空のない世界(裏)

石田氏

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《第3幕》13章 終わらない戦場

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 アンノウン・ウォーを撃破した真紀とアイザ達は、先程乗って来た車に乗り込み、アイザが言っていた本部へと向かっていた。
「それじゃあ、この世界について話すわね」
ルビーはそう言って、この世界について色々教えてくれた。
 実は、アンノウン・ウォーが現れる前にこの世界について、できたら教えて欲しいと言っていた。その直後にアイツがあらわれ、聞いている時間がなかったのだ。
「先程も言ったけど、アンノウン・ウォーが現れたのは突然で、正直今でもアンノウン・ウォーがどんな生き物なのか分かっていないわ。ただ言えることは、私達人類の敵だということだけ。
 そこで、NASAと世界各地の技術者の共同作業によって、奴らを倒すために開発されたのが〈戦艦〉よ。だけど、初代から何作目かは私達がさっき乗った〈戦艦〉同様、水を必要とされた型なの。
 私達人類は最初、それで奴らと戦っていた。それが百年ぐらい続いたわ。結果、この辺りの大地は枯れてしまったわ。
 ここはね、想像できないかもしれないけど海があったの」
「え、海が!?」
「そうよ。まぁ、知らなければ、そんな反応しても無理はないわね。だけど、地球は水不足になり、あの型の〈戦艦〉はだんだん使えなくなっていった。そして、入れ代わりのように新しい〈戦艦〉が生まれ、かなり改良され今に至るってところかしら」
「さっきも言ってたけど、この戦争って百年以上も続いてるの?」
「そうね。終わらない戦争、終わりのない戦争と言われるぐらい、この戦争は長引いている。理由の一つは、アンノウン・ウォーの数がどれ程のものか私達は把握で出来ていない点と、〈戦艦〉はアンノウンを倒すことが出来る唯一の対抗策だけど、それは複数を同時に一掃出来ない点が、この戦争を長引かせてる要因よ。
 そして、何よりこの戦争が終わるきっかけを私達は知らない」
「え?」
「国との戦争ならそこを落とすか、その国のトップを狙ったり、その国々によって戦争を終わらせる方法はあるんだけど、アンノウンに関して言えばどこから奴らはやって来るのかも、アンノウンにリーダーがいるのかどうかも分かっていない」
「それって、まるっきり人間の方が不利じゃないですか」
「そうね。でも、人類はそんな状況でも諦めず百年以上耐えてこれたのよ」
「とても、その…信じられないというか」
つまり、ルビーも産まれた時から戦争は続いていたことになる。真紀は少しやりきれない気持ちでいた。
「どうして、世界はこうも残酷なのかと思った時も確かにあったわ。でも、辛いのはどの世界も同じなんだって真紀の話を聞いてそう思ったわ」
「でも、私よりルビーの方が辛い思いをしてる」
「それはどうかしら。価値観の違いってやつだと思うけど、この戦争がきっかけで人類は肌の色や国に関係なく、協力し会えている。多分それは、真紀のいる世界では出来ないことだと思う」
「でも、終わらない戦争に嫌になったりしない?」
「それは嫌になるよ。でも、この嫌な戦争のおかげで仲間に出会えた。
 真紀のいる世界もアンノウンはいないけど、世界を滅ぼそうとする巫女や死神がいる。
 私達の敵は同じ共通の敵よ。この世界は血と争いに満ちてるけど、それはどこも同じ。だから、同情も偏見もいらないわ」
成る程。比べて差別するのではなく、共通点を見つけ分かち合うルビーの姿は、真紀にとって尊敬する存在だった。


ーーーーーー


「おい、そろそろ着くぞ」
運転手のコリンズがそう言った。
 車に乗ってから2時間から3時間かけ、ようやく本部の面影が見えてきた。
「まぁ、あん時アンノウンいたからな。仲間が遠くで構えている可能性もあったし、かなり遠回りしていかなきゃいけなかったからな」
「アッシュ、いちいちそれを口にするな。お前がそう思ってなくても、俺らは嫌みにしか聞こえん。皆、そんくらい分かってる」
「悪い」
アッシュはそのあと当分黙りした。そうとうアイザに言われたのが堪えたらしい。
「ねぇ、本部ってアジトだよね。私、その中に入れるの?」
真紀の疑問にアイザは答えた。
「本部っていうのは言わば国だ」
「国?」
「そうだ。海のない世界では、全てが陸で繋がっている。もはやこんな状況下で国の線引きなんて無意味になった頃、国は更に合併し、一つの拠点として設立した。
 本部というのは、国連のあるヨーロッパを中心とした第1拠点のことだ」
つまり、大規模な国である。それは各州が合併し一つの国となったアメリカより大きいものを意味した。
「第1拠点があるってことは、他の拠点もあるってこと?」
「あぁ、ある。第2拠点はアジア中心に集まった拠点地で、第3拠点はアメリカがあるところだな。他にも拠点はあったが、それ以外の拠点は全てアンノウンによって滅ぼされた」
それはかなりの死者が出たことになる。
「まぁ、安心しな。第1拠点は他の拠点とは少し違って、〈陸潜艦〉がある」
「え!?その〈陸潜艦〉って、〈戦艦〉とは違うの?」
「あぁ、全く違う。この〈陸潜艦〉は他の拠点にはない兵器で、陸をまるで潜水するかのように土の中を潜るんだ」
「そんなものが!?でも、可能なの?」
「実現した」
真紀は驚いた。〈戦艦〉もそうだが、この世界の技術はもといた世界より進んでいるのかもしれない。
 そんな話をしていると、前方に巨大な壁が現れた。
「ようやく門へ御到着だ」
コリンズはそう言った。
「あれが門!?」
巨大過ぎるその壁を見つめた。
 真っ黒で頑丈そうなその壁は、凄い振動と音をたてながら、門は口を徐々に開いていった。
「よし、入るぞ」
「了解」
コリンズはアイザに言われ、アクセルを踏んだ。
 車は、口の開いた黒い壁の間を通って行った。
「ここは……」
知らない世界の街に、少しわくわくしていた真紀だったが、そこは予想したものとは違っていた。
 夕日に照らされ、残暑がありまだ暑苦しい季節に、男や女、子ども、働ける者なら年寄りですら外に出て、大きな作業をしていた。多分見るからに、〈戦艦〉を作っているのだろう。
 その周りには、古小屋に何人もが出入りし、暮らしている風景が車の窓から見てとれた。
「その目は意外だったようだな」
「皆、あんな暮らしを?」
「真紀には辛く見えるのか?だが、これがこの世界の現実さ。働かない者、働けない者は殺されるか、拠点から追い出されるか。
 だから、皆必死なんだ。それが当たり前だと思っている。
 この暮らしに皆不満はあるだろうが嫌じゃない。この拠点のルールである、働ける者はここにいる権利が与えられるというシンプルな仕組みは、逆に彼らを必要とされているからここにいさせてもらっているんだと思わせる。
 まさに服従の心理さ。だが、操る国王や大統領はいない。この仕組みを作ったのは他でもない服従者だからだ。だから、反乱は起きない。自分達で価値を保証し合って、今の共同がある。これが、この世界の価値観だ」
それは恐ろしい考えだった。意思の尊厳と自由はなく、ましてやその暮らしが健康で文化的な生活を送れるわけでもなく、ましてや幸福追求の出来ないこの世界は真紀にとってはある意味地獄に見えた。
 そんな地獄でも、長期間それを過ごすことによって人間はその環境に馴染んでしまうのだから、それもまたこわいものだった。
 とにかく、世界観の相違は果しなく、日本で言えば確実に人権を無視した考えであった。
 しかし、アイザの言うように、この世界の人間は、この世界で生きていく為に自ら人権を手放したことになる。
 真紀はなんとも言えない状況に、口出しは出来ないでいた。いや、しない方がこの場合正解なのかもしれない。
 真紀は出来るだけ窓の外を視線から外した。
 それからしばらくして、真紀とアイザ一同が乗せた車は拠点中心部へと到着した。


ーーーーーー


 中心部は建物がしっかりしており、周りにいるのは先程の人達と違い、全員アイザ達同様軍服のような格好をしていた。
 車から降りると早速、上官らしい人物がこっちにやって来た。
「アイザ、よく戻った」
「はい、上官」
全員横一列に並び敬礼した。
「この子は?」
上官らしい人物は、列の後ろにいる真紀に目を向けた。
「私がお答えます、上官」
「よし、答えろアイザ」
「はい。彼女の名前は真紀。我々が調査任務から終え、帰還中に発見。記憶がないもようで混乱していた為、保護致しました」
「ふむ」
上官は真紀に近づき、じっと見た。真紀は緊張しながらも、じっとした。
「アイザ、彼女は使えそうか?」
「はい、上官」
「なら、よろしい」
上官はそう言うと真紀から離れ、今度はアイザの前に来た。
「では、報告を」
「はい、上官。我々は任務通り目的地点に到着し、アンノウン・ウォーの巣を捜索、発見致しました」
「巣の規模は?」
「Aクラスです」
「小さかったか」
上官は少し考えた。
「アイザ、分かっていると思うが第5拠点が滅ぼされてから僅かしかたっていない。アンノウンは確実に次の拠点へ向かって総攻撃するはずだ。アンノウンが集団で行動する際には必ず巣をどこかに作る。巣を素早く発見すれば、それだけ素早い対応が出来る。巣が本当に一つで、規模がAクラスなら、第5拠点を襲った奴らは他の拠点に向かったということになる」
「はい」
「だが、もしその報告が間違いで他にも巣があり、Aクラス以上の規模だった場合、ここにいる全員が死ぬことになる。
 間違いは本当にないんだな?」
「はい、間違いありません」
「……了解した」
上官はそう言うと、アイザに背を向けた。
「任務ご苦労であった。次の指示があるまで待機せよ」
「はっ」
全員が返事をした。
 上官は返事を聞くとその場を立ち去った。それを皆は見届けた。
 そして、姿が見えなくなった頃合いで、皆の緊張が一気にとかれた。
「真紀、俺達は上官の指示通り待機になった。皆はこのあと次の指示が出るまで各自解散になる。そこで、これからのことだが、この世界で生きていく上で必要なことは、ここに来る間で分かった筈だ。
 選択肢は二つ。一つはここに来る途中で見たと思うが、労働だ。過酷ではあるが、ほとんどの人はこれを選択する。
 もう一つの選択肢は、軍に入ることだ。つまり、俺らみたいな仕事さ。だが、これは命懸けで常に誰かがアンノウンの犠牲になっている。
 真紀はどちらかを選択してもらう。どうする?」
「ちょっとアイザ、真紀はこの世界を知らない。ちょっと教えただけで、選択を迫るつもり?もう少し考える時間を」
「ルビー、考える時間はないことくらい分かる筈だ。一秒でも為にならないやつは、ここを追い出されるだけだ」
それを言われ、ルビーは言い返せなかった。
 自然と皆の視線は真紀にいった。
「どうする、真紀。考える時間はないぞ。決断は今してくれ」
「分かったよ。私、軍に入る」
「そうか」
「ちょっ、ちょっと正気なの!?」
「おい、ルビー。これは真紀の選択だ。この世界で数少ない人生の選択を尊重しろ」
「ダメよ。真紀、軍に入隊するってことは、あの化け物みたいな奴らと戦うことなのよ。そんな人生でいいの?私は入隊して後悔したわ。仲間が次々に殺されていくのよ。それでも前に進む為には平然としていかなければならない。真紀はそれに耐えられるの?」
「耐えられるかどうか分からないけど、戦いからは逃げられないと思う。アンノウンがここにいつまでも攻めてこないと限らないのなら、私は戦うよ」
「よし、じゃあ決まりだ」
「ダメよ、アイザ」
「ルビー、考え直す時間なんて与えてはくれないんだ。いい加減分かれ」
アイザは真紀に手招きした。
「来い。入隊したいんだろ?手続きがある。ついて来るんだ」
アイザは歩き出し、真紀もそのあとをついていった。
 背後では、ルビーが「こんなの間違ってる」と叫んでいるのが聞こえた。


ーーーーーー


 真紀はアイザに連れられ、とある部屋に入った。そこは小さな教室のようで、机と椅子があった。
「適当な所に座ってくれ」
アイザにそう言われ、真紀は二列目の前辺りに座った。
「先程も言った通り、入隊するには手続きがいる。だが、その前に話しておきたい事がいくつかある。
 まず、軍に入った者は基本死ぬまで脱退することは出来ない。これは説明が後になったが、真紀の言葉を聞いた限り、問題はないだろ。
 次に、この世界のルールだ。働かない者や働けない者は拠点から追放される件は何度も聞いただろうが、具体的に話すと軍の場合は、アンノウンの戦闘で大ケガを負い、体に不自由が出て、もう戦えずかつ、労働も無理だと判断された者は応急処置後、追放される。応急処置がされるのは、今まで尽くしたせめてもの情けだと思え。だが、大抵は追放される前に自ら死を選ぶ者が多いのが現状だ。
 そして、この世界の上下関係についてだ。基本、年上が上になる。それは労働においても、軍においても同じだ。先程上官に合ったが、軍の階級も上官と将軍しかない。上官は50になるとなれる」
「50!?」
「それまで生きてこれた人間の言うことさ、皆従う。まぁ、将軍は違うがな」
「将軍って?」
「将軍は、拠点の軍のトップのことだ。最高指揮官とも言える。だが、権力者じゃない。指揮するのは基本上官で、将軍は何も指示を出さない。ただの監視人で、裁定者だ。重要な選択を迫られた時のみ、その選択を決める権利を持つ。しかし、それ以外の権利は持っていない」
「将軍は年長上司みたいな感じで決まるわけじゃないんだよね。どうやって決まるの?」
「将軍はアンノウンに唯一対抗出来る武器〈戦艦〉の開発者の一人から選ばれる」
「それってつまり、設計者のこと」
アイザは頷いた。
「真紀も第1拠点の住人になるんだから、このことだけは覚えておけ。第1拠点の将軍はマルボロ。将軍の名前だ。因みに、第2拠点の将軍はメビウス、第3拠点の将軍はセブンスターだ」
「マルボロ、メビウス、セブンスター……何か煙草の名前が揃ってるね」
「たばこ?そんなものはこの世界にはないんだ。知らない言葉だが、今はそんなことはどうでもいいことだ。重要なことは、真紀はこの世界に来た。そして、帰る方法が分からない以上、ここでの暮らしを余儀なくされる。なら、真紀がいたという世界のことは忘れるんだ。覚えていたら、いちいち比べて一人辛い思いをするだけだ」
アイザはそう言ったが、真紀にとっては簡単に忘れられるものではなかった。それでも、その場ではアイザの言うことに頷いた。
「よし、最後に手続きの話だ。手続きは書類を書くとかそんなんじゃない。試験を受けてもらう。入隊試験だ」
「試験!?」
「そうだ。これには必ず受けてもらう。俺も受けた。お前が合った奴ら全員この試験を受け、合格してここに来ている」
「試験ってどんな?」
「緊張することはない。試験は翌日だ。そこには他の連中も入隊試験を受けに来る。試験内容は、当日の試験管が決め、その日に試験内容が発表される。俺からは今ので以上だ」
アイザは全てを言い終えると、ポケットから中を探り、そして見つけるとそれを真紀に向かって投げた。
 真紀は思わずそれをキャッチすると、手の中を見た。
「それは鍵だ。とりあえず、お前さんの仮住まいになる部屋だ。場所は鍵に書いてある番号がそれだ。じゃ、明日頑張れよ」
「え?え、えええぇ!?」
アイザは言うことだけ言うと、部屋を出て行ってしまった。
 一人取り残された真紀は、長い間ポカーンとしていた。


ーーーーーー



 あの後、アイザがいなくなった部屋にルビーがやって来た。
「あ~あ、あの時の私とおんなじ表情してる」
「ルビー」
ルビーは真紀にかけより、隣の席に座った。
「ゴメンね、アイザのこと。アイツ毎回ああだから。私が入隊するきっかけも、アイザが誘ったからなんだけど、まんまと騙されたって感じで」
「ルビーさんは何で入隊したんですか?」
「実は私、産まれはここじゃないの」
「え?」
「第4拠点にいたの」
「第4拠点って」
「そう。アンノウンの群れがあらわれて、一瞬で陥落。その時、私の家族は死んだわ。その時の私はただ、奴らに復讐して同じ目に合わしてやるんだってばかり考えてた。自暴自棄かな。で、アイザがあらわれた。アイザは、第4拠点が襲われ救援を求められたのを本部から連絡がきて、そこに来たの。アイザは、私を見るなり誘ってきた。最初は真紀と同じく二つの選択肢を与えた。でも、どれを選ぶか分かっていて聞いたアイザは、あの時の私にあんな質問を投げ掛け選択させた彼のやり方は、今思うと詐欺師みたいに思えて」
「それは、私が入隊しようとした時から?」
「そうね。あの頃を思い出して思わず止めたくなった」
「どうして?」
「アイザの周りにいる皆はそれぞれ苦い過去があるの。私みたいに」
「でも、騙された訳じゃないんでしょ?」
「えぇ。でも、後悔した。私の場合は復讐なんて意味ないってことよ。倒しても、倒しても終わらないんだから。私は、ヨレヨレになるまで戦わされるの。それもアイザのせいでね」
「でも、後悔してもルビーはそれを受け入れてる」
「受け入れてるって……そうなるのかな?アイツとなんだかんだ文句言いながらついていってるのは」
「そうだと思います」
「ふ。何か、逆に励まされた感じ」
ルビーはせいせいと伸びをした。
「因みに、明日の試験管私が担当になったから」
「え、ルビーが?」
「じゃっ、頑張って」
「え?え、えええぇ!?」
ルビーは言うだけ言うと、部屋を出て行ってしまった。
 再び一人取り残された真紀は、天井を見上げた。


ーーーーーー


 入隊試験当日。

 広場には何人かの入隊希望者があらわれていた。皆、緊張しているのか私語一つなかった。そんな重苦しい空気の中、入隊希望者の前に、ルビーがあらわれた。
「皆、よく集まってくれた。君らはアンノウンという化け物と戦うというのに、それに怯まずに挑もうとする君らの気持ちは勇敢である。だが、誰しもが入隊出来る訳ではない。この役職には、勇敢以外に必要なものがある。生き延びる為に必要な戦力、言わば実力なくしてアンノウンには勝てない。奴らは凶暴だ。人類はその猛攻に耐える力を必要とされる。
 今日は、君らの実力を測る為、任務を受けてもらう。それが今回の試験となる」
ルビーが任務という言葉を出した瞬間、周りがざわめき始めた。しかし、ルビーはそれを気にせずそのまま話を続けた。
「任務内容は〈悲しき人〉を倒すこと」
「〈悲しき人〉?」
真紀は聞いた事がなかった。それはどうやら周りもそうらしかった。
「君らはまだ〈悲しき人〉を見たことはないだろう。だけど、それはこの世に存在するものよ。〈悲しき人〉は、アンノウンによって無惨に殺された人間の魂がさまよった挙げ句、凶暴な悪霊となった魂のことをいう」
すると、入隊希望者の中から手があがった。ルビーは、その人物を指さし、質問を許可した。
「それって、幽霊ってことですか?」
「簡単に言えばその通り」
真紀は幽霊という単語にゾッとした。真紀は、幽霊とかお化け屋敷とかが苦手で、更に山吹がいた世界で真紀は幽霊に実際に襲われていた。
「ただし〈悲しき人〉は、ただの幽霊ではない。〈悲しい人〉は、アンノウンに殺された人間のみ起きる現象を意味する。そして、〈悲しき人〉は普通の浄化方法では通用しない。例えば、塩や清水は悪魔や悪霊に効果はあるが、〈悲しき人〉にはそれが通用しない。代わりに別の方法でしか〈悲しき人〉を浄化することは出来ない。
 これは、軍に入ると必ずやる任務。無惨に散った仲間の魂を安らかにする為にも、これをマスターする必要がある。
 〈悲しき人〉を知らないのは見たことがないから。しかし、〈悲しき人〉はそこらでさまよっている。ただ、肉眼で見ることが出来ないからだ。だけど、方法はある。認知である。
 認知とは、集中によってうまれる新たな感覚で、第六感とも言われている。それは、肉眼で見ることができ、認知が出来るようになると触れることも出来るようになる。基本、認知されない限り〈悲しき人〉は攻撃してこないが、一旦認知されると攻撃してくる。彼らは殺しに向かって来る。用心が必要よ。
 さて、説明は以上になるが何か他に質問ある?」
「あの」
「何?」
「どうやって認知ですか?それを出来るようにするんです?」
「あぁ、肝心なこと忘れてた。君達には任務にあたる前に薬を投与する。それは、体内の血流を増加させ、認知しやすい環境にしてくれる。認知は、アンノウンと戦う際も反応が普通より早く反応出来るようになる。
 薬を投与してから二時間のうちに覚醒し、認知が使えるようになれば合格。その証明として〈悲しき人〉を一つでいいから浄化してみせなさい。ただし、薬の効果がなくなり、覚醒出来なかった者は不合格とします。
 薬の効果のうちに覚醒さえすれば、次回から投与なしで覚醒出来るようになるはずだから。あとは、実力で倒して下さい」
「倒す!?」
「殴って浄化。シンプルでしょ。呪文や儀式は不要」
「な、なんか幽霊が可哀想に思えてきた」
それを聞いて真紀は幽霊達に同情してしまった。
「それでは薬の投与を得た人から試験開始です」
入隊希望者はぞろぞろと列をなして、薬の投与を受けた。
「お、試験始まったようだな」
「どれどれ……なんだ、今回の連中はどれもたいしたことなさそうだな」
試験の様子を見に来た軍に既に所属している人間は、入隊希望者を見てあざ笑った。
「間違いないのはアイザさんの入隊試験の時の、投薬から30分で覚醒した記録を抜ける奴はいないってことさ」
「お、おい!?」
「ん、どうした?……って嘘だろ」
真紀は投薬から僅か数分で魂が浮いているのが見えた。
「あれが〈悲しき人〉」
すると、魂は真紀が見えていることに気づいたのか、襲ってきた。
 その姿を、見物していた兵達は驚いていた。〈悲しき人〉が人を襲ったという事は、その時点でその人物は覚醒したことになる。
「まだ数分しかたっていないって言うのにもう覚醒かよ」
「以外に今回の新人は抜け目がないってことか。俺達も浮かれてられないな」
「あぁ」
 真紀は襲って来る〈悲しき人〉の魂に拳を振りかざした。

ブチュッ!

 スライムが弾ける感じに、魂は跡形もなく消えた。
「わ、本当に触れた」
「合格!」
その瞬間、周りの見物していた兵から歓声があがった。
「真紀、記録更新よ」
「え!?」
真紀はなんのことか分からず、ただ歓声の中心にいるのが気恥ずかしくなった。

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