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家 Ⅲ(有栖視点)
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『えっと、有栖が好きになってくれて嬉しいなって』
好きな人にそんなことを言われて、嬉しくない人間がいるだろうか。いや、いない。俺も例に違わず、耳まで真っ赤になってしまった。
そもそも、俺も遊沙も同性愛者ではない。しかも、両方恋愛未経験者ときた。だから互いの恋愛に手探りの状態だ。俺は俺で出来ることをやっているが、それが遊沙にとって嬉しいことであるのかどうかは全く分からない。同性愛者同士、異性同士の恋愛だって難しいのに、この関係はそれ以上に難しい。
一緒にいるときは天国のような心地で、ふとした瞬間に不安で堪らなくなる。遊沙は感情の機微が控えめな上、遠慮する性格だから、気付かぬうちに間違った選択をしていないかが怖い。
だから、こうして言葉で『嬉しい』と言ってくれると安心するのだ。嫌がられていないという事実だけでこんなに嬉しくなれるなんて、恋愛というものはコスパがいい。……同時にコスパが悪いこともあるが。
新しい家について遊沙の印象も良い様なので、案内する方も捗る。
二階の部屋は全て見せ終わって、最後にバルコニーを見せた時のこと。
「ねえ、有栖。ちょっと一階に降りて、外から僕の方見てくれない?」
とよく分からない提案をされた。首を傾げながらも言われたとおりに一階に降り、外に出る。見上げると、バルコニーの手すりに腕を乗せた遊沙が、身を乗り出してこちらを見下ろしていた。それを見た途端、不意に会ったばかりのことが脳裏をよぎった。
「見て見て、ほら。初めて会った時みたいでしょ?」
そう言って笑う彼は天使か何かなのだろうか。バルコニー付けて良かった。建築会社さんに感謝。
せっかく降りてきたので、
「何か言いたいことでも?」
当時自分が言ったことをなぞってみた。すると、遊沙が一瞬きょとんとして、それから理解したように笑った。彼も俺の意図に沿って返事をしてくれる。
「いや、努力してるんだなって思って」
「何だ? 俺は生まれたときから完璧だとでも……ふはっ、思っていたのか?」
途中で笑みを堪えきれなくなって、思わず噴き出してしまった。当時のことはかなり印象に残っているので、言ったことも割と覚えている。さながらロミオとジュリエットのように、バルコニーの上と下で笑い合っていると、遊沙の横から冴木が顔を出した。
「何を楽しそうなことしているんだい?」
「ちょっと当時のことを思い出してました」
「俺もだ。意外と覚えているもんだな」
「ああ、例のコテージのことかな。二人の思い出になっているなら、私もあれを企画した甲斐があったというものだよ」
冴木も和やかに笑う。『そろそろ降りようか』と遊沙に声をかけると、二人纏めて部屋に引っ込んだ。
そのまま一階に降りてきたので、三人でウッドデッキを見て回った。夜は寝転がって星を見たり、バーベキューをしたりできること、雨の日は屋根をつけられることを説明する。
「屋根はどうやってつけるの?」
「実は可動式の屋根が壁の中に格納されてるんだ。えっと、そこにハンドルを挿す穴があるだろ」
「あ、ほんとだ。六角形の穴があるね」
「ああ。それにハンドルを挿して、回せば屋根が出てくるんだ。もちろん折りたたみだからあまり頑丈じゃないんだが」
「へ~、便利だ。雨の日でも外でご飯食べられるんだね。最近の家ってなんでもできるんだなぁ……」
「まあその、金はかかるけどな。でも、それで快適な暮らしができるなら、かけられる金はかけておくべきだから」
雨の日に外で飯を食うことは想定していなかったが、遊紗が望むならそれもありだな。
「台風は耐えられる?」
「……うーん。風がめちゃくちゃ強くなければ。あまりに強い時は屋根を出さない方がいいな」
「そっか」
「それはそうと、雨の日に外で飯を食いたいのはどうしてだ?」
「ん? ああ。僕、雨の匂いとか好きなんだ。音も。ちょっと物悲しくなる感じとか。だから、そういうのを感じながら食べられたらいいなと思って」
「そうなのか」
遊紗は結構そういうの好きだよな。虫も好きみたいだし。俺は都会育ちのせいか、そういう自然的なことは興味を惹かれない。遊紗が楽しそうに話すから、俺もそれを感じてみようとは思うけど。
当たり前だが、見えている世界が全然違う。一緒に住む中で、そういう部分も少しずつ共有出来たら、きっと世界が広がるのだろう。
好きな人にそんなことを言われて、嬉しくない人間がいるだろうか。いや、いない。俺も例に違わず、耳まで真っ赤になってしまった。
そもそも、俺も遊沙も同性愛者ではない。しかも、両方恋愛未経験者ときた。だから互いの恋愛に手探りの状態だ。俺は俺で出来ることをやっているが、それが遊沙にとって嬉しいことであるのかどうかは全く分からない。同性愛者同士、異性同士の恋愛だって難しいのに、この関係はそれ以上に難しい。
一緒にいるときは天国のような心地で、ふとした瞬間に不安で堪らなくなる。遊沙は感情の機微が控えめな上、遠慮する性格だから、気付かぬうちに間違った選択をしていないかが怖い。
だから、こうして言葉で『嬉しい』と言ってくれると安心するのだ。嫌がられていないという事実だけでこんなに嬉しくなれるなんて、恋愛というものはコスパがいい。……同時にコスパが悪いこともあるが。
新しい家について遊沙の印象も良い様なので、案内する方も捗る。
二階の部屋は全て見せ終わって、最後にバルコニーを見せた時のこと。
「ねえ、有栖。ちょっと一階に降りて、外から僕の方見てくれない?」
とよく分からない提案をされた。首を傾げながらも言われたとおりに一階に降り、外に出る。見上げると、バルコニーの手すりに腕を乗せた遊沙が、身を乗り出してこちらを見下ろしていた。それを見た途端、不意に会ったばかりのことが脳裏をよぎった。
「見て見て、ほら。初めて会った時みたいでしょ?」
そう言って笑う彼は天使か何かなのだろうか。バルコニー付けて良かった。建築会社さんに感謝。
せっかく降りてきたので、
「何か言いたいことでも?」
当時自分が言ったことをなぞってみた。すると、遊沙が一瞬きょとんとして、それから理解したように笑った。彼も俺の意図に沿って返事をしてくれる。
「いや、努力してるんだなって思って」
「何だ? 俺は生まれたときから完璧だとでも……ふはっ、思っていたのか?」
途中で笑みを堪えきれなくなって、思わず噴き出してしまった。当時のことはかなり印象に残っているので、言ったことも割と覚えている。さながらロミオとジュリエットのように、バルコニーの上と下で笑い合っていると、遊沙の横から冴木が顔を出した。
「何を楽しそうなことしているんだい?」
「ちょっと当時のことを思い出してました」
「俺もだ。意外と覚えているもんだな」
「ああ、例のコテージのことかな。二人の思い出になっているなら、私もあれを企画した甲斐があったというものだよ」
冴木も和やかに笑う。『そろそろ降りようか』と遊沙に声をかけると、二人纏めて部屋に引っ込んだ。
そのまま一階に降りてきたので、三人でウッドデッキを見て回った。夜は寝転がって星を見たり、バーベキューをしたりできること、雨の日は屋根をつけられることを説明する。
「屋根はどうやってつけるの?」
「実は可動式の屋根が壁の中に格納されてるんだ。えっと、そこにハンドルを挿す穴があるだろ」
「あ、ほんとだ。六角形の穴があるね」
「ああ。それにハンドルを挿して、回せば屋根が出てくるんだ。もちろん折りたたみだからあまり頑丈じゃないんだが」
「へ~、便利だ。雨の日でも外でご飯食べられるんだね。最近の家ってなんでもできるんだなぁ……」
「まあその、金はかかるけどな。でも、それで快適な暮らしができるなら、かけられる金はかけておくべきだから」
雨の日に外で飯を食うことは想定していなかったが、遊紗が望むならそれもありだな。
「台風は耐えられる?」
「……うーん。風がめちゃくちゃ強くなければ。あまりに強い時は屋根を出さない方がいいな」
「そっか」
「それはそうと、雨の日に外で飯を食いたいのはどうしてだ?」
「ん? ああ。僕、雨の匂いとか好きなんだ。音も。ちょっと物悲しくなる感じとか。だから、そういうのを感じながら食べられたらいいなと思って」
「そうなのか」
遊紗は結構そういうの好きだよな。虫も好きみたいだし。俺は都会育ちのせいか、そういう自然的なことは興味を惹かれない。遊紗が楽しそうに話すから、俺もそれを感じてみようとは思うけど。
当たり前だが、見えている世界が全然違う。一緒に住む中で、そういう部分も少しずつ共有出来たら、きっと世界が広がるのだろう。
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