闇の残火―近江に潜む闇―

渋川宙

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第32話 女子高生と議論できるか!

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「えっと。一応は巌さんも確認するのか」
「そうね。ま、着替えていたりお経を読んでいたりするだけでしょうけど」
 すでに巌は容疑者から外れているからか。毬はやる気なしだ。それとも、村の乙女たちに手出しをする不逞の輩だからだろうか。
「殺すなよ」
 思わず文人はそう注意してしまう。すると、毬は意外そうな顔をしていた。
「なんで?」
 そんな注意を受ける覚えはない。そんな顔をしている。それが文人には意外だ。てっきりこの場で懲らしめるつもりだったのかと思ったのに。
「えっと、だってさ」
「誰に手を出していようと、この村では仕方ないことよ。仕事の一部だもの」
「――」
 その納得の仕方は絶対に駄目なやつ。そう思うも、注意として言葉にならなかった。そもそもこの村では仕方ないって。
「スパイ映画を考えれば解るじゃない。女性の最大の武器って何?」
「あ、ああ。ハニートラップってこと」
「そう。それを仕込むのが父親だったってだけで終わるわ」
「――」
 あの、もう少し言い方が何とかなりませんか。そう思う文人は遠い目をしてしまった。ともかく、虐待ではないぞってことなのか。事実、繭は中学生とは思えない妖艶さを纏っていた。それは、ああ、そういうことか。文人はがっくしと肩を落とす。
「実際、最初を狙うのもそういうニュアンスがあるためよ。セックスに対して淡泊にするためって言うか。好きな人が出来てもやりにくくするためっていうか。ま、絶対的な力で来られると、その先も有利だしね。使う側は。そして逆に、そういう方面をやらないって決めている場合は、絶対にやらないようにしちゃうのよ。やり方はそれぞれあるんだけどね」
「ええっと」
 話がまた凄い方向に進んできたなと、文人は顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。
「私はやらないって決めているけど、でも、それはここの当主候補だから。今のところは何もなしね。とはいえ、性に関しては淡泊だと自分で思うわ。というか、この村にいたらセックスに理想を見る人なんていないんだけど」
「――勘弁してくれ」
 色んなものが崩れるよと、文人は思わずそう呟く。これでも十九歳。あれこれと考えちゃうお年頃だ。思春期ほど過敏ではないとはいえ、セックスだの何だのに興味も理想もあるのだ。それを悉く粉砕しないでもらいたい。

「あら?ごめんなさい。でも、何がいいわけ?」
「何がって。女子高生と議論できるか!」
 思わず文人は怒鳴ってしまった。すると、手伝いに来ていた人たちがびっくりしてこちらを見る。文人はより顔を赤くしてしまった。
「ま、文人はどこまでも普通ってことよね」
「当たり前だろ」
 文人はあくまで、歴史が好きな、そして民俗学が大好きな、ちょっとオタクじみているだけの青年なのだ。しかも本をよく読む、文学青年でもある。どこをどう取っても、今時の若者とは違うものの、普通の若者だ。こんな歴史の闇どっぷりの村の感覚とは違う。
「あら。でも、普通の人よりこういう話に耐性はあるでしょ?」
「ま、まあ。ないとは言わないけどさ。言わないけどよう」
 女子高生に人生の今後の夢を壊されるこちらの身にもなれと、文人はこそっと溜め息を吐いた。しかし、鋭い視線を感じてびくっと身体が動いた。
「意外ね」
 その視線の主はもちろん焔だ。その敵意丸出しの視線に、毬が目を丸くしたほどだ。
「い、意外?」
 毬の顔を見て引っ込んでいった焔だが、毬の反応も不可解で文人はええっと驚くしかない。
「何にも興味ないはずの人なのに、文人のことは気になるし、気に入らないみたい。面白いわ」
「お、面白くないです」
 どこに面白さがあるんだと、文人は顔を真っ青にした。ヤバいじゃん。妹に集る害虫として駆除されちゃうじゃん。川に浮かぶ羽目になるじゃん。
「大丈夫よ。私が守るから」
「いや、だからさ」
 それがより焔からすると楽しくないんじゃないのと、文人は気になってしまう。ひょっとして、焔ってシスコンかもしれないじゃん。いや、その可能性はめちゃくちゃ高いと思う。
「へえ。そうなの?」
「お前はなあ。男ってわりと馬鹿だぞ。みんな日向のように頭は良くねえんだよ。解るか?」
「そうね。日向は頭がいいわ」
「――」
 そこ、さらっと認めるなよと、文人はがっくりだ。しかし、焔への印象ががらりと変わった瞬間でもある。そして、犯人最有力候補になった瞬間でもあった。
「面倒臭がりを動かすほどの理由になるの?」
 当事者の毬は解らないと首を傾げた。あれだけ鋭い指摘をあちこちでやっておいて、自分のことは解らないのか。
「なるだろうよ。ほら、お前に負担を掛けたくないって思っているとか」
「あら?だったら兄さんが当主を継げばいいだけでしょ。本末転倒もいいところだわ」
「まあ、そうだけどさ」
 違うんだよなあと、文人は上手く説明できなくて困ってしまう。そういう、家を守りたいとか、仕事の負担を減らしたいとか、そういう意味じゃないと思うのだが、それで毬は納得しない。そうだ。彼女には普通というものが存在しない。それを、苦痛とは思っていないのだが、知らないのだ。
「それより、父のところに行きましょう」
「そうだな」
 色々と、色々と問題のある家。その問題の天辺にいて臆病だという巌の元に、二人揃って赴いた。巌の部屋は屋敷の南側の奥にあった。
「どうした?」
 予想に違わず墨染めの衣を纏って読経中だった巌は、毬と文人が来たことに心底驚いているようだった。
「段取りの確認です。昨日の今日とはいえ、麻央さんの葬儀ですもの。ちゃんとしたいんです」
 毬は平然とそんなことを言う。しかも、それが揺さぶりになると解っていて言うのだから、この子の心臓には毛が生えているに違いない。
「そ、そうだな。まさか、江崎のところに続いて駒形のところにまで」
 その巌の目はちょっと泳いでいた。どうやらどちらとも何かあったようだ。しかし、芹奈を手籠めにしたとあれば毬にばれているだろうから、こちらとは何もなかったのだろうと文人は思っている。が、何かはやらかしているらしい。この親父。
「うら若き乙女ばかり、困ったものです」
「ああ、うん。そうだな。駒形の子はうちの焔と一緒になるんじゃないかと、そう思っていたのになあ」
「ええ」
 白々しい会話の応酬だ。とても親子の会話とは思えない。
「段取りとしては、いつもの通り、夕方の六時から通夜を始める。その前に湯灌だが、今回も難しいんだろうな」
「ええ。ですので、前回と同じで大丈夫でしょう」
「解った。では、ほぼ江崎の時と同じだ」
「了解しました」
 毬は頷くと、すぐに立ち上がった。それに文人も続こうとしたが
「ああ。待ちなさい。古関君」
 と呼び止められる。一体何だとビビったが、毬はすぐそこにいるからと言い残して、先に部屋を出て行ってしまった。おかげで部屋には二人きり。文人はあれこれ聞いてしまった後だけに、何だかそわそわとしてしまう。
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