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幸福の燕
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「うむ。欧羅巴(現地)の流行りの柄を肌で知る健斗殿の考えるデザインは、やはり輸出品に向いているとみえる。我が社で生産する繭玉は、全て健斗殿の所へ納めさせてもらおう。君の気概を買っているよ」
「ありがとうございます」
健斗が生き生きしているのが分かる。自分には出来ないことを堂々とやってのける健斗を、楓は眩しく感じた。
(素晴らしい方……。私なんか、隣に居て申し訳ないくらい……)
それでも今、この場で健斗の妻として求められるのなら、精いっぱい笑顔で居よう。楓は背筋をしゃんと伸ばして、優雅に健斗の傍で微笑んでいた。
「三浦さま。ようこそおいでくださいました」
次に健斗があいさつしたのは、少し白髪の交じったたれ目のやさしそうな男性と、その隣に座る頬がふっくらとした女性だった。三浦、という名を聞いて楓は早川から聞いた峯山製糸の取引先を思い出した。この人は貿易商の社長で、峯山製糸の織物も扱っているのだった。つまり、峯山製糸の製品を海外展開するうえで、欠かせない人物なのだ。
「健斗くん、この度はおめでとう。一匹狼の孤軍奮闘劇かと思っていたが、かわいらしい奥さんで良かったじゃないか」
「そうですね。自分も経験が浅く、がむしゃらに頑張るしかないと思っていましたが、妻が私のことを公私ともに細やかにサポートしてくれるので、仕事の効率が一層上がりました。食には頓着しない性質だと思っていたのですが、妻の料理が美味しく感じるようになり、彼女には本当に感謝しています」
言葉の全てが本当ではないとはいえ、健斗の言葉が嬉しくて、喜びすぎないよう、手をぎゅっと握る。
「ははは。健斗くんののろけが聞けるようになるとはな。少し顔つきも変わったね。良いことだよ」
「恐れ入ります」
三浦と健斗の会話が一区切りしたところで楓は三浦の前に一歩進みでる。
「三浦さま、お目通りが叶い、ありがとうございます。先月には初めてのお孫さまがご誕生とお伺いしました。ささやかではございますが、お祝いの品をご用意させて頂きましたので、お受け取りいただけますと幸いです」
そう言って傍に控えていた早川から包みを渡す。三浦が受け取り、包みを開けるとそこには若々しい朱の鮮やかな椿の着物と、菊松合わせの花菱亀甲文様の帯があった。椿は厄病を遠ざけると言われており、また菊は邪気払いを意味し、両柄とも一般的によく使われる。他にも松と花菱亀甲は長寿をあらわし、生まれたばかりの初孫に贈るにふさわしい柄だった。
「ほう、素敵な着物と帯だ。縁起が良くて、実に美しい。金糸銀糸の刺繍も見事だ」
「本来だったら内々のことですのに、嬉しい贈り物だこと」
夫妻がそれぞれに喜びを述べると、柄に見覚えのあった健斗は恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます。これは当社の新柄なのです」
「なんと、健斗くんの所で織ったものか。ますます大事にしなくてはな。ありがとう、楓さん」
和やかに話が運び、楓も一安心する。
「ところで楓さん。あなたのそのブローチ、とても素敵だわ。エドワーディアンね」
三浦夫人が楓に話を剥ける。今日のドレスには運を呼ぶと言われている燕のブローチを合わせている。桜と燕は季節を前後して共有しており、季節の移り変わりを表現できると健斗が見繕ってくれたものだ。
「はい。旦那さまが選んでくださったのです。三浦さまのブローチと似ていますね」
「そうね、私のものも主人が贈ってくれたものなのよ。細工は違うけど、おそろいね」
楓のブローチはプラチナの彫金細工でどちらかと言うと平面的なデザインのものだった。いっぽう三浦夫人のものは、金の立体彫りで、目の部分にサファイアがはめられている。
楽しそうにアクセサリーの話をする夫人に、楓もつられて微笑む。お互い、大切なひとから贈られたものを身に着けられる幸せを感じられた。
「三浦さまと共に、幸運を頂けるかもしれません」
「まあ、それは私の台詞よ」
ころころと笑う夫人が、もう一度着物の礼を言う。
「本当に素敵な贈り物をありがとう。娘にもあなたのこと、伝えるわ」
そう言って三浦夫婦がそれぞれ楓に礼を言うと、健斗はもう一度夫婦に頭を下げた。
「私たちも三浦さまたちのように、末永く睦まじい夫婦でありたいと思っております。どうぞこれからも私たちの見本となるようなご夫婦でいらっしゃってください」
「ははは。氷の貴公子の心を融かした楓さんとなら、大丈夫だろう。君たちも末永く幸せにな」
「はい、ありがとうございます」
最後に二人で三浦夫妻に頭を下げる。彼らから下がったところで健斗が楓に耳打ちをした。
「ありがとうございます」
健斗が生き生きしているのが分かる。自分には出来ないことを堂々とやってのける健斗を、楓は眩しく感じた。
(素晴らしい方……。私なんか、隣に居て申し訳ないくらい……)
それでも今、この場で健斗の妻として求められるのなら、精いっぱい笑顔で居よう。楓は背筋をしゃんと伸ばして、優雅に健斗の傍で微笑んでいた。
「三浦さま。ようこそおいでくださいました」
次に健斗があいさつしたのは、少し白髪の交じったたれ目のやさしそうな男性と、その隣に座る頬がふっくらとした女性だった。三浦、という名を聞いて楓は早川から聞いた峯山製糸の取引先を思い出した。この人は貿易商の社長で、峯山製糸の織物も扱っているのだった。つまり、峯山製糸の製品を海外展開するうえで、欠かせない人物なのだ。
「健斗くん、この度はおめでとう。一匹狼の孤軍奮闘劇かと思っていたが、かわいらしい奥さんで良かったじゃないか」
「そうですね。自分も経験が浅く、がむしゃらに頑張るしかないと思っていましたが、妻が私のことを公私ともに細やかにサポートしてくれるので、仕事の効率が一層上がりました。食には頓着しない性質だと思っていたのですが、妻の料理が美味しく感じるようになり、彼女には本当に感謝しています」
言葉の全てが本当ではないとはいえ、健斗の言葉が嬉しくて、喜びすぎないよう、手をぎゅっと握る。
「ははは。健斗くんののろけが聞けるようになるとはな。少し顔つきも変わったね。良いことだよ」
「恐れ入ります」
三浦と健斗の会話が一区切りしたところで楓は三浦の前に一歩進みでる。
「三浦さま、お目通りが叶い、ありがとうございます。先月には初めてのお孫さまがご誕生とお伺いしました。ささやかではございますが、お祝いの品をご用意させて頂きましたので、お受け取りいただけますと幸いです」
そう言って傍に控えていた早川から包みを渡す。三浦が受け取り、包みを開けるとそこには若々しい朱の鮮やかな椿の着物と、菊松合わせの花菱亀甲文様の帯があった。椿は厄病を遠ざけると言われており、また菊は邪気払いを意味し、両柄とも一般的によく使われる。他にも松と花菱亀甲は長寿をあらわし、生まれたばかりの初孫に贈るにふさわしい柄だった。
「ほう、素敵な着物と帯だ。縁起が良くて、実に美しい。金糸銀糸の刺繍も見事だ」
「本来だったら内々のことですのに、嬉しい贈り物だこと」
夫妻がそれぞれに喜びを述べると、柄に見覚えのあった健斗は恭しく頭を下げた。
「ありがとうございます。これは当社の新柄なのです」
「なんと、健斗くんの所で織ったものか。ますます大事にしなくてはな。ありがとう、楓さん」
和やかに話が運び、楓も一安心する。
「ところで楓さん。あなたのそのブローチ、とても素敵だわ。エドワーディアンね」
三浦夫人が楓に話を剥ける。今日のドレスには運を呼ぶと言われている燕のブローチを合わせている。桜と燕は季節を前後して共有しており、季節の移り変わりを表現できると健斗が見繕ってくれたものだ。
「はい。旦那さまが選んでくださったのです。三浦さまのブローチと似ていますね」
「そうね、私のものも主人が贈ってくれたものなのよ。細工は違うけど、おそろいね」
楓のブローチはプラチナの彫金細工でどちらかと言うと平面的なデザインのものだった。いっぽう三浦夫人のものは、金の立体彫りで、目の部分にサファイアがはめられている。
楽しそうにアクセサリーの話をする夫人に、楓もつられて微笑む。お互い、大切なひとから贈られたものを身に着けられる幸せを感じられた。
「三浦さまと共に、幸運を頂けるかもしれません」
「まあ、それは私の台詞よ」
ころころと笑う夫人が、もう一度着物の礼を言う。
「本当に素敵な贈り物をありがとう。娘にもあなたのこと、伝えるわ」
そう言って三浦夫婦がそれぞれ楓に礼を言うと、健斗はもう一度夫婦に頭を下げた。
「私たちも三浦さまたちのように、末永く睦まじい夫婦でありたいと思っております。どうぞこれからも私たちの見本となるようなご夫婦でいらっしゃってください」
「ははは。氷の貴公子の心を融かした楓さんとなら、大丈夫だろう。君たちも末永く幸せにな」
「はい、ありがとうございます」
最後に二人で三浦夫妻に頭を下げる。彼らから下がったところで健斗が楓に耳打ちをした。
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