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第九章 それでも、禁呪は許されませんか
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その後真純は、すぐにロッシ家を訪れた。異世界から来た薬師として名前は相当知られているらしく、執事は下にも置かぬ扱いで、真純を出迎えてくれた。
ジュダは、自室に籠もりきりだという。拒否されるかと案じていたが、彼は、意外にもあっさりと真純を通してくれた。
「突然押しかけて、すみません。心配だったので」
「いや。勝手を言って休んでいるのはこっちだ。悪いな、力になれなくて」
ジュダはラフなチュニック姿で、髪はやや乱れていた。心なしか、やつれたようにも見える。五日間悩み続けていたのだろうか、と真純は心配になった。
「いえ。ジュダさんがニトリラから色んな人を連れて来てくれたおかげで、調査が進んでいますよ」
真純は、パッソーニが遂に自供した話を語った。ジュダは、「よかった」とだけ答えたが、それ以上感想を述べることはしなかった。
(どう声をかけてあげるべきかな……)
心配でやって来たはいいが、何と言えばいいかわからず、真純は困った。すると、ジュダが不意にこう言い出した。
「……これからどうしようか、そう考えてたんだ」
ジュダは、深いため息を吐いた。
「久々にこの家に戻って来て、ロッシの親は良くしてくれる。それは、俺が次期国王陛下の側近になると思っているからだ。けれど……、俺には、自信が無い」
ジュダは、諦めたようにかぶりを振った。
「俺がベゲットの息子でない可能性を、何とかひねり出そうとした。でも無理だった。ルチアーノ殿下のことだ、いずれ王妃陛下を糾弾なさるだろう。彼女が真実を語る時が怖い。これまでの人生で、こんなに何かを恐れたのは初めてだ」
「ルチアーノ殿下は、ジュダさんが批判されるような状況には、ならないようにしてくださいますよ。きっと、ジュダさんの出生の秘密は守ってくださるはず。現に、アントネッラさんにも口止めしていたでしょう?」
だがジュダは、「違う」と小さく呟いた。
「そんなことが怖いんじゃない。俺はただ……、決定打が怖いんだ。この期に及んで、俺はまだ、認めたくないと思っている……。だから」
ジュダは、思いがけないことを言い出した。
「クオピボへ戻ろうかと思う」
「本気ですか!?」
真純は、目を剥いた。
「ああ。実はあそこのご領主から、婿入りしないかとほのめかされたんだ。俺は三男だし、ロッシ家にとっては養子だし、問題無いだろ? 都合良く、ご令嬢と恋仲だという噂も立っていることだし。……まあ、逃げに過ぎないことは、わかってるけどな」
「けど……。お嬢さんを好きなわけではないんでしょう? そう言っていたじゃないですか」
真純は、眉をひそめた。
「そんなの、彼女に失礼ですよ」
「お前に言われたくない」
ジュダは、カッと目を剥いた。
「マスミ、お前はいいよな。殿下と相思相愛で。俺なんか、十二年想い続けてむくわれなかった。おまけに実親は、最愛の人を傷つけた人間。こんな俺の気持ちが、お前なんかにわかるか。どうせ、元の世界でも、優しい家族に囲まれた、ぬくぬくした生活を送ってたんだろ!」
ジュダの声は絞り出すようで、真純は怒りよりも、深い同情を覚えた。
「ぬくぬく、と言われたら、そうかもしれないですね。父は優しい人でしたから」
その父を置いてきたことを思い出して、真純は胸が痛むのを感じた。
「……母親は?」
ふと、ジュダが真純を見つめる。真純は静かに答えた。
「僕が五歳の年に、亡くなりました。病気でしたが、直接の原因は、医師の過ちです。ですが、その医師が断罪されることはありませんでした……」
かつてルチアーノに語ったのと、同様の話を語る。ジュダは、目を見開いて聞いていた。
「母親が殺されたってのに、殺した奴は裁かれもしなかったのか? しかも裁くのに、お前たちの方が金を払う必要があるって? どうなってんだよ、お前らの世界は」
ジュダは、ルチアーノと全く同じ感想を漏らした。そんな状況ではないというのに、真純は思わず微笑んでいた。
「何で笑う? 笑うところじゃないだろうが」
「いえ。ルチアーノ殿下と同じことを仰るんだなって。さすがは、主君と一の家臣ですね」
ジュダが絶句する。真純は、身を乗り出した。
「ジュダさん。殿下も仰っていましたが、殿下とジュダさんの間には、十二年という長く深い絆があるんです。そんなジュダさんに、殿下はそばに居て欲しいと願ってらっしゃる。ベゲットさんとジュダさんは別々の人間だ、何があってもジュダさんへの愛情に変わりは無い、そう仰っていたじゃないですか。だとしたら、そのお気持ちに応えるのが、ジュダさんの役目なんじゃないですか」
ジュダは、しばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「お前の言う通りかもな」
「ジュダさん……」
真純は、深く安堵するのを感じていた。
「気持ちの整理があるでしょうから、すぐに出て来て、とは言いません。でも、ジュダさんが元気なお顔を見せてくれたら、殿下はとても喜ばれますよ」
「わかった」
ジュダは微笑んだ。
「正直、現実はまだ受け止められない。ベゲットの子だとは、思いたくない。火の魔術師だの何だのも、お断りだ。だけど、前向きにはなろうと思う。お前の言う通り、それが殿下の御為だ」
「そうですよ」
真純は、力強く頷いた。火魔法に取り組まないことで、フィリッポは落胆するだろうが、それは致し方ない。まずは、ジュダが元気になってくれることが、第一だ。
「それから。さっきは、ひどいことを言って悪かった。マスミには、マスミの苦労があったんだな。それに、きっと悩んだんだろ? 父親を取るのか、殿下を取るのか。さぞ辛い選択だったと思うよ。それでもお前は、決断したんだ。苦しい決断をな。そんなお前に八つ当たりすべきじゃなかった」
ジュダは、改めて姿勢を正すと、「来てくれてありがとう」と真純に告げたのだった。
ジュダは、自室に籠もりきりだという。拒否されるかと案じていたが、彼は、意外にもあっさりと真純を通してくれた。
「突然押しかけて、すみません。心配だったので」
「いや。勝手を言って休んでいるのはこっちだ。悪いな、力になれなくて」
ジュダはラフなチュニック姿で、髪はやや乱れていた。心なしか、やつれたようにも見える。五日間悩み続けていたのだろうか、と真純は心配になった。
「いえ。ジュダさんがニトリラから色んな人を連れて来てくれたおかげで、調査が進んでいますよ」
真純は、パッソーニが遂に自供した話を語った。ジュダは、「よかった」とだけ答えたが、それ以上感想を述べることはしなかった。
(どう声をかけてあげるべきかな……)
心配でやって来たはいいが、何と言えばいいかわからず、真純は困った。すると、ジュダが不意にこう言い出した。
「……これからどうしようか、そう考えてたんだ」
ジュダは、深いため息を吐いた。
「久々にこの家に戻って来て、ロッシの親は良くしてくれる。それは、俺が次期国王陛下の側近になると思っているからだ。けれど……、俺には、自信が無い」
ジュダは、諦めたようにかぶりを振った。
「俺がベゲットの息子でない可能性を、何とかひねり出そうとした。でも無理だった。ルチアーノ殿下のことだ、いずれ王妃陛下を糾弾なさるだろう。彼女が真実を語る時が怖い。これまでの人生で、こんなに何かを恐れたのは初めてだ」
「ルチアーノ殿下は、ジュダさんが批判されるような状況には、ならないようにしてくださいますよ。きっと、ジュダさんの出生の秘密は守ってくださるはず。現に、アントネッラさんにも口止めしていたでしょう?」
だがジュダは、「違う」と小さく呟いた。
「そんなことが怖いんじゃない。俺はただ……、決定打が怖いんだ。この期に及んで、俺はまだ、認めたくないと思っている……。だから」
ジュダは、思いがけないことを言い出した。
「クオピボへ戻ろうかと思う」
「本気ですか!?」
真純は、目を剥いた。
「ああ。実はあそこのご領主から、婿入りしないかとほのめかされたんだ。俺は三男だし、ロッシ家にとっては養子だし、問題無いだろ? 都合良く、ご令嬢と恋仲だという噂も立っていることだし。……まあ、逃げに過ぎないことは、わかってるけどな」
「けど……。お嬢さんを好きなわけではないんでしょう? そう言っていたじゃないですか」
真純は、眉をひそめた。
「そんなの、彼女に失礼ですよ」
「お前に言われたくない」
ジュダは、カッと目を剥いた。
「マスミ、お前はいいよな。殿下と相思相愛で。俺なんか、十二年想い続けてむくわれなかった。おまけに実親は、最愛の人を傷つけた人間。こんな俺の気持ちが、お前なんかにわかるか。どうせ、元の世界でも、優しい家族に囲まれた、ぬくぬくした生活を送ってたんだろ!」
ジュダの声は絞り出すようで、真純は怒りよりも、深い同情を覚えた。
「ぬくぬく、と言われたら、そうかもしれないですね。父は優しい人でしたから」
その父を置いてきたことを思い出して、真純は胸が痛むのを感じた。
「……母親は?」
ふと、ジュダが真純を見つめる。真純は静かに答えた。
「僕が五歳の年に、亡くなりました。病気でしたが、直接の原因は、医師の過ちです。ですが、その医師が断罪されることはありませんでした……」
かつてルチアーノに語ったのと、同様の話を語る。ジュダは、目を見開いて聞いていた。
「母親が殺されたってのに、殺した奴は裁かれもしなかったのか? しかも裁くのに、お前たちの方が金を払う必要があるって? どうなってんだよ、お前らの世界は」
ジュダは、ルチアーノと全く同じ感想を漏らした。そんな状況ではないというのに、真純は思わず微笑んでいた。
「何で笑う? 笑うところじゃないだろうが」
「いえ。ルチアーノ殿下と同じことを仰るんだなって。さすがは、主君と一の家臣ですね」
ジュダが絶句する。真純は、身を乗り出した。
「ジュダさん。殿下も仰っていましたが、殿下とジュダさんの間には、十二年という長く深い絆があるんです。そんなジュダさんに、殿下はそばに居て欲しいと願ってらっしゃる。ベゲットさんとジュダさんは別々の人間だ、何があってもジュダさんへの愛情に変わりは無い、そう仰っていたじゃないですか。だとしたら、そのお気持ちに応えるのが、ジュダさんの役目なんじゃないですか」
ジュダは、しばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「お前の言う通りかもな」
「ジュダさん……」
真純は、深く安堵するのを感じていた。
「気持ちの整理があるでしょうから、すぐに出て来て、とは言いません。でも、ジュダさんが元気なお顔を見せてくれたら、殿下はとても喜ばれますよ」
「わかった」
ジュダは微笑んだ。
「正直、現実はまだ受け止められない。ベゲットの子だとは、思いたくない。火の魔術師だの何だのも、お断りだ。だけど、前向きにはなろうと思う。お前の言う通り、それが殿下の御為だ」
「そうですよ」
真純は、力強く頷いた。火魔法に取り組まないことで、フィリッポは落胆するだろうが、それは致し方ない。まずは、ジュダが元気になってくれることが、第一だ。
「それから。さっきは、ひどいことを言って悪かった。マスミには、マスミの苦労があったんだな。それに、きっと悩んだんだろ? 父親を取るのか、殿下を取るのか。さぞ辛い選択だったと思うよ。それでもお前は、決断したんだ。苦しい決断をな。そんなお前に八つ当たりすべきじゃなかった」
ジュダは、改めて姿勢を正すと、「来てくれてありがとう」と真純に告げたのだった。
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