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「いいかげんにしろ――もう、沢山だ!」
賑やかなパーティー会場に、相応しくない苛立った青年の声音が響いた。途端、会場がシンと静かになった。
「ジークハルト様、どうなさったんですか? もしかして、お酒を呑み過ぎなのでは?」
巻いていただろう髪は緩いカーブになった銀髪に緑の瞳の、豪華な筈なのに皴だらけのドレスを着た女性が顔を強張らせて黒髪の声を荒げた青年の腕を取ろうとした――が、強い力で振り払われた。「きゃっ」とわざとらしい大きな声を上げて、彼女は床に座り込んだ。
売春宿から抜け出して、城に潜り込んだらしい。かつて美しさと気品を身にまとっていた彼女は、みすぼらしく憐れだった。静まり返った会場の中、彼女を見る誰もの視線が冷たかった。
「フロレンツィア、言い忘れていたが君との婚約は解消させて頂く。君のような人間と結婚するなんて、俺には耐えられそうにない――大事な事を、伝え忘れていた事を詫びる」
倒れた彼女に目もくれず、ジークハルトはしっかりした足取りでホールの端で男性に取り囲まれている女性の元に向かった。
「待ってください! 魔法なんて恐ろしいものを使う上、沢山の男性を取り巻きにしている性悪女を選ぶのですか!? 私は、今でもあなたを愛しています! あなたの婚約者は、私ではないと駄目なのよ!」
泣き叫ぶフロレンツィアの傍に、赤薔薇騎士団が集まって彼女を取り押さえた。「ジークハルト様! ジークハルト様!」と叫ぶ彼女は、城の外へと連れ出された。
「ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー。俺と、婚約して頂けないでしょうか?」
片膝を付き、ジークハルトは彼女の手を取ると真摯にそう告げた。腕を取られたヴェンデルガルトが思わず頬を染めるほど、真っ直ぐに彼は自分を見つめていた。
ジークハルトが初めて好きになった、護りたいと思う唯一の女性だった。
「ふざけるな、クソ兄貴。ヴェンデルは俺様のもんだ」
ジークハルトの手を、ランドルフが払いのけた。そうしてふんと鼻で笑って、彼女を抱き締めようとする。
「僕はどちらも反対だ。ヴェーは僕のものだ」
反対側にいたイザークが、低い声でそう呟く。
「ジークハルトもランドルフも、更にはイザークまで冗談はやめてください。ヴェンデルは私の伴侶になって頂きます。ジークハルト、私はあなたにお願いしたではありませんか」
抱き締められそうになったヴェンデルガルトの腕を掴んで、ギルベルトが優しく引き寄せる。
「おい、ギルベルト。お前どさくさにヴェンデルを連れて行くな」
「みんな、何勘違いしてるの? ヴェンデルは俺と結婚するんだよ!」
ヴェンデルガルトの為にお菓子を沢山乗せた皿を持ったカールが、大きな声を上げた。
「うるさい、カール!」
四人の声が、揃った。さっきまでフロレンツィアの襲撃で凍り付いていたパーティーの参加者たちが、小さく噴き出して会場は賑やかさを取り戻す。
それから、容姿が整った青年たちが言い争いを始める。最近見慣れた光景で、何時ものように困った顔で止めようとするヴェンデルガルトに一人のメイドが近寄った。
「こうなったら止められません。ヴェンデルガルト様、部屋に戻りましょう――薔薇騎士団長たちを止められる者は、皇帝しかいないでしょうから」
「ビルギット! そ、そうね……今回も逃げちゃいましょう」
ヴェンデルガルトとメイドのビルギットは、そろりとその場から逃げようとした。
「あ! ヴェー!」
「ヴェンデル!」
それを見つけた青年たちが声を上げた。ドレスの裾を摘まんで、笑いながらヴェンデルガルトとビルギットは早足にホールを抜けて部屋へと戻った。
部屋に戻るとヴェンデルガルトは、大事に直していた小瓶を取り出した。すると迷わずに、小瓶の中身を飲み干した。爽やかな香りが喉を通り、胸の奥で黒く固まっていたものが消え去るかのようだった。
「早いですね、ヴェンデルガルト様。もう、一年が過ぎたんですね」
「ええ、ビルギット。私達が目覚めて、もう一年だわ」
二人は、くすくすと笑い合った。かつて友人の古龍と暮らしていた二年、そうしてその後二百年寝ていた二人。彼女たちは、お茶を飲みながらしばらく懐かしい思い出を語り合った。
その時、彼女の進む道は幾つかに分かれる。水に包まれていた青年が瞳を開く世界。記憶を取り戻さず彼女から去った青年が、振り返って彼女の名を呼ぶ世界。赤や白、黄に青と紫の名を持つ青年たちの手を取る世界。
彼らとのその次の物語は、新しい書物に綴られている。ヴェンデルガルトが恋し愛した物語が、そこに溢れている。ヴェンデルガルトが幸せに暮らした日々は、また新たなページにて。
薔薇と龍と、魔法を使う少女の話は終わらない。
賑やかなパーティー会場に、相応しくない苛立った青年の声音が響いた。途端、会場がシンと静かになった。
「ジークハルト様、どうなさったんですか? もしかして、お酒を呑み過ぎなのでは?」
巻いていただろう髪は緩いカーブになった銀髪に緑の瞳の、豪華な筈なのに皴だらけのドレスを着た女性が顔を強張らせて黒髪の声を荒げた青年の腕を取ろうとした――が、強い力で振り払われた。「きゃっ」とわざとらしい大きな声を上げて、彼女は床に座り込んだ。
売春宿から抜け出して、城に潜り込んだらしい。かつて美しさと気品を身にまとっていた彼女は、みすぼらしく憐れだった。静まり返った会場の中、彼女を見る誰もの視線が冷たかった。
「フロレンツィア、言い忘れていたが君との婚約は解消させて頂く。君のような人間と結婚するなんて、俺には耐えられそうにない――大事な事を、伝え忘れていた事を詫びる」
倒れた彼女に目もくれず、ジークハルトはしっかりした足取りでホールの端で男性に取り囲まれている女性の元に向かった。
「待ってください! 魔法なんて恐ろしいものを使う上、沢山の男性を取り巻きにしている性悪女を選ぶのですか!? 私は、今でもあなたを愛しています! あなたの婚約者は、私ではないと駄目なのよ!」
泣き叫ぶフロレンツィアの傍に、赤薔薇騎士団が集まって彼女を取り押さえた。「ジークハルト様! ジークハルト様!」と叫ぶ彼女は、城の外へと連れ出された。
「ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー。俺と、婚約して頂けないでしょうか?」
片膝を付き、ジークハルトは彼女の手を取ると真摯にそう告げた。腕を取られたヴェンデルガルトが思わず頬を染めるほど、真っ直ぐに彼は自分を見つめていた。
ジークハルトが初めて好きになった、護りたいと思う唯一の女性だった。
「ふざけるな、クソ兄貴。ヴェンデルは俺様のもんだ」
ジークハルトの手を、ランドルフが払いのけた。そうしてふんと鼻で笑って、彼女を抱き締めようとする。
「僕はどちらも反対だ。ヴェーは僕のものだ」
反対側にいたイザークが、低い声でそう呟く。
「ジークハルトもランドルフも、更にはイザークまで冗談はやめてください。ヴェンデルは私の伴侶になって頂きます。ジークハルト、私はあなたにお願いしたではありませんか」
抱き締められそうになったヴェンデルガルトの腕を掴んで、ギルベルトが優しく引き寄せる。
「おい、ギルベルト。お前どさくさにヴェンデルを連れて行くな」
「みんな、何勘違いしてるの? ヴェンデルは俺と結婚するんだよ!」
ヴェンデルガルトの為にお菓子を沢山乗せた皿を持ったカールが、大きな声を上げた。
「うるさい、カール!」
四人の声が、揃った。さっきまでフロレンツィアの襲撃で凍り付いていたパーティーの参加者たちが、小さく噴き出して会場は賑やかさを取り戻す。
それから、容姿が整った青年たちが言い争いを始める。最近見慣れた光景で、何時ものように困った顔で止めようとするヴェンデルガルトに一人のメイドが近寄った。
「こうなったら止められません。ヴェンデルガルト様、部屋に戻りましょう――薔薇騎士団長たちを止められる者は、皇帝しかいないでしょうから」
「ビルギット! そ、そうね……今回も逃げちゃいましょう」
ヴェンデルガルトとメイドのビルギットは、そろりとその場から逃げようとした。
「あ! ヴェー!」
「ヴェンデル!」
それを見つけた青年たちが声を上げた。ドレスの裾を摘まんで、笑いながらヴェンデルガルトとビルギットは早足にホールを抜けて部屋へと戻った。
部屋に戻るとヴェンデルガルトは、大事に直していた小瓶を取り出した。すると迷わずに、小瓶の中身を飲み干した。爽やかな香りが喉を通り、胸の奥で黒く固まっていたものが消え去るかのようだった。
「早いですね、ヴェンデルガルト様。もう、一年が過ぎたんですね」
「ええ、ビルギット。私達が目覚めて、もう一年だわ」
二人は、くすくすと笑い合った。かつて友人の古龍と暮らしていた二年、そうしてその後二百年寝ていた二人。彼女たちは、お茶を飲みながらしばらく懐かしい思い出を語り合った。
その時、彼女の進む道は幾つかに分かれる。水に包まれていた青年が瞳を開く世界。記憶を取り戻さず彼女から去った青年が、振り返って彼女の名を呼ぶ世界。赤や白、黄に青と紫の名を持つ青年たちの手を取る世界。
彼らとのその次の物語は、新しい書物に綴られている。ヴェンデルガルトが恋し愛した物語が、そこに溢れている。ヴェンデルガルトが幸せに暮らした日々は、また新たなページにて。
薔薇と龍と、魔法を使う少女の話は終わらない。
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