ノラの女

五味千里

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十二話 夢II

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「何であんなこと言ったのさ」

 ユリ姉の部屋の、洒落た花瓶の縁をなぞりながら私は言った。淡い色の花瓶はつうっと音が鳴りそうなほど艶やかだ。
 一方のユリ姉は真剣とも不真面目とも思える表情でシックな壁に顔を向けている。その方向には往年のロックバンドのポスターが貼られてあり、まだ若い頃、東京で再会したユリ姉を思い出す。

「こういうのは、誰かが言わないといけないの」

 冷めた、というより枯れた声色だった。枯れていて、淋しいトーン。満月の裏側を見たような気になる。
 あれからユリ姉は、カズに淡々と正論を並べていった。お金のこと、生活のこと、惨めさや、報われなさ。それは彼女も経験しただけあって、決して荒くはないのにその言葉たちは鈍器の様相だった。偏見でない正論の、真っ直ぐな重みだ。
 カズは終始閉口していた。おそらく、こういうことを言われる覚悟もあったのだろう。口を真一文字に結んで、暴風に耐えていた。
 しかしユリ姉が、劇を観に行った、と一言放つとカズは一変した。真っ青になり、それまでアスファルトに向けた顔を上げて、それでもユリ姉を見ることはなく、ぼんやりと消えたような雰囲気になる。そうしてひとしきりユリ姉がバラバラと言葉を落とした後、もう一度廃校を巡って、最初と似たような言葉を繰り返した。

「言い方ってもんがあるでしょう、あれじゃあ、カズがへこんでしまうよ」

「へこまないと意味ないの。へこんで、苦しくなって、『夢』っていうのが自分のどこあたりにあるのか探らないと。自分の心臓か、脊髄か。でも、頭の上だと駄目なのよ。頭の上だと、その距離を測るので終わってしまう」

「そんなの、カズも考えてるよ、考えた上でああいう事言ったんでしょ」

「自分で考えても意味ないの。夢は甘い香りがするから。甘い香りがして、振り回されて、そして急に香りが消えてしまう。そうなったらもう、目も当てられないのよ。灰色の現実がやってきて、淡白に無臭を押し付けるの。その頃が一番辛い。過去が今を引っ張って、明日が今にやられるの」

 だからその前に、とユリ姉は付け足した。ポスターの四人組は肩を組んではにかんでいる。
 だとしても、私はカズにそれを耐えれるほどの大人を期待していなかった。今のカズは上京を目指した私とよく被る。夢に埋もれたい、そういう眼をしていた。いや、して欲しかったのかもしれない。

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