平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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44 サイカと四人の男たち&お義父様

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「…あの、ディーノ様を放っておいていいのですか?」

「構わない。別に子供ではないのだから。大体、声を掛けても反応しないディーノが悪い。そうだろう?」

「…ええと、…まぁ、そうですね…。」


花畑の中を、マティアス様と手を繋いで歩く。
金の髪が太陽の光で更に煌めいて、澄んだ青い瞳まで貰ったサファイアの様にきらきらしている。
目尻を赤く染め、まるで慈しむような優しい視線は逸らされることもなく、ずっと私に向けられていた。


「…マ、マティアス、前見てなくていいの?」

「大丈夫だ。昔からよく来ていた場所だからな。
子供の頃から好きな場所なんだ、ここは。
…ディーノに先を越された。本当は、俺が連れてくる筈だったのだが。」

「…でも、こうしてマティアスと一緒に散歩しています。」

「ああ。……不思議な感じだな。まだ日が高い時間に、こうしてサイカと手を繋ぎ花の中を歩いている。
日の下でサイカと、歩いている。」

「いつもは夕暮れから、でしたしね。それに…部屋の中だった。」

「そうだな。だが、その時間も好きだ。夜になって、朝が来るまで愛し合える。日の下だと健全な事しか出来ん。…だが、こういうのもいいものだ。サイカとなら何をしても楽しい。」

「…愛し合えなくて残念?」

「ああ、勿論残念だ。だが……」

「んっ!」

「…愛し合うのは、体だけのことではないだろう…?」

突然、私に触れるだけのキスをしたマティアス様は悪戯が成功した子供のように無邪気に笑う。


「こうして手を繋いで歩いているのも。触れるだけのキスも。
言葉もそうだ。…そこに思いがあれば、それだけで愛し合う行為と言える。」

「…そ、そうですね。」


かあ、と顔に熱が集まる。
ふわふわして、地に足がついていないような気持ちだ。


「ディーノの領地は自然に囲まれているんだ。ここだけじゃなく、沢山美しい場所がある。
海、川、山、湖、丘。どこも時間を忘れる程の美しさだ。」

「ここも、凄く綺麗ですもんね。こんな大きくて見事な花畑、生まれて初めて見ました。」

「ならば、連れて行こう。子供の頃、とても感動した景色がある。
大人になっても、あの感動が忘れられない。
サイカに見てほしい。そして、同じ気持ちを共有できたら…きっと幸せな気持ちになるだろう。」

「はい。連れて行って下さいね。約束ですよ?」

「勿論だ。……ああ、丁度いいな。」

「?」

「今日持ってきた花束はサイカに渡す前に、使用人へ渡してしまった。今頃はサイカの部屋に飾られているはずだが……」


マティアス様は屈んで、足元に咲いていた花を一本、短くぷつりと千切る。


「可哀想ではあるが…この花に、俺の気持ちを伝える手伝いをして貰おうか。」

「?」

「花束を直接サイカへ渡せなかった。許してくれ。
もし許してくれるなら。…屋敷に帰るまで、この美しく憐れな花を身に付けていて欲しい。」

「…そんな事で怒りませんよ。…許すも許さないもないです。
だけどマティアスが気にしているなら…私は勿論許します。」

許すと伝えるとマティアス様は千切った一本の花を私の耳の上へ、簪のように髪へ挿した。

「…美しいな。沢山の内の一つだったこの花も、サイカの美しい黒髪を引き立てて特別になったと喜んでいよう。
花に囲まれた今日のそなたは…さながら花の女神だな。」

左の頬に手が添えられると、ゆっくりとマティアスの顔が近付いてくる。


「…風に乗って飛んでいかぬよう、捕まえておかねば。」

「…んう……、」

「……は、………まだ、していいか?」

「…はい…」

「…キスも…久しぶりだな。…恐くはないか…?」

「…はい、…大丈夫…マティアスだから…」


あの屑男とマティアス様は違う。同じ男かも知れないけど、でも違う。
マティアス様もヴァレリア様もカイル様もリュカ様も。同じ男だけどあんな男とは全く違うということは頭でも心でも分かっているから。


「…ん……マティアス……まてぃ、あす…」

「……サイカ…」

「…ちゅ…ちゅ。んむ……ふぁ、……好き…まてぃあすとの、きす……だいすき…」

「……キスだけか?」

「…ん、……まてぃあすも、…だいすき」

「…俺もだ。…サイカとのキスも、…サイカも、……愛している。」


優しく気遣うように花畑の中に押し倒され、私はマティアス様のキスを受け入れる。
燦々と輝く太陽の下で、花の香りに包まれながら優しいキスを暫くの間続けていた。


「はは。花弁があちこちについてしまったな。…これでは如何わしい事をしていたと直ぐ気付かれてしまいそうだ…。どうする?この状態で戻ってみるか…?俺は構わないぞ?」

「…だ、駄目駄目!そんな恥ずかしい事出来ません…!」

「冗談だ。…だが、惜しいとも思う。いつか堂々としたいものだ…。」


一枚一枚、髪やドレスについた花弁を取って、そしてディーノ様の元へ戻る。
じとりと私たちを見るディーノ様に何となく疚しい気持ちになった私は目を逸らし、マティアス様は素晴らしいポーカーフェイスを発揮していた。


「はぁ…まあいい。…サイカ、昼食にしよう。…椅子が足らないな。ああ、サイカに用意した椅子はマティアスが座ればいい。
サイカ、膝に来なさい。」

「は、はい!?」

「別にディーノの膝である必要はないだろう。
サイカ、俺の膝でいいな?」

「え、あの、…ええと、」

「来なさい。今のマティアスはけだものの様な目をしている。危険だ。お前が食われてしまう。」

「あ、は、はい。」

用意されたテーブルに二人分の椅子。勿論、マティアス様が来るとは知らなかったので予備の椅子はない。
結果、私がディーノ様かマティアス様の膝の上に座らないといけないそんな羞恥プレイな状況になってしまった。……なら私は地べたで全然いい。

「あの、私は地べたでも…、」

「サイカ。」

「…はいぃ…」

お義父様には逆らえないのでマティアス様には申し訳ないがディーノ様の膝の上に座る事にした。
不機嫌になるマティアス様に対し、にこにこと厳つい顔を緩めるディーノ様。……対極的だ。


『頂きます。』

食べ始めると気になるのは少し離れて立っている使用人たちの存在。
私たちが食べているのを見守っているのは仕事、給仕するだから仕方がないのだろうけど、使用人たちも含め大勢でわいわい食べればもっと楽しいのになと思う。
折角のピクニックなのだ。どうせなら使用人の皆にも楽しんでほしい。


「ディーノ様、マティアス様。…皆で、食べませんか?」

「皆?…使用人たちもか。」

「そうしたら、もっと楽しいと思うんです。
三人での食事も楽しいけれど、皆で料理を囲んで……あ……い、いえ、きっと気を使いますね…。」

「…リリアナ!」

「如何致しましたでしょうか、陛下。」

「そなたら、敷物は持って来ているな?大きさは?」

「はい。後で使用人たちで昼食を摂るつもりでしたので、敷物は大きいものを持ってきておりますが…。」

「では今すぐ敷け。…皆で食べる。」

「…え!?そ、そのようなこと…畏れ多い事です!」

「構わん。なあディーノ。」

「ああ。折角眺めのよい所へ来たんだ。お前たちも一先ず給仕を止めて食べるといい。ゆっくり花々を見ながら食そう。…気を使うだろうが、無礼を働いたなどと思うことはない。」

「か…畏まりました…!」


手際よく大きな敷物を地面にしいて、自分たちの食事をその上に広げていく使用人の皆。
私たちが食べているちょっと豪華な料理と、家庭料理が並ぶ。
料理を囲むように、円になって座り、皆で“頂きます”と挨拶した。

やっぱり皆がちがちに緊張をしていたけれど、それが十分二十分と経つ内に緊張が少しずつ解れたのか談笑が始まる。

「これ、何ていう料理ですか?すごく美味しい!お肉も口の中ですぐ無くなります!」

「まあ!サイカ様に気に入って頂けて嬉しいです!
この料理はサハラートと言うのですよ。私の故郷での、代表的な家庭料理です!豚の肉に塩を振って一晩寝かせる手間があるのですが、一晩寝かせる事でお肉にしっかり味が付きます。その肉を、玉葱とトマトと一緒にまたじっくり煮込めば…程よい塩味と野菜の甘味、旨味が詰まった、口に入れるとほろほろ崩れるくらいの柔らかいお肉になるのです。」

「家庭料理といっても、手間がかかっているんですね!」

「ええ!私の一番好きな料理ですが、サイカ様が美味しいと言って下さってとても嬉しく思います。」


使用人の皆のご飯も各家庭の料理でとても美味しかった。
家庭料理は食べた事がないと言うマティアス様やディーノ様も一口貰って食べて、とても気に入った様子だった。
昼食を食べ終わったら三人で釣りをして、ディーノ様とマティアス様は何匹も魚を釣っているのに私は待てど待てど釣れない。
“コツがいるんだ”と私の後ろに回ったマティアス様と一緒に竿を持って…漸く一匹が釣れた時は嬉しさの余りマティアス様に抱きついて竿を離してしまい、折角釣った魚には逃げられた。
その日の夕食は二人が釣った魚をシンプルに塩焼きしたもので……凄く、懐かしい味がして幸せだった。あとお米が欲しくなった。


そして夜。


「マティアス。お前は東側の客室だ。」

「サイカの部屋で構わない。」

「いいわけあるか。サイカの部屋で寝るなど、俺が許さん。
大人しく客室で寝ろ。」


私の部屋で寝ると言い張るマティアス様はディーノ様に引っ張られ客室へ。
私は程よい疲れを感じていて、ベッドに入るとすぐ眠りについた。…が。
眠る私の隣で、もぞもぞと動く何かの気配。
だけど眠くて、目を開けようとはしなかった。
抱き締められているような、温かいものに体を包まれ、私は気付く。
何度も嗅いだマティアス様の匂いだ。分からないはずがなかった。


「…ふふ……まてぃあす、」

「ああ。…起こしたてしまったな…」

「…ん……だいじょうぶ…」

「…我慢出来ずに来てしまった。…許してくれるか…?」

「…怒られる…から…」

「朝日が昇る前に戻る。…サイカ……愛している。」

「…ん……あ、…ん…、だめ、」

「…何もしない。……キスだけだ。」

「…あむ………はぁ…っ、」

「…ん…、……はぁ。……今日は、楽しかったな。疲れたろう。…抱き締めているから、眠れ。」

「……ん……おやすみなさい、まてぃあす…」

「お休み、サイカ。」


ディーノ様は大樹のように。
マティアス様はあの燦然と輝く太陽のように。
私を包む体は大きく温かく。それぞれが優しい匂いで安堵する。
ぐっすりと。何の夢も見ず眠った私は翌日、おはようのキスで起こされる。
既に身支度の整ったマティアス様はこれから帝都に戻らなければならないとのことで、出発する前に私の顔を見に来たはいいものの…


「…寝顔を見ているといってらっしゃいと言ってほしくなってな。
俺の我が儘でサイカを起こしてしまった。」

「…ふふ、…大丈夫……マティアス、…いってらっしゃい。気を付けてね…それから、お仕事…頑張って。」

「ああ。きっといつも以上に捗ることだろう。
…いってくる。また次に会う日まで、俺を片時も忘れず…待っていてろ。
……愛している、サイカ。」

「…んん……」


部屋を出ていくマティアス様を見送り、二度寝の余韻に浸った。
昨日は楽しく、幸せな一日だった。今日も素敵な一日になるだろう。
そんな予感は当たった。



「サイカ。サイカにお客様だぞ。」

「…お客様?」

「ああ。一緒に客間へ行こう。」


ディーノ様と一緒に客間へ行くと、ドアが開くと同時に見えたのは真っ赤な髪の毛。


「カイル!」


私と目が合うと勢いよく立ち上がり目の前まで来たカイル様は金色の目をふにゃりと緩め、表情を安堵と喜びが混じったものへと変えた。


「サイカ…元気そう。……よかった。…それから、…会えて、嬉しい。
…やっと、会えた…。」


私を恐る恐る、不安そうに…まるで壊さないように優しく抱き締めるカイル様。
普段の様に抱き締めても大丈夫か伺って、気遣っているそんな様子が伝わってくる。
私はもう大丈夫だという気持が伝わるように、強くカイル様を抱き締め返した。


「心配かけてごめんなさい、それからありがとうございます…。
私も、カイルに会えて嬉しいです…!」

「…ん、……少し強く…抱き締めて、いい?…平気?」

「大丈夫です。それで傷付いたり、壊れたりしませんから。」

「……でも、…不安。」

「大丈夫。平気です。全然問題ないです。…だから安心して?」


そう伝えるとぎゅうぅ、と抱き締める力が強くなった。
ほっと、安堵するような溜め息が聞こえ、こんなに心配をかけてしまっていたんだなと思うと申し訳なくもなり、だけど嬉しい気持ちが大きかった。
体感的にはそう時間が経った感じはしなかったけど、ごほん!と咳払いが聞こえ…私とカイル様の間に大きな手が割り込む。


「もういいだろう。十分、サイカの無事は確認出来たはずだ。」

「……まだ、足りない。」

「いいや十分だ。これ以上は許さん。」

「…む。何で、侯爵の許し、必要?」

「当然だ。この屋敷では俺がサイカの保護者でもある。」

「…サイカ、駄目?」

「サイカ。此方に来なさい。」

「……。」


今日も本当に素敵な一日になりそうだなー…と遠い目をしながら思った。
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