高坂くんは不幸だらけ

甘露煮ざらめ

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『おいっバカっ! そっちの獲物は俺のだろっ!』
『っ、これ美味しっ。なんてお菓子?』
『いくぞー。まずはウォーミングアップで、ツーシームだ!』

 教室に入ると、今日も賑やかなクラスメイトたちがいる。
 入口近くで携帯ゲーム機の多人数プレイに勤しんでいる男子集団。机をくっつけて駄弁りながらチョコレート菓子をつまんでいる女子集団。教室の後ろでキャッチボールをしている男子二人。

((うん、学校とは思えない有様だな。特に最後の2人は外でやれよバカ))

 俺は心でそんなことを思いながら扉を閉め、窓際の前から四番目の席に座る。
 実はこのポジション、夏はカーテンが届かなくて直射日光が暑いし、冬は窓から隙間風が入って寒い。本日も不幸全開だ。

「順平、おはよっ!」
「おお。おはよう」

 鞄から筆箱を取り出していると、女子が小走りで近づいてきた。

「相変わらずのギリギリだねぇ」

 そう言ってニッカリ笑うのは、二木遥(ふたきはるか)。明朗快活の性格を表すようなショートヘアと真っ直ぐな瞳が特徴の、幼馴染だ。
 遥とは親同士が知り合いで、物心付いた時からの付き合い。家も隣同士だったんだけど、丁度俺が一人暮らしを始めると同時に、二木家は家を購入。時々晩御飯を頂くという計画は脆くも崩れ去っているのだ……。

「こ、高坂君。おはよう」
「おっす」

 遅れてやって来たのは、オドオドと挨拶するかなり弱気な男子。
 140センチ台後半の小柄な体に肩までゆったりと伸ばした髪、中性的――かなり女子寄りの顔。コイツは俺の親友、小神悠人(こがみゆうと)だ。
 中学一年生の時に、クラスのリーダーでかなり性格がお歪みになられた――ぶっちゃけると、もうどうしようもないレベルで性格の悪い女子が悠人の顔に嫉妬して、いじめられていた所を俺が助けたことから知り合った。
 それから悠人と仲良くなって親しくなり、現在は懐かれている状態にまでなった。中学では学校で一番勉強が出来てたのに、馬鹿な俺と一緒の高校を選ぶくらいにね。

((やっぱり、落ち着くなぁ))

 学校ではほとんどこの二人と一緒にいるし、休みも月四、五で遊びに行く。このメンバーとのあれこれは中学校からの日課で、今やなくてはならないものなのだ。

「……ふう」

 居心地の良さを全身で感じ、必然的に体の力がすっと抜ける。
 今日は短時間の間に、色々あったからなぁ。心身が休みたがってるんだね。

「こらこら、順平。朝から脱力しすぎだぞ?」

 早速、遥から注意を受けてしまった。
 遥は現状を、知らないもんね。しょうがない。

「でも、高坂君、なんだか顔が疲れてるよ? 何かあったの?」
「んっ? ああ、大丈夫大丈夫。悠人の気のせいだって」

 本当は疲れてるんだけど、心配かけたくないから黙っておく。それに――。不運で三日後死ぬ予定なんて、誰も信じないよね。

「あ、そう言えばさ。順平、悠人っちは、昨日のテレビ観た?」
「テレビって、アンタさぁ。番組名を教えてくれないと答えようがないでしょうが」
「おっとうっかりうっかり。あたしの記憶を辿るとね………………あ」

 突然、遥の視線が俺の背後で止まった。なんだ、悪霊でも見えたってか?

「んー? どうした――おべっ!?」

 ゴツン。後頭部に衝撃が走った。

「な、何事!?  な、なんなんだ今のは!?」
「順平。これこれ」

 遥が、俺の椅子の下を指す。なのでそこを見やると、軟式の野球ボールが転がっている。
 ははぁ。そういや、後ろでキャッチボールしてる二バカが居やがったっけか。

「遥。さっきの『あ』は、これのことか」
「そうそう。後頭部直撃コースだったから、面白そうだし黙ってた」
「て、てめぇ……!」

 なんつー恐ろしい幼馴染だ。
 俺、コイツとは絶対に登山はしない。遭難したら平気で見捨てて自分だけケロッと下山しそうだから。

「こ、高坂君ごめんね。ボク、気付かなかったから……」
「ううん。悠人が謝ることないって」

 相変わらず、悠人は優しい。遥には、悠人の爪の垢を煎じて百杯くらい飲ませてやりたいものだ。

「その通りだよ、悠人っち。避けきれなかった順平が悪いんだから」
「お前、じゃああれか? お前は俺に気配だけで回避しろと言うのか?」
「もち!」

 そんなやり取りをしている間に、馬鹿二人がボールを取りに来て、「悪ぃ」と謝罪をする。まあ故意ではないから、目くじら立てるほどのことじゃないよな――

『体もほぐれてきたし、次は硬球でやろーぜー』

 背後から聞こえてきた声の主を殴ってもいいかな?
 もうやめる、が常識なのに、なぜ危険度を上げてるんだ。

「……さてはアイツ、バカすぎて危険さを理解できてないな? 一度、至近距離でボールをぶつけてやらないといけないか……?」
「おーしっ。朝のHR始めるぞー!」

 本気で制裁を加えるべきか逡巡していると、担任兼数学の木崎先生が朝から気合十分で入ってきた。
 この人、四十代半ばになるのにノリで決めちゃう困ったさん。予鈴が鳴ってないのにHR始めるのも、絶対その場の気分で決めている。

「あらら、そんな時間が。じゃまたねー」
「ま、また後でね」

 二人は廊下側の自分たちの席――遥が一番前、悠人がその後ろ――に戻る。俺だけ席が離れているのも、不幸が原因かねぇ。
 ……もう困ったら、なんでも不幸のせいにしてやる。


 かっと
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