闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第31話 家族の動きに要注意

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「日向の指摘するとおりだわ。あの人だったら、村中を一気に滅ぼす方法を採るはずよ」
「はあ?」
 なんでそんな過激な可能性になるんだよと、文人は目を丸くする。
「証拠を残さず、悶々とすることもなく、一発で終わるから、ですね」
 それに対し、日向はさすがですと同じ考えに至った毬を褒める。ええっと、つまりどういうことだ。しかし、文人も遅ればせながら理解した。
「ああ、そうか。連続殺人事件、しかも多聞には逃げられているって、ストレスが半端ないってことだな。いつバレるか、いつ復讐されるか。それにビクビクしなきゃならない」
「ええ。臆病で、自分の娘や僕のように非力で下の人間にしか手出しできないような人なんです。そんな人が連続殺人鬼にはなれないんですよ。こっそりやるなんて言語道断。しかも、巌さんはこの村で唯一、葬儀を上げる立場にある。自分で殺した人に対して手厚く念仏を唱えるなんて、臆病な人には無理ですね」
 日向の言葉も容赦ないが、確かにその通りだと頷けた。つまり、巌は白。これは確定なのだ。
「ええ。逆に言えば、力の問題を解決すれば母も繭も一気に黒だわ。それと、焔兄さんも」
「え?」
「あまりに関わりたがらないからよ。でもまあ、そこまでの行動をするに至るか。その可能性が一番低いのは変わらない」
「――」
 容疑者は三人。その全員が早乙女家という状態。しかも、動機があるのは繭か雪。力や技術という点だけ追求すれば焔という状況。
「三人ともが犯人って可能性もあるんだよな」
「――そうね。でも、だったらどうして、あなたを引き込んだのかしら。それが疑問になるわ。あなたの行動は目立っていたから、この村に報告が上がってくるのは当然なんだけど」
「そ、そうなんだ」
「ええ。私たちの情報網はそのくらい凄いのよ。それこそ、インターネットに勝つわ」
毬は自信満々に言い切った。それはまあそうだろうと、文人も素直に同意出来てしまうが。
「そうか。俺がこの村にやって来たのは、操られているかもしれない繭ちゃんに導かれたせいだ」
「ええ、そう。本来ならばあなたに疑惑が向くべきなのにね。それはしていないところが、不思議なのよ。禍になり得る旅人だというのに、それを利用しようとしないところが疑問」
「さらっと酷いことを言うな」
「あら、真実よ」
 呆れる文人と、あっさり言う毬。それに日向は苦笑した。
「ひょっとしたら、繭さんは術とは関係なく、いえ、術を振り切って文人さんを引き入れたのかもしれないですよ」
「え?」
「誰かを止めて欲しかった。もしくはこれから起る惨劇を止めて欲しかったとか」
「どうだろう。禍を呼んだと言っていたけど」
 文人は日向の意見に首を傾げる。しかし、毬は真剣に検証しているようだ。
「そうね。禍が誰に対するものか。その台詞だけじゃあはっきりしていないし」
「ちっ、ややこしいな」
 ともかくまだ、誰もが犯人である可能性があり、結託している可能性だってあるというわけか。
「そうですね。あ、そろそろ葬儀の準備に入らなければならないのでは?」
 日向にそう言われ、毬はそれもあったわと溜め息だ。忙しい。
「じゃあ、日向。あなたは多聞と合流してくれる?早乙女家の中に犯人がいるのだとすれば、多聞の手助けも必要になるし、何より、多聞が危ないわ」
「了解しました」
 どうやらこちらが本来の用事だったらしいなと文人は気付く。というか、やっぱり日向もそういう特殊な訓練を受けているわけか。ますますもって、日向のポジションが謎だ。いや、警察への言い訳の説得力のためか。
ともかく、すでに多聞から連絡を受けている毬が詳しいことを日向に伝え、とはいえ文人にはさっぱり解らない暗号だったが、二人は早乙女家に戻ることになった。
「にしても、どうして二人も殺さなきゃならなかったんだ?」
 これから再び葬式かと思うと、文人はげっそりとしてしまった。だから思わず犯人に文句を言ってしまう。村人たちだって、あんな大変なことを連続してやりたくないだろう。いくらそれが最大の供養だとはいえ、大変だ。
「皆殺しにせず最短のルートを通っているだけでしょう」
「ああ、そう」
 しかし、毬からは犯人がきっちり考えて計画的にやっているという意見しか聞けなかった。より気分がどんよりする。
 そんな気分とは関係なく、空は真夏らしい青空が広がっていた。セミたちも変わらずに姦しく鳴いている。世界は、この村を取り残して回っているかのようだ。
「そうね。過去の因縁を引き受けているこの村は、いつしか時代から取り残されているわ。でも、それでも、必要とされている」
「そう、だな」
 実際にどういうことで必要とされているのか。文人には想像できない。しかし、毬は真っ直ぐと前を向き、自分の信念を、自分たちが守ってきたものを通そうとしている。つまりは、それだけの何かがある証拠だ。
「ともかく、今度は家族の動きに注意しないと。今までは漫然と村の人たちを見ていたけど、今度は見落とさないわ」
「ま、漫然と行動を見張っていたのか?」
「当たり前でしょ?これは村の今後に関わることなんだから」
「――」
 すげえな。正直に文人はそう思った。そして大津の町中で、受験生頑張れとエールを送った自分が恥ずかしくなる。毬は受験生以上に大変なことを、毎日のようにやっているわけだ。自分のような平々凡々の青年が勝てなくて当然ってところか。
 早乙女家に着くと、昨日の今日とあってか、あれこれと準備が手早く進んでいた。
「料理が困るわね。食材は残っていたかしら」
「ああ。それならばあれを出したら?くぎ煮なんかは残ってるわよ」
「そうねえ」
 台所では料理をどうするか。そんな相談がなされている。中心にいるのは雪だ。今日もきっちり和服姿の雪は、その上にエプロンをして首を捻っている。
「さすがにあの林道が使えない状態で行き来は難しいか」
「そうそう。別に魚がなくてもお酒さえあれば大丈夫ですよ。手軽なものにしましょう。お肉なら、イノシシや鹿があるから大丈夫でしょ」
「そうね。後はお野菜を多めに。量だけは確保しましょう」
 どうやら方針は決まったようだが、ジビエ料理と野菜という山の中らしい料理に決まったようだ。
「すげえな。その肉はもちろん」
「ええ。村の男たちが仕留めてきたやつ」
「ですよねえ」
 そしてそれ、猟銃じゃなくて弓矢とかそっち系の武器でですよねえと、文人は今日と明日の料理を思い浮かべて、すげえなと感心。ともかく、雪は今、奥様方と料理中だった。
 と、早乙女家に戻ってきた文人たちは、家族の様子をそれとなく探ることから始めていた。雪に関しては謎が多いだけに、もう少し探りたいところだったが、料理で忙しい今は何か事を起こすこともないだろう。
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