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45 サイカと四人の男たち&お義父様②

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「…サイカ。少し、待ってて。」

「?」

「…男と男の、話し合い、する。」

「??」


久しぶりの再会も束の間、ディーノ様と部屋を出ていくカイル様。
待っててのその言葉通りに待つ私。
十分。二十分。三十分……そして一時間が経とうとする頃には窓から射し込むぽかぽかとした温かい日の光に誘われ……半分寝かけた。


「…遅くなった…。…サイカ、…寝ないで…。」

「…ふあ…?…あ……ごめんなさい、ちょっと…うとうとしてました…」

「カイル殿。…使用人は下がらせておくが…扉は開けておく様に。
サイカ。襲われそうになったら悲鳴を上げなさい。」

「え?」

「サイカの嫌がること、しない。絶対。
悲しませる、俺の本意、違うから。」

「その言葉、決してたがうなよ。」

「ん。…約束。」


きりりといい顔で頷き合う二人に…付いていけない私。
一体何があったのか。…男と男の話し合いとは一体。


「ディーノ様と何の話を?」

「…ん?…サイカの事。」

「え、私?」

「ん。…これからも、サイカに会いに来る…その許可、もらった。
クライス侯、サイカの保護者、名乗った。…認めてもらわないと、俺、サイカに会えない。…陛下は、認められてる。だから…いつでも、サイカに会いに来れる。でも俺は、クライス侯にとって、よくは知らない男だから。」

「…ほう…?」

「んと。…この屋敷で、サイカに会う為には…侯爵の許し…必要ってこと。
だから…俺の気持ち、分かってもらえるまで…伝えた。頑張って。」

「…なるほど。」


分かった?とそんな視線でカイル様に見られているのが分かる。
…分かるのだが……実はいまいち分かってはいない。
まあでも要約すると、私に会うのにディーノ様のお許しがいるのは分かった。うん。


「…ええと、ディーノ様に認めてもらえたってことは…また私に会いに来てくれるってことですよね?」

「…ん。……いっぱい伝えた。俺の気持ち、本物だって。
あんなに喋ったの…初めて。……そうしたら、…もういい、気持ちは認めるって、言ってくれた…。」


……それは認めたというよりも……諦めも入っているような…。


「カイルとは随分久しぶりな気がします。…会えて、凄く嬉しい。」


久々のカイル様。私がディーノ様の屋敷に来て二ヶ月半。
その間カイル様とは一切会えていなかった。
手紙はいくつか届いて、返事も出していたけれど、やっぱりこうしてちゃんと会えると嬉しいものだ。
そう言えば以前に御前試合があると言っていたけれど、時期までは聞いていなかった事を思い出しカイル様に尋ねてみた。


「カイル、前に御前試合があるって言ってたでしょう?
…もしかして…もう終わっちゃった…?」

「…終わってない。…七日後、開催だから。」

「よかった!じゃあ、応援出来ますね…!
直接応援しに行けたら一番いいですけど…それは難しいから…お屋敷の中で応援してますね。
カイルが勝てるように、大きな怪我もなく無事で終わるようにも。」

「…大丈夫。屋敷の中で、応援してて。それで、十分。サイカが応援してくれたら、絶対に…勝つ。
…負ける気、してないから。」

すごい自信だなと思うけど、きっと強いのだろう、カイル様は。
だって凄く、自信みなぎってる感じだ。

にっこり。お互いに笑う。
カイル様といるとゆったり、ゆっくりと時間が流れる。
何というかそう、リラックス出来るのだ。
無理に話さなくてもいい。無言でも苦に感じない。


「…昼から会えるの、…なんか、すごく、いい。
…いつもと違うから、不思議な感じもする。
でも…すごく、すごく…嬉しい…。」

「ふふ、そうですね。会うのはいつも、夜でしたから。昼間からとなると、また新鮮に感じます。
何だろう、いつもと違う状況って、すごくわくわくもしますよね。」

「…ん。わくわく、してる。俺。」

だけど次の瞬間。カイル様は緩んでいた顔から少し落ち込んだ様な表情になった。


「サイカ……娼館、無くすって、オーナー言ってた。移転…新しい娼館、建てるって。壊すのは、新しいのが出来て、荷物も、娼婦たちも、移ってからって、言ってたけど……壊す前に…部屋、入れてもらった。」

「……。」

「…サイカにとって、あの部屋は…辛い場所になる。思い出もあるけど…。
…俺にも、思い出の部屋。」

「…ええ。…別に、あの部屋のままでもいいんです。そういう気持ちでもあります。
…だけど…自分でも自分ことが分からない時があるから。
大丈夫だと思ってる。だけど実際にまたあの部屋で
過ごすようになったら…もしかしたら思い出すかも知れない。」

「…ん。」


私にとってもあの部屋は思い出深い部屋だ。
あの部屋で、マティアス様に初めてを捧げた。
まだ一年も経ってないけれど、ヴァレリア様と。カイル様と。リュカ様と過ごした、楽しくて幸せな思い出が沢山ある。
オーナーと、娼館の皆との思い出も。
どれも大切な思い出ばかりだ。
だけど、“多分”大丈夫だと今はそう思っていても、ふとした時にあの最低最悪な日の事を思い出すかも知れない。
その可能性は捨てきれなかった。


「…俺、忘れない。…あの部屋で、サイカと過ごした日のこと、全部。
あの部屋で、初めて…サイカに会った。
俺の初めても、全部、あの部屋。」

「…私も忘れませんよ。あの部屋でカイルと過ごした日々を。カイルとの出会いも、カイルとの…初めての夜も。」

「…サイカ……俺、…俺、寂しい。あの部屋が無くなるの。納得しても、やっぱり…寂しい。悔しい…。
……でも、思い出より、サイカが大事…。
今までの事と、これからの事。…選ぶなら、未来、だから。
…目に、心に、焼き付けておいた。それで、思い出全部を、持ってく。」

「…はい。」


サイカの分も、ありがとうって伝えておいたから。
そうカイル様は言ってくれた。
私の代わりに私の分も、あの部屋にお礼を言ってくれたのだ。
私たちは寂しさを埋めるように抱き締め合った。
カイル様にとっても私にとっても嬉しい事、楽しい事、幸せだった事ばかりだったあの部屋を思いながら。


「サイカは……新しい娼館が出来たら…戻るって、考えてる…?」

「ええ、そう考えています。今回の事でお金を沢山使っただろうし…オーナーにも皆にも恩を返したい。あの場所は私の家だから。」

「…?…娼館、無くなるのに?

「んんと、“家”じゃないんですよ。勿論あの部屋にも、あのお店自体にも沢山の思い出があります。
無くなるって聞いて寂しい。辛い気持ちもある。
それは当然の事です。」

「……。」

「“家”自体はただの…そうですね…箱みたいなものかな…。その箱の中に、オーナーや娼館の皆がいる。
皆のいる場所が私の“家”になります。
この国に来てからの家はあの人たちの側でした。」

「…ん、分かった。サイカの言ってる事。」

「いつか、家から巣立つ時は来るかも知れない。
だけどそれは今じゃないんです。
私は…本当の両親に親孝行が出来なかった親不孝者でした…。」

親より先に死ぬ事は、何より親不幸だ。
見送る立場が、見送られた。
両親もまさか自分の子を見送ることになろうとは夢にも思わなかっただろう。
自分たちの子を、自分たちより先の未来を生きるはずだった私を、きっと見送らせてしまった。


「もうそんな後悔はしたくない。
だから私は出きる限りの孝行をオーナーやお姉様たち、私をいつも助けてくれた皆にしておきたい。
だからまだ、巣立つわけにはいかないんです。」

「…サイカの気持ち、すごく…よく分かった。
…俺は、サイカの気持ち…尊重する。
でも、約束して。
辛い時は、辛いって、言って。」


すがるような目で、だけど強い眼差しで私を見るカイル様。
私の手をぎゅっと両手で包み込み、そのまま自分の額に付ける。

「サイカからの手紙、全部、“元気です”とか、“大丈夫です”としか書かれてない。
…俺、頼りない?…辛いことも、悲しいことも、それが過去だったとしても……言って。何でもいい。
俺を、見くびらないで。」

「…カイル…」

「心配かけないように、気を使わせないように、…そういうサイカの気持ち、手紙から…伝わってた…。
…俺、サイカが好きだから、本当に大好きだから。
…だから、サイカが辛かったら、悲しんでいたら、力、なりたい。
大丈夫じゃないのに、大丈夫って、…それが、俺は辛い。」

「……うん…ごめんなさい、カイル…。」

「…本当は、大丈夫じゃ…なかった?」

「…うん。…夢は…見てた。気にしないようにって思っても、全く思い出さないわけじゃなかった。
大丈夫だけど…辛かった…。」

「…言って。そういうの、言って。
サイカの中で、終わりにしようとしないで…。
…俺を、…サイカの心の中に入れて……好きなんだ…大好きなんだ。サイカが傷付くと、俺も傷付くよ。サイカ悲しいと、俺も、悲しいよ。
サイカが笑うと、俺は、嬉しいよ。」

「…ありがとう、カイル。
……駄目ですね…。…多分、性格もあるの。」


大人になれば自分で自分の責任を取る。
それはきっとどの世界のどの国でも当たり前のことだ。
子供の頃は何かあるとすぐ両親に泣きついて困らせた。
だけど大人になると誰かに甘えるという行為が難しくなる。
社会人になってからは特にそうだ。
ミスをすれば挽回する為に頑張った。
そうしなくてはいけないと、まるで自己暗示のように。
会社の人たちに、会社に迷惑をかけないよに、自分で問題を解決してきた。
無理な場合は勿論上司や周りに今協力してもらわないといけない。
だけど、出来る事は自分で解決する。
悩みもそうだ。
それまで両親や友人たちに話してきた悩みも、働いて数年が経てば仕事のように自分で解決しするようになった。
いや、解決したというよりは飲み込ませた。
時間が経ち薄れるのを待った。苛立ちや不安、悲しみが消化されるのを待っていたのだ。


「そうしなきゃ駄目だって思ってた。
自分の事は自分で解決させなきゃって。
甘えちゃ駄目なんだって。私が勝手に決めてたのね…。」

「…じゃあ、これからは沢山甘えて。我が儘も、辛い事も…言って。」

「いいの?」

「ん。…嬉しいから。」

「……じゃあ、抱き締めて。抱き締められていると、安心するから…。
大丈夫なんだって、甘えていいんだって安心するから…。」

「…いいよ。…喜んで。」


大きな、筋肉質の体に優しく包み込まれる。
カイル様の汗の匂い、それから体温。
ゆったりとした穏やかな時間が、カイル様には流れていて、癒される。


「…他には、ない?
…抱き締める…だけ?……俺からの…キスは…いらない?」

「…ぷっ…。…じゃあ…お願いしようかな…。」

「…ん。お願いされた。」


それはそれは美しい、カイル様の金色の目が潤んでいる。
熱の隠った、でも慈しむような目だった。


「……サイカとのキス…大好き…。」

「…ん……」

「ん…ちゅ……ちゅ。……辛くない…?」

「…ふ、……ん、……全然…。
…カイルのキス……優しくて、…すごく安心します…」

「…じゃあ、もっと、する……いっぱい…、いっぱい、する…」

「あむ……ん、…はぁ、」


何度も何度も角度を変え、啄むように繰り返されるキス。
はむ、と下唇を食まれ、舌でなぞられる。


「…ふふ、…擽ったい…」

「……深くして、…いい?…平気…?」

「…いいよ…」


ぬるりと入ってくる舌にぞくぞくと堪らない気持ちになる。
襲われかけてまだそう日は経っていないのに、やっぱり全然違うと実感する。
マティアス様とのキスもそうだった。
カイル様とのキスもそう。嫌悪も気持ち悪さもない。
抱き締められても。手を、肩を、顔を、髪を触れられても、全く不快感はなかった。

「は……はぁ、…ん、…んむ、…くちゅ、」

「…ん、…サイカ、……もっと、口…あけて…」

「…んむ、……ふぁ、……んん、」

「ん、……はぁ、……俺、またすぐ、会いに来る…。
サイカが、好き、大好きだって。諦めるつもり、ないって、それが、誰が相手でも…。…そんな、生半可な気持ちで、…好きになったわけじゃない、…本気で、好きだって、…ちゃんと、クライス侯に…伝えたから…。」

「……あっ、…ふ、ぅ…」


私もカイル様もお互いの頭を掻き抱くようにして激しい、だけどゆっくりとしたキスを続け…惜しむように上気した頬で見つめ合って、最後に一つ、啄む口付けをして唇を離した。






「…何もなかったな?嫌な事も一切されてはいないな?」

「は、はい。大丈夫、です。」

「………なら、まあいいだろう。
…全く、カイル殿は自由な男だったな…。」

「…確かに…そういう所はありますね…。」

「いや、そういう所しかなかったぞ。俺の前では。
…サイカの何処が好きか、どれだけ好きか、どういう所が魅力的でこういう所が可愛いだとか。可愛くて仕方がないとか、可愛いから心配だとか。
好きと可愛いの単語しか言っていなかった気もしてきた…。」

「…は…はは…」

「…カイル殿は今度、御前試合に参加するそうだな。」

「はい。このお屋敷で、応援してますって伝えました。」

「…行ってみるか?」

「え?」

「御前試合。直接見に行ってみるか?」

「…いいんですか…?」

「ああ。俺も興味が出た。興味というより見極めだな。
そのまま、その容姿で人の多い場所を出歩くのは危険だが…。
実は昨日マティアスから聞いてな。…変装して花街を歩いた事があるのだろう?」

「あ!!」

「…変装とは俺も思い付かなかった。…だが、いい考えだ。…行くか?」

「はい!行きたいです!」

「なら…色々準備をさせよう。
カイル殿が言葉通りの男か、確かめたい。」

「言葉通り…?」

「此方の話だ。…楽しみだな、サイカ。」

「はい!」


そんなこんなでカイル様の戦う姿を直接見て応援出来るようになった私。
この御前試合で、カイル様のとんでもない一面を見ることになる。


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