メデューサの旅 (激闘編)

きーぼー

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夢見る蛇の都

その33

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 「人間は決して変わらないー。その本質は永久に愚かで自己中心的なままだろう。だから人間の住む社会の方を変えなければー」

瀕死のシュナン少年が石畳で舗装された広いスペースの上に横たわりながら傍に座るラーナ・メデューサに向かってか細い声で懸命に語りかけるその言葉が奇妙な沈黙に包まれたラピータ宮殿の周辺に静かに響きます。 
 
「周りの環境や社会が変わればそこに住む人間もまた変わっていくはずだ。人間の本質が変わるんじゃない。周りの環境や社会が変わる事によってそれとの関係性が変わるんだ。まるで写し鏡のように。だからメデューサ、僕はこう思う。人間はもしそれが可能な社会でさえあれば愚かでも自分勝手でもない別の生き方だってきっと選べるはずだとー。そしてみんなが協調して力を合わせれば天国のような素晴らしい理想の国だってこの地上にきっと作る事が出来るはずなんだ。そう、正しく生きれば幸福になれるそんな社会でならきっとー。何故なら人間の生き方は結局は自己の幸福を実現するために他者を含めた周りの環境や社会とどういう関係性を結ぶかによって決まるのだから」

シュナン少年はそこまで言うとその身体をつるっとした表面の舗装された石造りの床に横たえたまま石畳に載せた頭を少し宙に浮かせます。
そして浮かせた頭をひねるとその顔を少し離れた場所で身体を魔神兵の放ったエネルギー光輪に拘束されて寝転がるレダとボボンゴの方に向けます。
するとレダとボボンゴの二人は身体を拘束されて床上に寝転びながらも懸命に首をこちらの方に向けており心配そうな表情をそれぞれの顔に浮かべながらシュナン少年の様子を確認しようとしていました。
シュナン少年はそんな友たちの方を見やり空中で二人と目が合うと苦しい息の中にっこりと彼らに微笑みます。
そしてその視線を再び自分の傍で石床の上に座るラーナ・メデューサの方にくるりと戻すと静かな口調で言いました。
メデューサも泣き叫ぶのをやめて「黄金の種子」の麻袋をギュッと胸元に抱きしめながらシュナン少年の傍で石床の上にちょこんと座り眼下に横たわる彼の言葉に耳をかたむけています。

「メデューサ、君と僕はレダやボボンゴそして今はここにはいないが吟遊詩人のデイスと一緒に長い間旅をして来たね。そして様々な経験をすると共に各地で色々な人々と出会い彼らの生きる喜びと苦しみを知った。メデューサ、僕は決して忘れないよ。あの人達の笑った顔、怒った顔、泣いた顔ー。幸福を求めて懸命に生き抜こうとしているみんなの尊い姿をー」

石造りの床上に仰向けになりながらもシュナン少年は傍に座るメデューサの蛇に覆われた顔を真剣な表情で見上げ必死に声を振り絞って何とか自分の気持ちを彼女に伝えようとしていました。
そんなシュナン少年の傍に座るラーナ・メデューサは彼の発する言葉の真意を一語一句聞き漏らすまいとその耳をそばだてています。

「僕はね、メデューサ。君や他の仲間たちと一緒に旅をして大勢の人たちと知り合って思ったんだ。もしみんなが協調して力を合わせる事が出来れば全ての人間が幸福になれる理想的な社会だってきっと作れるはずだとー。たとえ人間が本質的には自己保存と個人の幸福を行動原理とする生き物でありそのせいで多くの場合に愚かで自分勝手に見えるとしてもー。わずかなチャンスがあればー。そう、互いに争わなくても幸せになれるー。そんな機会さえあればきっとー」

石造りの床の上に仰向けに伏せながら自分に向かって懸命に話し続けるシュナン少年の姿をその傍に座るラーナ・メデューサは蛇の前髪の隙間からじっと見下ろし彼の発する言葉に無言で耳を傾けています。
少年の発するその言葉はメデューサの蛇の髪の隙間からのぞく耳を通して彼女の小さな胸に深く響きます。

「もちろん物事はそんなに簡単には行かないだろう。人間がそんな理想社会に到達するためには長い長い年月と多くの人々の血がにじむような努力が必要だろう。もしかしたら僕が言っている事は師匠やペルセウス王が言うように甘ったるい若僧の夢なのかもしれない。決して実現する事の無いはかない希望なのかもしれない。でもたとえそんな不確かな夢や希望でも決して安易に捨てたりはせずに一歩一歩血を流しながら進み続けるしか我々人類に残された道は無い様に僕は思う」

シュナン少年はそこでまた言葉を切るとメデューサの蛇で覆われた顔を真摯な表情で見つめ直し苦しい息の中、更に言葉を続けます。

「僕たちの旅は終わろうとしているー。だけど第五番目の人類の長い旅はまだ始まったばかりだ。そして彼らの旅路は困難で苦しいものになるだろう。でもね、メデューサ。僕は人間の旅路は美しくあるべきだと思う。僕たちの旅がそうだったようにー」

石畳に頭を乗せたシュナン少年は傍に座るメデューサの方を下からじっと見上げながら床に力無く落ちていた腕を持ち上げ彼女の方に精一杯に伸ばします。
まるで彼女に哀願するかのようにー。
そして途切れがちになりながらも熱のこもった声で彼女に懸命に訴えます。

「だからメデューサ、お願いだ。彼らにー。人間たちに「黄金の種子」を与えてやってくれないか?その辿るべき長き旅路の道中が少しでも豊かで実りあるものになるように。僕たちの後に続く幾千幾万幾億のシュナンとメデューサの為にー。だって、彼らの進む遥かな道の向こうには、僕や君が幸福になれる世界がきっとあるはずだからー」

その瞬間でした。
ぐったりと横たわりながら自分を見上げるシュナン少年の傍で石床の上に座るラーナ・メデューサに不思議な現象が起こります。
シュナン少年に付き添ってラピータ宮殿前に広がる石畳で舗装された床の上に座っていたはずのメデューサの目の前が突然白い光に包まれそれと同時に周囲の景色がかき消え見えなくなりました。
そしてその直後に彼女はどこか見知らぬ村の中のあぜ道の真ん中に一人でぽつんと立っていました。
彼女の周りには見たこともないのどかは村落の景色が広がっています。
どこからか声がしてきたので振り向くと数人の貧しい身なりをした子供達があぜ道の向こうから歓声を上げてこちらに走り寄って来るのが目に入ります。
村の子供たちらしい彼らはメデューサなど眼中に無いかのようにあぜ道の幅いっぱいに広がって走りながらこちらに向かって近づいて来ておりこのままでは道なりに立つメデューサと衝突してしまいます。
メデューサが子供たちとぶつかるのを避けるためあぜ道の端に寄ろうとしたその時でした。

「ーっ!!!」

スーッ

なんとこちらに向かって走り寄って来た子供たちのうち先頭を走っている子供がメデューサにぶつかった瞬間にその子供の身体がメデューサの身体の中にスーッと吸い込まれるように入り込みまるでそこに何も無いかのように彼女の身体を通過して背後に出現したかと思うと件の子供はそのまま道の向こう側へと元気に走り去っていったのです。
他の子供たちもまるでメデューサがそこにいないかのように彼女の身体を通り抜けそのまま道の向こうへと走り去って行きます。 
これは一体どういう事なのでしょう?
メデューサはまるで自分が幽霊になった気がしました。
そして自分が以前にも似たような状態になった覚えがある事に気付きました。

「これは、幽体離脱・・・」

そう、それはつい先日の事でした。
メデューサが「黄金の種子」を手に入れる為にラピータ宮殿内の夢幻宮に入り込んだその際に彼女は肉体を寝所に寝かせたまま魂だけの状態で宮殿内を移動し件の隠された秘密の部屋へとたどり着いたのです。
今の彼女の状態はあの時とそっくりでありおそらくメデューサの本体は相変わらずラピータ宮殿の門前に広がる石造りの床に座りそこに横たわるシュナン少年の側に寄り添っているものと思われました。
つまり今この田舎の村に立っている自分は精神だけが抜け出たいわば幽体離脱した状態だという訳です。
だからメデューサがぶつかりそうになった子供たちは精神体となった蛇娘の存在には全く気づいておらずその実体の無い身体をまるで何も無いかのように通り抜けてしまったのです。
今の彼女は誰にも気付かれず普通の人間には見る事も触れる事も出来ない幽霊みたいな状態になっていたのでした。
シュナン少年の事が心配でたまらないメデューサはなぜよりによってこんな時に自分が精神体となってこんな場所に飛ばされたのか理解出来ずいらただしげに周りの状況を見回します。
そして何とかこの状況から脱出するために行動を開始します。
メデューサが耳をすますと先ほど子供たちが走り去っていった方向からは何やら賑やかな音が聞こえどうやら大勢の人が集まっているようです。
メデューサは一刻も早くシュナン少年の容態を確かめたい気持ちを抑えその賑やかな音がする場所を目指し足早にあぜ道を歩き始めます。
人のいる場所に行けばこの異常な事態から脱出するための何らかのヒントを得られるのではないかとメデューサは考えたのです。
しかし彼女の足は幽体であるせいか歩いている様に見えて実は地面から少し浮いていました。
メデューサは先ほど自分の身体を突き抜けて走り去って行った子供たちの後を追う様に真っ直ぐ続く村のあぜ道を足早に歩き始めます。
泥だらけのあぜ道の上を地面から少し足を浮かせて滑るように足を動かしながらー。
まるで幽霊のように地面の上を移動する彼女の前にやがて小さな村の中へと入る木の柵で出来た入口が見えてきました。

[続く]
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