬ビビリで無自覚なヤンバルクイナの擬人化BLです。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

ポメガバって異世界転移したら、冷酷王子に飼われて溺愛されました

夏芽玉
BL
ずっと好きだった相手に、告白することもなく失恋した。心の傷が癒えないまま出勤すれば、ミスの連発。ストレスのあまりポメラニアンになってしまったけれど、それと同時に、オレは異世界転移までしてしまったようだ。 傷心旅行ついでにたっぷり可愛がってもらえれば、すぐに元の姿に戻れるだろうと思っていたのに、どうやらこの世界にポメラニアンは居ないらしい。魔物と間違えられながらも、なんとか冷徹王子のペットになったんだけど、王子の周りでは不審な出来事が多発して…… ※ポメガバースの設定をお借りしています 第11回BL小説大賞に参加します。よろしくお願いします!

処理中です...