憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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親心は複雑で(冴木視点)

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有栖が遊紗くんを避け始め、遊紗くんからどうしてか聞かれたのだけど、私は答えられなかった。

遊紗くんは有栖にとって初めての友達で、彼のために免許を取ったり、服を買い与えたりととても大事にしている様子だった。
だから、今更気まずくなって、その原因を遊紗くんが認知していないというのは妙な話だった。
遊紗くんは結構のほほんとしているので、無意識に有栖と喧嘩してしまったということも有り得なくはないけれど。


私としても2人が気まずいままだと困る。家の中で会話がないのが過ごしづらいし……。
何か解決策を考えなければ。

私は可香谷さんにLINEを送ってみた。カフェで連絡先を交換して以来、ちょくちょく連絡していた。指示が的確でしっかりしているので、色々と頼ってしまうのだ。
あの時はこちらが話を聞く立場だったけれど、今ではすっかり逆だ。もちろん彼から話を振られることもあるにはあるのだけど。


『……というわけで、こういう場合、私はどうしたらいいでしょうか?』

有栖と遊紗くんの現状を説明して、そう聞いてみる。

『そういう場合、言い方はキツイですが貴方に出来ることはありません。当事者たちが解決するまで見守ってあげてください』

返事は簡素だった。
…………でも、確かにそうなのかもしれない。私は言うなれば部外者で。どちらに原因があるにしても口を挟むのはお門違いなのかも。


結局、ハラハラしながら見守って2、3日経った頃。

「ちょっといいか」

遊紗くんが眠った後に有栖が降りてきて、私に話を振ってきた。

「何だい?」

心配していたことを悟られないように、笑顔で聞く。

「………………。ちょっと言いづらいんだが、俺は遊紗と、その、友人以上の付き合いをすることにした」

「……………えっ?」

一体どういうことだろう。友人以上の? 付き合い?

私が困惑した表情をしていたからか、有栖は詳しく説明してくれた。

まとめると、有栖は遊紗くんのことを恋愛的な意味で好きになってしまって、その気持ちに最近気が付いた。だから気まずくなっていたようだ。
それで、フラれる覚悟で遊紗くんに話し、遊紗くんは1度渋ったものの、有栖を受け入れてくれた、ということだった。

「あんたには迷惑をかけるが、見守ってくれると嬉しい」

最後にそう言って、2階に上がって行ってしまった。

…………大切な、それこそ息子のような存在の彼からそう言われたら、私は口を挟むことは出来ない。
だけど、私の胸の内のモヤモヤはいつまで経っても消えなかった。


――――――――――――†


「急に呼び出してしまってすみません」

私は2日間悩んだ末、可香谷さんに話を聞いてもらうことにした。この胸の内を誰かに聞いて欲しくて、その相手は可香谷さんしかいないと思ったからだ。
そもそも私には仲のいい仕事相手はいても、こういう話をできる人はほとんどいないのだし。

「いえ、ぼくも久々に話したいと思っていましたし、問題ありません」

私が、他人にあまり聞かれたくない話で、話したいことがあると連絡すると、彼は場所と日時を指定してくれた。来てみると予約制の個室がある食事処で、本当にこの方はやることなすことイケメンだなあと思う。


私は有栖が遊紗くんと付き合い始めたことを話した。

「分かってはいるんです。2人の邪魔をしてはいけないし、2人が決めたことだから私は口を出してはいけないって。……けれど、どうしても複雑な気持ちになってしまって」

可香谷さんは黙って聞いてくれている。

「男性同士や女性同士の恋愛があることは知っていました。それが最近尊重されていることも。……ですが、まさか自分の息子……のような存在の彼がそうだったとなると、心のどこかで受け入れられない自分がいます」

「………………」

「心が狭いですよね。時代遅れだな、と私も思っています。でも、それでも、『普通』でいて欲しい、とか、女性と恋愛して一般的な家庭を築いて欲しい、とか思ってしまうんです」

自嘲気味に笑いながら言う私の話を、可香谷さんは真剣に聞いてくれた。

「1つ言いますが、生物学的に見て、同性同士の恋愛は異常です。生き物というものは子孫を残すために存在しています。ですので、子孫を残せない相手との付き合いを望むというのは本来有り得ません。ですから貴方の考えは間違ってはいません」

「…………そう、ですか」

「はい。そもそも人間は他の生き物以上の知性を手に入れてしまったために、他の生き物にはない行動が目立ちます。自殺なんかはその代表的な例ですよね。考え過ぎるから自分で死を選んでしまう」

「確かに、自殺は他の生き物ではあまり聞かないですね」

「ええ。恋愛観も同じです。同性愛どころか、人間は人間ではないものにもそういった感情を抱く場合があります。例えばですが、ネクロフィ――……失礼、これは食事中に話すことではありませんでした。……ハイポクシフィリアというものがありまして、これは自分が窒息しそうになる行為にそういった感情が芽生えるというものです。また、よくあるSMプレイというものも人間特有のものです」

「ハイポ……? そういうのがあるんですね」

「はい。言いかけたものについてはカラスもやるんですが、まあそれは置いておきます。……すみません、話が脱線しましたが、つまり何が言いたいかと言いますと、貴方の気持ちは間違っていませんし、そう思ってしまうことも仕方がないということです」

「…………え、そ、そうですか?」

「そうです。しかし、貴方が口を出さない方がいい、ということもまた、間違っていません」

「と、言いますと……?」

「今の世界人口はだいたいいくらか分かります?」

「ええっと、70億人くらいでしたっけ」

「はい。それだけ人間がいるのに、更に人間が増えたら地球はどうなると思います?」

「それは、まあ、いつかは許容範囲を超えてしまうでしょう」

「その通りです。だから子孫を残せなくてもいいんです。だってこれ以上増えたら地球はたまったもんじゃないんですから。なので、貴方の息子さん……のような彼や、それ以外の同性愛者の方には、好きな人を好きになって欲しいと思っています」

「……なるほど」

「ええ。だから貴方の考えは最初から最後まで何も間違っていません。同性愛を疑問に思うのは当たり前、それを受け入れようと努力されていることも素晴らしいですし、有栖さんのことを思うならば何も言わずに見守ってあげることも、また大事ですから」


無表情ながらも、私の考えを肯定してくれたことが嬉しくて、少し気持ちが楽になった。色々と例を上げて説明してくれて、信憑性を持たせてくれたことも気遣ってくれている感じがしてとても嬉しい。
やはりこの人に聞いてもらって良かった。
肯定した上で、暗に「彼らの自由にさせるように」と有栖達のことを後押ししてくれるあたり、気配り上手なのだと思う。

「話、聞いてくださってありがとうございます。おかげで気が楽になりましたし、2人のこと、私なりに応援してみようと思います」

「いえ、力になれたのなら良かったです。そうですね、それがいいと思います」

「ええと、それでこの席のお代は私が払いますので、伝票をお渡し願えればと思うのですが」

「お断りします」

「えっ」

「貴方のことだ、どうせ有栖さんが稼いだ金は有栖さんのものだとか言って、自分で使える金は少ないのでしょう? ここセッティングしたのもぼくですし、払うのはぼくです。これでも医者ですから稼いでますしね」

「え、なんで分かるんですか? ……いえ、あの、やっぱり私が払います。以前も払ってもらいましたし、これ以上甘える訳には」

「やはりそうですか。貴方はたまには他人に甘えることを覚えたら如何ですか? この前連れて来た……ええっと遊紗さん? と同じ匂いがしますよ。無理をされるとぼくらの仕事が増えるので、ここは甘えてください」

「そ、そうですか。……では、お言葉に甘えます」

迷惑そうな顔をしてそう言われると、従わない訳にもいかない。……迷惑そうなのに、その端々から心配の声色が伺えるのが、余計にそういう気分にさせる。


可香谷さん、モテるだろうな。
有栖が遊紗くんに惹かれたのもきっとこういう風なきっかけがあったのだろうかと思うと、少し彼の気持ちが分かった気がした。
私は可香谷さんに恋愛的な感情を向けることはないけれど。


有栖が遊紗くんにそういった感情を抱き続ける限り、私は有栖を応援しよう。

それが親の、務めだからね。
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