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103 元“メイドはほぼコスプレしかいなかった国”人
しおりを挟む使者のアルマン。
メイドの話によれば、あの男は公爵邸の執事。
グステルの母がこの邸を出て行った時、叔母のグリゼルダが公爵邸に連れて入った男らしい。
もとは地方にあった叔母の家の家人で、叔母との付き合いは長いとのこと。
……というか。
長いどころか二人は男女の仲で、叔母はよほどあの男に惚れ込んでいるのか、あの男の言うことならばなんでも聞くらしい。
「なるほどですよ……まあ、叔母は独身ですから好きにしたらいいとは思うのですが……」
しかし実家で我が物顔に振る舞い、使用人たちを困らせているというのはいただけない。
つまり公爵邸を取り仕切る女主人を思い通りに動かしているという思い上がりが、あの男アルマンを傲慢にしているのだ。
話を聞かせてくれたメイドも、あの男にはかなり思うところがあるようで、彼女は憤慨しながら並べ立てた。
横暴、傲慢、そして意地が悪い。おまけに贔屓もひどい、と。
グステルと共に話を聞いていたエドガーはキッパリと断じる。
「家を取り仕切る人間としては、最悪の人材ですね」
エドガーの評価に、グステルもまったく同意であった。
おまけにだ、そのアルマンが誰かを──特に女性使用人を気に入ると、今度は叔母の嫉妬が激しくなるそう。
その者はアルマンのセクハラに耐える必要がある上に、叔母にもつらく当たられる。
そして、結果退職に追い込まれてしまうという……聞くだけで、げっそりする職場環境。
現在公爵邸の使用人たちは、この二人に振り回されてとても大変らしい。
この件には、エドガーが戸惑いを見せる。
「……グリゼルダ殿の話は意外でした。彼女は領都ではかなり評判がいい。私の知人もとても褒めていて……まさかそのような人物であったとは……」
だが、エドガーも、新人メイドの心得として二人にこの話を聞かせてくれたメイドの様子から考えても、彼女の忿懣が本物であるということは分かった。
メイドは新人と信じる二人に、『まずはあの二人から離れた場所で仕事に慣れなさいね!』と大いに心配してくれて。彼女を利用して話を聞きだしたグステルとしては、なんだか申し訳ないやら気の毒やらである。
実家の中を久しぶりに見て、裏方部分がずいぶん荒れているなとは思ったが……そんな痴情を持ち込む者たちが、公爵邸の家政を正常に保てていないのは当然といえば当然のことだった。
グステルは、実家の内情に思わずため息。
(……男女の情って……厄介ねぇ……)
これはいよいよ実家を放っておけなくなってきた。
と、そんな苦悩する彼女のそばで、エドガーが「それにしても」と彼女を見つめる。
しみじみと、深く感じ入ったという表情に、グステルが怪訝。この男がずっと自分を警戒の眼差しで見ていることをグステルももちろん承知している。
「ん? なんですか?」
「いえ……事前に公爵邸の退職者のことまで調べておいでだったのだなと思いまして」
驚きましたと言う青年に、グステルは「ああ……“ソフィアさん”のことですか?」と頷き、その経緯を説明。
「使者としてやってきた時、アルマンの態度があまりに横柄だったもので、おかしいと思って調べたんです。使者であるはずが、状況に変化があったにもかかわらず、主人を通さず、勝手に侯爵家名代の我々を退けたその男が一体何者か。退職者なら、その内情を話してくれるかと思って探しました。……まあ、ただその方はすでに領都を出ておられたので、実際には話が聞けなかったのですが。お名前がここで役に立ちましたね」
振り返って微笑むグステルに、エドガーはなるほどと感心。
ただと、彼は自分の家の執事のことを頭に思い浮かべながら続ける。
「執事とはかなり責任のある仕事です。普通はその家に長年勤め上げたものが請け負う仕事で、主人とも相当な信頼関係がなければ務まりません。例えば、グリゼルダ殿がその者を重用したくて公に頼み込んだとしても……公爵との関係が築かれていない者に執事が務まるのでしょうか……? 務まっているとすれば、アルマンはかなり有能です。……ああ、いえ、これは今回のあなたの目的とは関係のない話かもしれませんが……」
今回グステルが公爵邸に忍び込んだのは、父と対峙し、偽物の令嬢を立てたことを糾弾し、少なくともラーラの邪魔をすることをやめさせることにある。
その父が、今どんな執事を使っていようがどうでもいい話だろうが、と、エドガー。
しかし彼の言葉を聞いたグステルは、足を止め、言葉をつぐんだ。
その沈黙に、エドガーが不思議そうな顔をする。グステルは、どこか遠くを見ているような表情だった。
「……ステラさん?」
「いえ……要するに……あの男はグリゼルダ叔母のそばにいて、叔母からの恩恵を享受しているに過ぎないんでしょう……」
「……ふむ……?」
グステルの言葉に、エドガーは少し釈然としないものを感じた。
だが、グステルは視線を鋭く進む先を真っ直ぐに見ていて、口を真一文字に引き結んでいる。エドガーの言葉に答えながらも、頭の中ではあれこれ考えを巡らせているらしい。
その横顔を、エドガーはしげしげと見つめた。
なんとも不思議で愉快な娘である。
この若さにしてはかなり明哲であるし、状況への順応力も高い……いや、高すぎる気もするが。
「……それにしてもすごい演技力でしたね。新人メイドの役とても見応えがありました」
あの場では呆気に取られたが、思い出すとなんともおかしくて。つい笑いを含んでそう言うと、その言葉に、再び前進しようとしていたグステルの足がギシ……ッと止まる。
そして彼女はエドガーを振り返った。
その表情は、苦虫を噛み潰したようであり、頬はかすかに赤かった。
「……、……、エドガー様……やったからといって、私別にアレ、やりたかったわけじゃないんですよ……?」
正直グステルだって、若い子のフリでメイドに媚びるのは恥ずかしかったのである……。
しかも、メイドというものが、すでにほぼコスプレとしてしか存在していなかった場所から転生してきた身としては、『この歳でメイドコスか……』なんてことをうっすら思いもした。
思い切りのいい性格ゆえ、迷わず着る選択をしたが、こうして他者に指摘され我に返らされると……正直色々痛い。
「(っう……羞恥心が苛まれる……っ!)ア、アレは必要に駆られてですね……あの……お願いですから……私がメイドさんとキャッキャウフフしていたことは、ヘルムート様にだけは言わないでください……」
お願いですから……と、グステル、エドガーを拝んで懇願。
「おや……なんだかその言い方だと余計誤解が生まれそうな気がしますけど……」
拝まれたエドガーは思わず噴き出す。
げっそりしたグステルの表情は、先程までの悠然とした様とはあまりにも違っていて。
どうやら彼女にとっても、ヘルムートはとても特別らしい。
(……まあ、だからといって、彼女があの兄妹の害にならぬとは言い切れぬからな)
警戒と監視はすべきだが……と、エドガー。ニッコリ微笑んでグステルに言う。
「分かりました。あなたの武勇伝は今は心にしまっておきます。……まあ、多分ヘルムートが戻ったら締め上げられる勢いで白状させられると思いますが」(生着替えの件も含めて)
「え……ちょ……」
「ふふふ、いやぁ、面白いものを見せてもらえたなぁ~」
エドガーは非常に愉快であった。気分は政敵の弱みを握った気持ち。ウキウキした男の足取りは軽く──もちろん、そんな男の後ろ姿を、グステルは唖然と、ものすごい顔で見ているが……。
「す、すごい嫌な予感がするっ⁉︎ っすっごい嫌な予感が……⁉︎」
「ははははは、さあ行きましょうかステラさん」
二人の珍道中は続く。
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