32 / 42
第32話 女子高生と議論できるか!
しおりを挟む
「えっと。一応は巌さんも確認するのか」
「そうね。ま、着替えていたりお経を読んでいたりするだけでしょうけど」
すでに巌は容疑者から外れているからか。毬はやる気なしだ。それとも、村の乙女たちに手出しをする不逞の輩だからだろうか。
「殺すなよ」
思わず文人はそう注意してしまう。すると、毬は意外そうな顔をしていた。
「なんで?」
そんな注意を受ける覚えはない。そんな顔をしている。それが文人には意外だ。てっきりこの場で懲らしめるつもりだったのかと思ったのに。
「えっと、だってさ」
「誰に手を出していようと、この村では仕方ないことよ。仕事の一部だもの」
「――」
その納得の仕方は絶対に駄目なやつ。そう思うも、注意として言葉にならなかった。そもそもこの村では仕方ないって。
「スパイ映画を考えれば解るじゃない。女性の最大の武器って何?」
「あ、ああ。ハニートラップってこと」
「そう。それを仕込むのが父親だったってだけで終わるわ」
「――」
あの、もう少し言い方が何とかなりませんか。そう思う文人は遠い目をしてしまった。ともかく、虐待ではないぞってことなのか。事実、繭は中学生とは思えない妖艶さを纏っていた。それは、ああ、そういうことか。文人はがっくしと肩を落とす。
「実際、最初を狙うのもそういうニュアンスがあるためよ。セックスに対して淡泊にするためって言うか。好きな人が出来てもやりにくくするためっていうか。ま、絶対的な力で来られると、その先も有利だしね。使う側は。そして逆に、そういう方面をやらないって決めている場合は、絶対にやらないようにしちゃうのよ。やり方はそれぞれあるんだけどね」
「ええっと」
話がまた凄い方向に進んできたなと、文人は顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。
「私はやらないって決めているけど、でも、それはここの当主候補だから。今のところは何もなしね。とはいえ、性に関しては淡泊だと自分で思うわ。というか、この村にいたらセックスに理想を見る人なんていないんだけど」
「――勘弁してくれ」
色んなものが崩れるよと、文人は思わずそう呟く。これでも十九歳。あれこれと考えちゃうお年頃だ。思春期ほど過敏ではないとはいえ、セックスだの何だのに興味も理想もあるのだ。それを悉く粉砕しないでもらいたい。
「あら?ごめんなさい。でも、何がいいわけ?」
「何がって。女子高生と議論できるか!」
思わず文人は怒鳴ってしまった。すると、手伝いに来ていた人たちがびっくりしてこちらを見る。文人はより顔を赤くしてしまった。
「ま、文人はどこまでも普通ってことよね」
「当たり前だろ」
文人はあくまで、歴史が好きな、そして民俗学が大好きな、ちょっとオタクじみているだけの青年なのだ。しかも本をよく読む、文学青年でもある。どこをどう取っても、今時の若者とは違うものの、普通の若者だ。こんな歴史の闇どっぷりの村の感覚とは違う。
「あら。でも、普通の人よりこういう話に耐性はあるでしょ?」
「ま、まあ。ないとは言わないけどさ。言わないけどよう」
女子高生に人生の今後の夢を壊されるこちらの身にもなれと、文人はこそっと溜め息を吐いた。しかし、鋭い視線を感じてびくっと身体が動いた。
「意外ね」
その視線の主はもちろん焔だ。その敵意丸出しの視線に、毬が目を丸くしたほどだ。
「い、意外?」
毬の顔を見て引っ込んでいった焔だが、毬の反応も不可解で文人はええっと驚くしかない。
「何にも興味ないはずの人なのに、文人のことは気になるし、気に入らないみたい。面白いわ」
「お、面白くないです」
どこに面白さがあるんだと、文人は顔を真っ青にした。ヤバいじゃん。妹に集る害虫として駆除されちゃうじゃん。川に浮かぶ羽目になるじゃん。
「大丈夫よ。私が守るから」
「いや、だからさ」
それがより焔からすると楽しくないんじゃないのと、文人は気になってしまう。ひょっとして、焔ってシスコンかもしれないじゃん。いや、その可能性はめちゃくちゃ高いと思う。
「へえ。そうなの?」
「お前はなあ。男ってわりと馬鹿だぞ。みんな日向のように頭は良くねえんだよ。解るか?」
「そうね。日向は頭がいいわ」
「――」
そこ、さらっと認めるなよと、文人はがっくりだ。しかし、焔への印象ががらりと変わった瞬間でもある。そして、犯人最有力候補になった瞬間でもあった。
「面倒臭がりを動かすほどの理由になるの?」
当事者の毬は解らないと首を傾げた。あれだけ鋭い指摘をあちこちでやっておいて、自分のことは解らないのか。
「なるだろうよ。ほら、お前に負担を掛けたくないって思っているとか」
「あら?だったら兄さんが当主を継げばいいだけでしょ。本末転倒もいいところだわ」
「まあ、そうだけどさ」
違うんだよなあと、文人は上手く説明できなくて困ってしまう。そういう、家を守りたいとか、仕事の負担を減らしたいとか、そういう意味じゃないと思うのだが、それで毬は納得しない。そうだ。彼女には普通というものが存在しない。それを、苦痛とは思っていないのだが、知らないのだ。
「それより、父のところに行きましょう」
「そうだな」
色々と、色々と問題のある家。その問題の天辺にいて臆病だという巌の元に、二人揃って赴いた。巌の部屋は屋敷の南側の奥にあった。
「どうした?」
予想に違わず墨染めの衣を纏って読経中だった巌は、毬と文人が来たことに心底驚いているようだった。
「段取りの確認です。昨日の今日とはいえ、麻央さんの葬儀ですもの。ちゃんとしたいんです」
毬は平然とそんなことを言う。しかも、それが揺さぶりになると解っていて言うのだから、この子の心臓には毛が生えているに違いない。
「そ、そうだな。まさか、江崎のところに続いて駒形のところにまで」
その巌の目はちょっと泳いでいた。どうやらどちらとも何かあったようだ。しかし、芹奈を手籠めにしたとあれば毬にばれているだろうから、こちらとは何もなかったのだろうと文人は思っている。が、何かはやらかしているらしい。この親父。
「うら若き乙女ばかり、困ったものです」
「ああ、うん。そうだな。駒形の子はうちの焔と一緒になるんじゃないかと、そう思っていたのになあ」
「ええ」
白々しい会話の応酬だ。とても親子の会話とは思えない。
「段取りとしては、いつもの通り、夕方の六時から通夜を始める。その前に湯灌だが、今回も難しいんだろうな」
「ええ。ですので、前回と同じで大丈夫でしょう」
「解った。では、ほぼ江崎の時と同じだ」
「了解しました」
毬は頷くと、すぐに立ち上がった。それに文人も続こうとしたが
「ああ。待ちなさい。古関君」
と呼び止められる。一体何だとビビったが、毬はすぐそこにいるからと言い残して、先に部屋を出て行ってしまった。おかげで部屋には二人きり。文人はあれこれ聞いてしまった後だけに、何だかそわそわとしてしまう。
「そうね。ま、着替えていたりお経を読んでいたりするだけでしょうけど」
すでに巌は容疑者から外れているからか。毬はやる気なしだ。それとも、村の乙女たちに手出しをする不逞の輩だからだろうか。
「殺すなよ」
思わず文人はそう注意してしまう。すると、毬は意外そうな顔をしていた。
「なんで?」
そんな注意を受ける覚えはない。そんな顔をしている。それが文人には意外だ。てっきりこの場で懲らしめるつもりだったのかと思ったのに。
「えっと、だってさ」
「誰に手を出していようと、この村では仕方ないことよ。仕事の一部だもの」
「――」
その納得の仕方は絶対に駄目なやつ。そう思うも、注意として言葉にならなかった。そもそもこの村では仕方ないって。
「スパイ映画を考えれば解るじゃない。女性の最大の武器って何?」
「あ、ああ。ハニートラップってこと」
「そう。それを仕込むのが父親だったってだけで終わるわ」
「――」
あの、もう少し言い方が何とかなりませんか。そう思う文人は遠い目をしてしまった。ともかく、虐待ではないぞってことなのか。事実、繭は中学生とは思えない妖艶さを纏っていた。それは、ああ、そういうことか。文人はがっくしと肩を落とす。
「実際、最初を狙うのもそういうニュアンスがあるためよ。セックスに対して淡泊にするためって言うか。好きな人が出来てもやりにくくするためっていうか。ま、絶対的な力で来られると、その先も有利だしね。使う側は。そして逆に、そういう方面をやらないって決めている場合は、絶対にやらないようにしちゃうのよ。やり方はそれぞれあるんだけどね」
「ええっと」
話がまた凄い方向に進んできたなと、文人は顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。
「私はやらないって決めているけど、でも、それはここの当主候補だから。今のところは何もなしね。とはいえ、性に関しては淡泊だと自分で思うわ。というか、この村にいたらセックスに理想を見る人なんていないんだけど」
「――勘弁してくれ」
色んなものが崩れるよと、文人は思わずそう呟く。これでも十九歳。あれこれと考えちゃうお年頃だ。思春期ほど過敏ではないとはいえ、セックスだの何だのに興味も理想もあるのだ。それを悉く粉砕しないでもらいたい。
「あら?ごめんなさい。でも、何がいいわけ?」
「何がって。女子高生と議論できるか!」
思わず文人は怒鳴ってしまった。すると、手伝いに来ていた人たちがびっくりしてこちらを見る。文人はより顔を赤くしてしまった。
「ま、文人はどこまでも普通ってことよね」
「当たり前だろ」
文人はあくまで、歴史が好きな、そして民俗学が大好きな、ちょっとオタクじみているだけの青年なのだ。しかも本をよく読む、文学青年でもある。どこをどう取っても、今時の若者とは違うものの、普通の若者だ。こんな歴史の闇どっぷりの村の感覚とは違う。
「あら。でも、普通の人よりこういう話に耐性はあるでしょ?」
「ま、まあ。ないとは言わないけどさ。言わないけどよう」
女子高生に人生の今後の夢を壊されるこちらの身にもなれと、文人はこそっと溜め息を吐いた。しかし、鋭い視線を感じてびくっと身体が動いた。
「意外ね」
その視線の主はもちろん焔だ。その敵意丸出しの視線に、毬が目を丸くしたほどだ。
「い、意外?」
毬の顔を見て引っ込んでいった焔だが、毬の反応も不可解で文人はええっと驚くしかない。
「何にも興味ないはずの人なのに、文人のことは気になるし、気に入らないみたい。面白いわ」
「お、面白くないです」
どこに面白さがあるんだと、文人は顔を真っ青にした。ヤバいじゃん。妹に集る害虫として駆除されちゃうじゃん。川に浮かぶ羽目になるじゃん。
「大丈夫よ。私が守るから」
「いや、だからさ」
それがより焔からすると楽しくないんじゃないのと、文人は気になってしまう。ひょっとして、焔ってシスコンかもしれないじゃん。いや、その可能性はめちゃくちゃ高いと思う。
「へえ。そうなの?」
「お前はなあ。男ってわりと馬鹿だぞ。みんな日向のように頭は良くねえんだよ。解るか?」
「そうね。日向は頭がいいわ」
「――」
そこ、さらっと認めるなよと、文人はがっくりだ。しかし、焔への印象ががらりと変わった瞬間でもある。そして、犯人最有力候補になった瞬間でもあった。
「面倒臭がりを動かすほどの理由になるの?」
当事者の毬は解らないと首を傾げた。あれだけ鋭い指摘をあちこちでやっておいて、自分のことは解らないのか。
「なるだろうよ。ほら、お前に負担を掛けたくないって思っているとか」
「あら?だったら兄さんが当主を継げばいいだけでしょ。本末転倒もいいところだわ」
「まあ、そうだけどさ」
違うんだよなあと、文人は上手く説明できなくて困ってしまう。そういう、家を守りたいとか、仕事の負担を減らしたいとか、そういう意味じゃないと思うのだが、それで毬は納得しない。そうだ。彼女には普通というものが存在しない。それを、苦痛とは思っていないのだが、知らないのだ。
「それより、父のところに行きましょう」
「そうだな」
色々と、色々と問題のある家。その問題の天辺にいて臆病だという巌の元に、二人揃って赴いた。巌の部屋は屋敷の南側の奥にあった。
「どうした?」
予想に違わず墨染めの衣を纏って読経中だった巌は、毬と文人が来たことに心底驚いているようだった。
「段取りの確認です。昨日の今日とはいえ、麻央さんの葬儀ですもの。ちゃんとしたいんです」
毬は平然とそんなことを言う。しかも、それが揺さぶりになると解っていて言うのだから、この子の心臓には毛が生えているに違いない。
「そ、そうだな。まさか、江崎のところに続いて駒形のところにまで」
その巌の目はちょっと泳いでいた。どうやらどちらとも何かあったようだ。しかし、芹奈を手籠めにしたとあれば毬にばれているだろうから、こちらとは何もなかったのだろうと文人は思っている。が、何かはやらかしているらしい。この親父。
「うら若き乙女ばかり、困ったものです」
「ああ、うん。そうだな。駒形の子はうちの焔と一緒になるんじゃないかと、そう思っていたのになあ」
「ええ」
白々しい会話の応酬だ。とても親子の会話とは思えない。
「段取りとしては、いつもの通り、夕方の六時から通夜を始める。その前に湯灌だが、今回も難しいんだろうな」
「ええ。ですので、前回と同じで大丈夫でしょう」
「解った。では、ほぼ江崎の時と同じだ」
「了解しました」
毬は頷くと、すぐに立ち上がった。それに文人も続こうとしたが
「ああ。待ちなさい。古関君」
と呼び止められる。一体何だとビビったが、毬はすぐそこにいるからと言い残して、先に部屋を出て行ってしまった。おかげで部屋には二人きり。文人はあれこれ聞いてしまった後だけに、何だかそわそわとしてしまう。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
紙の本のカバーをめくりたい話
みぅら
ミステリー
紙の本のカバーをめくろうとしたら、見ず知らずの人に「その本、カバーをめくらない方がいいですよ」と制止されて、モヤモヤしながら本を読む話。
男性向けでも女性向けでもありません。
カテゴリにその他がなかったのでミステリーにしていますが、全然ミステリーではありません。
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
無限の迷路
葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
孤独の旅路に伴侶をもとめて
spell breaker!
ミステリー
気づいたとき、玲也(れいや)は見知らぬ山を登っていた。山頂に光が瞬いているので、それをめざして登るしかない。
生命の息吹を感じさせない山だった。そのうち濃い霧が発生しはじめる。
と、上から誰かがくだってきた。霧のなかから姿を現したのは萌(もえ)と名のる女だった。
玲也は萌とともに行動をともにするのだが、歩くにしたがい二人はなぜここにいるのか思い出していく……。
※本作は『小説家になろう』さまでも公開しております。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる