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赤薔薇 ジークハルト
戸惑い
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明るくなってから再び城の周辺を全薔薇騎士団で捜索したが、バウンドの姿は見付からなかった。死亡者はいなかったが、騎士団の数人が大きなものから小さなものまでの怪我を負った。
医者はヴェンデルガルトの治癒魔法での治療を望んだが、気を失った彼女が目覚めるまでは駄目だとジークハルトは許可しなかった。
イザークがバウンドを持ち帰った責任があるが、彼に東に少数で行くように命じたのは、ジークハルトだ。イザークに責任を取らせるつもりはない。
東の公国が、バルシュミーデ皇国に対して何らかの行動を起こしているかもしれない、という噂を耳にしたのだ。イザークには、「我が皇国から新春の挨拶を」という名目で探りに行くように命じた。
そのジークハルトは、執務室を抜け出してまだ眠ったままのヴェンデルガルトのベッドの脇に座っていた。未婚の成人男子が淑女の眠る横にいるのは、本来なら感心される行為ではない。しかし、逃げる場所が見つからず『護衛』という名目で、ここにいた。
原因は、この春に父である皇帝から命じられた婚約者のフロレンツィア・ダニエラ・ラムブレヒト公爵令嬢の存在だ。彼女は婚約が決まってから、仕事中でも構わずジークハルトの執務室に沢山のメイドを連れ添わせて居座って、お茶を飲みどうでもいい噂話でジークハルトの邪魔をする。
彼女の噂は、最近はヴェンデルガルトの事が多い。「あの方は二百年も生きた恐ろしい人」や「魔法なんて野蛮なものを使う魔女」、「男性を虜にする浅ましい女」と、最早悪口だ。聞いていて、気分がいいものではない。
確かに自分を除く四薔薇騎士団長が彼女に夢中だ。カールはともかく、あの気難しいギルベルトや女遊びが好きなランドルフ、自分の世界に引きこもるのが好きなイザークまでも、だ。
――彼女に、どれだけの魅力があるのか……?
鮮やかな金の髪は、明るい日差しのようだ。大きな瞳を飾る金の瞳は、あどけなさの残る彼女を神秘的に魅せている。天真爛漫で、誰が相手でも公平に相手をする。彼女と関わった騎士たちは勿論、メイドも「素敵な方です」と口を揃えるように言っていた。二百年前と今では、しきたりなど違う事が多いだろう。それに何より――自分と銀髪のメイド、二人お互いしか知らない世界に突然放り出されて、心細いに違いない。
本来ならフロレンツィアに頼んで、話し相手兼社交界のしきたりを教えて貰うのがいいのだろうが――彼女を頼るのは、気が進まなかった。
それに、彼女の甘い香りが忘れられない。香水の香りでなく、甘く優しい――どこか懐かしい香りだ。その香りが忘れられず、逃げ先をここに選んだのかもしれない。
ジークハルトは幼少の頃から、第一皇子として厳しく躾けられて育った。そのせいか、女性にそう関心を持たず、座学、剣術に熱心に取り組んだ。
何より、目の見えないギルベルトに無礼な言葉を口にした、フロレンツィアの従姉妹を知ってから、女性が苦手だった。高価な貴金属にドレスを望み、パーティーに噂話ばかりで自分を磨かない。そんな人の相手をするのは時間の無駄だ。
「ジークハルト様、お茶はいかがですか?」
そう声をかけてくれたのは、ヴェンデルガルトのメイドだ。貴族と変わらない綺麗な礼をしていた。
「ああ……すまない、有難う」
最初見た時は、古風な裾の長いスカートでシンプルなメイド服だった。今は着替えて、城でよく見るメイド服を着ていた。
「お茶を淹れれば、ヴェンデルガルト様は目覚められるかもしれません――ガヌレットの匂いもありましたら、ね」
くすくすと笑いながら、ビルギットはお茶と焼き立てのガヌレットを運んできた。
「……ん、……ビルギット……甘い香りがするわ……」
瞳を軽く擦りながら、ヴェンデルガルトが寝ぼけたような声を上げた。
「ほら、ジークハルト様」
その言葉に、普段は表情を変えないジークハルトが小さく噴き出した。ガヌレットは、ガヌレの果実の芯をくり抜いてバターと砂糖を詰め込んでオーブンで焼く、素朴な昔からあるお菓子だ。
「ヴェンデルガルト様、お茶の時間ですよ」
「いけない、私ったら寝ちゃったのね……コンスタンティンは?」
「コンスタンティン?」
まだ寝ぼけたままのヴェンデルガルトがそう呟くと、その名に心当たりがないジークハルトが怪訝そうな顔になった。
「あら? ジークハルト様?」
ヴェンデルガルトは驚いた顔をして、ベッドの横で椅子に座るジークハルトを見つめた。その驚いた顔があまりにも素朴で可愛らしく、ジークハルトは小さく微笑んだ。
医者はヴェンデルガルトの治癒魔法での治療を望んだが、気を失った彼女が目覚めるまでは駄目だとジークハルトは許可しなかった。
イザークがバウンドを持ち帰った責任があるが、彼に東に少数で行くように命じたのは、ジークハルトだ。イザークに責任を取らせるつもりはない。
東の公国が、バルシュミーデ皇国に対して何らかの行動を起こしているかもしれない、という噂を耳にしたのだ。イザークには、「我が皇国から新春の挨拶を」という名目で探りに行くように命じた。
そのジークハルトは、執務室を抜け出してまだ眠ったままのヴェンデルガルトのベッドの脇に座っていた。未婚の成人男子が淑女の眠る横にいるのは、本来なら感心される行為ではない。しかし、逃げる場所が見つからず『護衛』という名目で、ここにいた。
原因は、この春に父である皇帝から命じられた婚約者のフロレンツィア・ダニエラ・ラムブレヒト公爵令嬢の存在だ。彼女は婚約が決まってから、仕事中でも構わずジークハルトの執務室に沢山のメイドを連れ添わせて居座って、お茶を飲みどうでもいい噂話でジークハルトの邪魔をする。
彼女の噂は、最近はヴェンデルガルトの事が多い。「あの方は二百年も生きた恐ろしい人」や「魔法なんて野蛮なものを使う魔女」、「男性を虜にする浅ましい女」と、最早悪口だ。聞いていて、気分がいいものではない。
確かに自分を除く四薔薇騎士団長が彼女に夢中だ。カールはともかく、あの気難しいギルベルトや女遊びが好きなランドルフ、自分の世界に引きこもるのが好きなイザークまでも、だ。
――彼女に、どれだけの魅力があるのか……?
鮮やかな金の髪は、明るい日差しのようだ。大きな瞳を飾る金の瞳は、あどけなさの残る彼女を神秘的に魅せている。天真爛漫で、誰が相手でも公平に相手をする。彼女と関わった騎士たちは勿論、メイドも「素敵な方です」と口を揃えるように言っていた。二百年前と今では、しきたりなど違う事が多いだろう。それに何より――自分と銀髪のメイド、二人お互いしか知らない世界に突然放り出されて、心細いに違いない。
本来ならフロレンツィアに頼んで、話し相手兼社交界のしきたりを教えて貰うのがいいのだろうが――彼女を頼るのは、気が進まなかった。
それに、彼女の甘い香りが忘れられない。香水の香りでなく、甘く優しい――どこか懐かしい香りだ。その香りが忘れられず、逃げ先をここに選んだのかもしれない。
ジークハルトは幼少の頃から、第一皇子として厳しく躾けられて育った。そのせいか、女性にそう関心を持たず、座学、剣術に熱心に取り組んだ。
何より、目の見えないギルベルトに無礼な言葉を口にした、フロレンツィアの従姉妹を知ってから、女性が苦手だった。高価な貴金属にドレスを望み、パーティーに噂話ばかりで自分を磨かない。そんな人の相手をするのは時間の無駄だ。
「ジークハルト様、お茶はいかがですか?」
そう声をかけてくれたのは、ヴェンデルガルトのメイドだ。貴族と変わらない綺麗な礼をしていた。
「ああ……すまない、有難う」
最初見た時は、古風な裾の長いスカートでシンプルなメイド服だった。今は着替えて、城でよく見るメイド服を着ていた。
「お茶を淹れれば、ヴェンデルガルト様は目覚められるかもしれません――ガヌレットの匂いもありましたら、ね」
くすくすと笑いながら、ビルギットはお茶と焼き立てのガヌレットを運んできた。
「……ん、……ビルギット……甘い香りがするわ……」
瞳を軽く擦りながら、ヴェンデルガルトが寝ぼけたような声を上げた。
「ほら、ジークハルト様」
その言葉に、普段は表情を変えないジークハルトが小さく噴き出した。ガヌレットは、ガヌレの果実の芯をくり抜いてバターと砂糖を詰め込んでオーブンで焼く、素朴な昔からあるお菓子だ。
「ヴェンデルガルト様、お茶の時間ですよ」
「いけない、私ったら寝ちゃったのね……コンスタンティンは?」
「コンスタンティン?」
まだ寝ぼけたままのヴェンデルガルトがそう呟くと、その名に心当たりがないジークハルトが怪訝そうな顔になった。
「あら? ジークハルト様?」
ヴェンデルガルトは驚いた顔をして、ベッドの横で椅子に座るジークハルトを見つめた。その驚いた顔があまりにも素朴で可愛らしく、ジークハルトは小さく微笑んだ。
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