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滝(冴木視点)
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「二人とも、そろそろ昼食にしないかい?」
新居を楽しく満喫している二人に、そう声をかける。有栖が柄にもなくはしゃいでいて、遊沙くんも楽しそうにしているので、あまり邪魔はしたくない。けれど、そのままだと昼食が抜きになりそうだった。
丘を徒歩で登ってきたからお腹も空いていると思う。正直なところ、私はぺこぺこだ。
有栖のマネージャー兼親代わりとして、規則正しい食事と生活だけは死守しなければいけない。
そう思って、この家にはまだ料理できる環境が揃っていないから、向こうの家でサンドイッチを作ってきた。悪くなるかもしれないし、食べないのはもったいない。
二人が私の声を聞いて、近くに来てくれる。
「僕もそろそろお腹が空いたな、と思っていたんですけど、ここで食べても良いのかな、って心配だったので」
遊沙くんは周囲を見渡して、汚したらいけないし、と呟いた。確かに、新築の家の中は真新しくて、汚してはいけない感が漂っている。床や壁の木がまだ日焼けのないライトウッドだからか、余計にそう感じるのだろう。どうせその内住むとは言っても、まだその段階ではない。
私も家の中で食べるつもりはなかった。
「それなら心配いらないよ。土地を見に来たときに見たから知っていると思うけど、そばに滝があるんだ。そこで食べようと思って」
家から少し歩いたところに、麓の川から遡って繋がっている滝がある。小規模のものだけど、家から行ける範囲にあるには贅沢すぎるくらいの景観だ。サンドイッチなら立ったままでも食べられるし、なかなか乙なのではないだろうか。
そんな私の提案を聞いて、遊沙くんが微かに目を輝かせた。彼は都会的な有栖と真逆で、自然が好きな子だ。滝の傍で昼食を摂るのは願ってもない提案だろう。
虫がいるかもしれないので有栖には申し訳ないけれど、遊紗くんが喜ぶなら有栖も悪い気はしないはずだ。
有栖もお腹が空いていたようで、トントン拍子に話が決まった。すぐに三人で滝へと向かう。
家を出たら右手の方へ歩いて、森に入っていく。滝がある場所は割とすぐなので、それほど深く入らなくても次第に音が聞こえてきた。同時に、ひんやりとした空気が漂ってくる。森の香りがして、癒し効果を五感で感じられる。
遊紗くんほどではないが、私も自然的な空間は好きだ。しかし、有栖と同じで虫は少々苦手なので、今日のようにこうして出向くことがなかなかできない。仕事が忙しいことと、あちらの家が都会にあることも理由だけれど。
だから、家のそばに自然があると行きやすくて良い。
実際、家を出てから十分くらいで滝が見えてきた。
高さは五~六メートルほどだろうか。水量も控えめな、上品な滝だ。ちょうど良い大きさでもある。
大きな滝も良いが、そうなると滝壺に水が落ちる轟音が家にまで聞こえてくるだろう。さすがに四六時中滝の音が聞こえるのは気疲れしそうだから、聞こえないくらいの大きさがちょうど良いのだ。
滝のすぐそばまで来て、食べるのに適した場所を探す。
その間に、遊紗くんが滝にそっと手を伸ばした。無表情だけど、どこかいたずらっ子のような印象を受ける動きで、水流に手を触れる。
「わっ、冷たい」
そしてすぐに引っ込めた。小声で『飲めるかな』と言っているのが聞こえる。
……水はとても綺麗だけど、水道水とは違った微生物がいるかもしれないので、下手に飲むのはやめた方がいいだろう。万が一お腹を下したら大変だ。
一度煮沸すれば安心か。
遊紗くんも分かっているようで、いきなり飲むことはせずに戻ってきた。代わりに有栖も触りに行く。
「ほんとだ。冷たいな。飲めそうでもある」
「分かっているだろうけれど、無闇に飲んではいけないよ。気になるなら、また今度沸かしてから飲もう」
本当に飲みそうな有栖をやんわり諌めつつ、私も水を触りに行く。タオルがないからやらないつもりだったのだけど、二人が触りに行っているとなんだか触りたくなる。
濡れた手を森の風で乾かしながら、三人で座れそうな岩を探した。
苔の生えていないものをなんとか見つけ出して、それぞれが座る。残念ながら三人全員が一緒に座れるような大岩はなかった。よって、三人バラバラだ。岩同士がそれほど離れていないのであまり変わらないが。
私は手に持っていた保冷バッグからサンドイッチを一つずつ取り出して、二人に手渡した。クーラーボックスだとかさばるが、保冷バッグなら小さいし折りたたんで持ち帰れる。保冷剤を入れておけば一日、二日は持つから便利だ。
作ったのは、ベーコンとサニーレタスを石窯パンで挟んだシンプルなサンドイッチだ。輪切りの獅子唐をいくつか挟んで、味に変化を加えている。簡単だし美味しいので、時折作るものだ。店で売られているような柔らかいサンドイッチではないけれど、これはこれで別の美味しさがある。
滝と川の音、そしてさわさわと木々が揺れる音を聞きながら、木漏れ日の中で食べるサンドイッチは、例えどんなものでも美味しいに違いない。お腹が空いていることもあり、三人とも無言で貪った。
シチュエーションも相まって、我ながらとても美味しい。自画自賛はあまりしない方だけど、これはうっかりしてしまう。
遊紗くんは、リスのように両手で持ってもしゃもしゃと食べていた。随分美味しそうに食べてくれるので、こちらも自然と笑みが零れる。
「あっ」
そして、そんなほわほわな遊紗くんを見た有栖が挙動不審になっている。彼の手からはとっくにサンドイッチが無くなっていた。
顔に『可愛すぎてどうしよう』とでも書いてあるように見える。遊紗くんはサンドイッチと景色に夢中で気付いていないが。
有栖はモデル業ということもあって、表情管理が得意だ。仕事なら何があっても顔に出さないのに、遊紗くんといるとそれも崩壊するらしい。
クールな“モデルの有栖”はどこへやら、今は“ただの有栖”だ。
恋人の前でソワソワする我が子を見て、私も心が穏やかになった。
新居を楽しく満喫している二人に、そう声をかける。有栖が柄にもなくはしゃいでいて、遊沙くんも楽しそうにしているので、あまり邪魔はしたくない。けれど、そのままだと昼食が抜きになりそうだった。
丘を徒歩で登ってきたからお腹も空いていると思う。正直なところ、私はぺこぺこだ。
有栖のマネージャー兼親代わりとして、規則正しい食事と生活だけは死守しなければいけない。
そう思って、この家にはまだ料理できる環境が揃っていないから、向こうの家でサンドイッチを作ってきた。悪くなるかもしれないし、食べないのはもったいない。
二人が私の声を聞いて、近くに来てくれる。
「僕もそろそろお腹が空いたな、と思っていたんですけど、ここで食べても良いのかな、って心配だったので」
遊沙くんは周囲を見渡して、汚したらいけないし、と呟いた。確かに、新築の家の中は真新しくて、汚してはいけない感が漂っている。床や壁の木がまだ日焼けのないライトウッドだからか、余計にそう感じるのだろう。どうせその内住むとは言っても、まだその段階ではない。
私も家の中で食べるつもりはなかった。
「それなら心配いらないよ。土地を見に来たときに見たから知っていると思うけど、そばに滝があるんだ。そこで食べようと思って」
家から少し歩いたところに、麓の川から遡って繋がっている滝がある。小規模のものだけど、家から行ける範囲にあるには贅沢すぎるくらいの景観だ。サンドイッチなら立ったままでも食べられるし、なかなか乙なのではないだろうか。
そんな私の提案を聞いて、遊沙くんが微かに目を輝かせた。彼は都会的な有栖と真逆で、自然が好きな子だ。滝の傍で昼食を摂るのは願ってもない提案だろう。
虫がいるかもしれないので有栖には申し訳ないけれど、遊紗くんが喜ぶなら有栖も悪い気はしないはずだ。
有栖もお腹が空いていたようで、トントン拍子に話が決まった。すぐに三人で滝へと向かう。
家を出たら右手の方へ歩いて、森に入っていく。滝がある場所は割とすぐなので、それほど深く入らなくても次第に音が聞こえてきた。同時に、ひんやりとした空気が漂ってくる。森の香りがして、癒し効果を五感で感じられる。
遊紗くんほどではないが、私も自然的な空間は好きだ。しかし、有栖と同じで虫は少々苦手なので、今日のようにこうして出向くことがなかなかできない。仕事が忙しいことと、あちらの家が都会にあることも理由だけれど。
だから、家のそばに自然があると行きやすくて良い。
実際、家を出てから十分くらいで滝が見えてきた。
高さは五~六メートルほどだろうか。水量も控えめな、上品な滝だ。ちょうど良い大きさでもある。
大きな滝も良いが、そうなると滝壺に水が落ちる轟音が家にまで聞こえてくるだろう。さすがに四六時中滝の音が聞こえるのは気疲れしそうだから、聞こえないくらいの大きさがちょうど良いのだ。
滝のすぐそばまで来て、食べるのに適した場所を探す。
その間に、遊紗くんが滝にそっと手を伸ばした。無表情だけど、どこかいたずらっ子のような印象を受ける動きで、水流に手を触れる。
「わっ、冷たい」
そしてすぐに引っ込めた。小声で『飲めるかな』と言っているのが聞こえる。
……水はとても綺麗だけど、水道水とは違った微生物がいるかもしれないので、下手に飲むのはやめた方がいいだろう。万が一お腹を下したら大変だ。
一度煮沸すれば安心か。
遊紗くんも分かっているようで、いきなり飲むことはせずに戻ってきた。代わりに有栖も触りに行く。
「ほんとだ。冷たいな。飲めそうでもある」
「分かっているだろうけれど、無闇に飲んではいけないよ。気になるなら、また今度沸かしてから飲もう」
本当に飲みそうな有栖をやんわり諌めつつ、私も水を触りに行く。タオルがないからやらないつもりだったのだけど、二人が触りに行っているとなんだか触りたくなる。
濡れた手を森の風で乾かしながら、三人で座れそうな岩を探した。
苔の生えていないものをなんとか見つけ出して、それぞれが座る。残念ながら三人全員が一緒に座れるような大岩はなかった。よって、三人バラバラだ。岩同士がそれほど離れていないのであまり変わらないが。
私は手に持っていた保冷バッグからサンドイッチを一つずつ取り出して、二人に手渡した。クーラーボックスだとかさばるが、保冷バッグなら小さいし折りたたんで持ち帰れる。保冷剤を入れておけば一日、二日は持つから便利だ。
作ったのは、ベーコンとサニーレタスを石窯パンで挟んだシンプルなサンドイッチだ。輪切りの獅子唐をいくつか挟んで、味に変化を加えている。簡単だし美味しいので、時折作るものだ。店で売られているような柔らかいサンドイッチではないけれど、これはこれで別の美味しさがある。
滝と川の音、そしてさわさわと木々が揺れる音を聞きながら、木漏れ日の中で食べるサンドイッチは、例えどんなものでも美味しいに違いない。お腹が空いていることもあり、三人とも無言で貪った。
シチュエーションも相まって、我ながらとても美味しい。自画自賛はあまりしない方だけど、これはうっかりしてしまう。
遊紗くんは、リスのように両手で持ってもしゃもしゃと食べていた。随分美味しそうに食べてくれるので、こちらも自然と笑みが零れる。
「あっ」
そして、そんなほわほわな遊紗くんを見た有栖が挙動不審になっている。彼の手からはとっくにサンドイッチが無くなっていた。
顔に『可愛すぎてどうしよう』とでも書いてあるように見える。遊紗くんはサンドイッチと景色に夢中で気付いていないが。
有栖はモデル業ということもあって、表情管理が得意だ。仕事なら何があっても顔に出さないのに、遊紗くんといるとそれも崩壊するらしい。
クールな“モデルの有栖”はどこへやら、今は“ただの有栖”だ。
恋人の前でソワソワする我が子を見て、私も心が穏やかになった。
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