134 / 194
133 正ヒーロー回避作戦
しおりを挟む──数十秒後。
メントライン家の馬車の中には、消沈した様子のフリードの姿が見られた。
妹に威圧され、事情もわからぬまま馬車に戻された彼の顔色は暗い。
その代わりに外に出てきたグステルは、若干うらめしげな兄をヴィムに託して人々の前に立つ。
鼻血は、なんとかとまっていた。
グステルは、顔についた血を拭いながら、チラリと馬車のほうを振り返る。
兄の怒りが自分を思ってのことなのだと思うと、閉じ込めるのはいささか可哀想な気もする。
だが、メントライン家の者としては、王都に到着直後に嫡男がこんなところで暴れるのは実にまずい。
ここは頭を冷やしてもらうためにも、余計なことを口走らせないためにも。ぜひ一度、兄には引っ込んでもらわねばならなかった。
そうして無事(?)兄を馬車に封じ込めたグステルは、周囲を見渡した。
城壁門前には、もともと足止めされていた人々が大勢いたが、この騒ぎのせいで野次馬までもが集まる始末。
人々に遠巻きに恐々と見つめられたグステルは、やってしまったと痛恨。
こんな騒ぎを起こしてしまったからには、確実にこのチクチクした視線の中には王太子の視線も含まれているに違いない。
そう考えるだけでスッと血の気が引くようだった。
(……どうやって……切り抜けたものか……)
グステルは、若干途方に暮れた。
理由はあれど、こうして運命のヒーローのそばで騒動を起こしてしまったのは大失態。
だが、彼女としても、まさかこんなところで王太子に出くわすとは思っても見なかったのである。
(……さすが物語の正ヒーロー様……こういう“運命的な”出来事を引き寄せる力は正ヒロインのラーラ並み、というわけね……)
この展開には、グステルは天の意を感じずにはいられない。
無理矢理にでも、正ヒーローと悪役令嬢を引き合わせようとする力には恐怖しかない。
しかし恐れてばかりではいられなかった。
ここは自分の落ち度として、グステルは自力でこの場を切り抜けなければならない。
これ以上の大事にはせず、フリードらと共に、一刻も早くこの場を離れるのだ。
「……」
ひとまずグステルは、細く息を吸って吐く。
恐怖の抜け切らぬ手足はまだひんやりと冷たいが、自分が守るべき存在──幼な子(?)のようなフリードとヴィムのことを考えると、まだ大丈夫だと思えた。グステルはなんとか恐れを隠し、周りに──揉み手で微笑んだ。
「お、お騒がせして大変申し訳ありません、な、何やら誤解があったようですね!」
……今更愛想笑いを浮かべたとて、周りは奇妙なものを見る目をするばかりだが……そこはさすが年の功。厚かましさには自信があった。
グステルは、痛いほど刺さる周囲の視線に素知らぬふりを決め込んで、恥を捨て、民衆たちにペコペコと頭を下げていく。
「当家の若様は少々心配性でして……妹のような存在であるわたくしめが、この有様で兵士様方に取り囲まれているのを見て、ひどく動揺なさったようです。え? いえいえ、本当の妹などではございません。あら? 顔が似ていますか? そ、そうですねぇ……遠縁の遠縁……くらいではあるかもしれませんね! わたくしはただの使用人でございます。本当に、本当に申し訳ございませんでした!」
いつものように若干おばさん口調で人々に捲し立て、兵士たちに向かっても慇懃に大きく頭を下げた。と、兵士たちは険しい顔を見合わせる。
「い、や、それですませられると思っているのか⁉︎ あそこにおられるのは王太子殿下なのだぞ⁉︎」
「殿下の御前で兵士に狼藉を働いて、“心配性”ですむか!」
兵士たちが真っ赤な顔でグステルを怒鳴りつけると、娘の背後でガタッと馬車が揺れた。途端、目の前で王国兵たちがギョッと一歩後退ったのを見るに……どうやら馬車の中の御仁が怒って、彼らをガラス越しにでも威圧しているらしい。
それを察したグステルは、咄嗟に後ろ手に馬車の車体をゴスッと殴りつけた。
「おほほほほ……若様は大人しくお待ちくださいねぇ~……」
彼女が空々しく笑いながら拳を叩きつけると、馬車はすんっと静かになって。直前に、車窓の中に鬼のような形相のフリードを目撃した王国兵たちは、グステルにいっそう気味の悪げな顔をした……。
そんな彼らに向かって、グステルは構わず頭を下げる。
「もとはといえば、わたくしが己の鼻血に驚いて騒いだのが原因です。若様はこんな臆病なわたくしを心配してくださっただけのこと。若様は王太子殿下がこちらにいらしていることなどご存知なかったのです」
「知らなかったですまされる話では──」
と、王国兵が厳しく片眉を上げた瞬間、グステルは唐突にうっと両手で顔面を覆った。
そのまま王国兵たちの前に倒れるように身を投げ出すと、当然いきなり地面に膝を打ちつけるようにして自分たちに跪いた娘には、兵士らはギョッとして。──と、娘は間髪入れず、悲壮な顔を上げて潤んだ瞳で彼らを見上げるのだ。
「兵士様! だって……っ、わたくしめ……今まで鼻血など出したことがなかったんですもの!」
「は……はぁ……?」
……いや、まる切りの嘘だが……。
グステルは、表情を“強引なおばちゃんモード”から、“か弱い乙女モード”に華麗に切り替えた。
「だって……信じられます? 乙女の鼻から血が出るんですよ⁉︎ 鼻から! 血が! です!」
「お……おおぅ……?」
……どうやら再び、グステル劇場の始まりである。
89
あなたにおすすめの小説
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
死にキャラに転生したけど、仲間たちに全力で守られて溺愛されています。
藤原遊
恋愛
「死ぬはずだった運命なんて、冒険者たちが全力で覆してくれる!」
街を守るために「死ぬ役目」を覚悟した私。
だけど、未来をやり直す彼らに溺愛されて、手放してくれません――!?
街を守り「死ぬ役目」に転生したスフィア。
彼女が覚悟を決めたその時――冒険者たちが全力で守り抜くと誓った!
未来を変えるため、スフィアを何度でも守る彼らの執着は止まらない!?
「君が笑っているだけでいい。それが、俺たちのすべてだ。」
運命に抗う冒険者たちが織り成す、異世界溺愛ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる