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一章

19話 卑怯者には制裁を

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「この人は誰なんです、リナルド様」
「あぁ、ロメロも知っているだろう? うちにアウローラ国から来た王子だよ、彼は」

「……あの人質として連れてこられた方ですか。しかし、やたらとリナルド様に無礼な態度を取っている気がするのですが」
「はは。僕がそう思っていないから、いいんだよ」

 と。

馬車の向かいの席に座った二人が小さな声で会話を交わすのは、地獄耳がばっちりと拾っていた。

だが聞こえなかったふりを決めて目を瞑っているうち、馬車は屋敷まで帰ってくる。

 三人で、いや正確にはベッティーナは少し前を早歩きしていたから、一人と二人で書庫のすぐ手前まで行ったところで、執事・フラヴィオに遭遇した。

「……リナルド様。ロメロを連れてこられたのですか!」

 前にいたベッティーナには一瞥だけをくれて、フラヴィオは後方のリナルドに声をかけ目を丸くする。

「うん。どうやら司書長が黒らしくてね。この書庫の封鎖も彼の仕業かもしれない。事情聴取はどうなったんだい?」
「それなら少し前に終わりました。どれもロメロの責にしていて証拠がなかったので、それ以上の詰問はしておりません。少し泳がせていようかと思っていたところです」

「そうか、助かるよ。やはり君は優秀だね」
「とんでもありません。少しでもお役に立てたのならば光栄です」

 フラヴィオは頬を染めて喜色を前面に出し、深々と頭を下げる。

そんな彼にリナルドは下がっているよう命じて、方向を転換した。屋敷内のどこに誰がいるかなんてまったく詳しくないベッティーナは、それについていくしかない。

そうして至ったのは、使用人たちが暮らす部屋のある棟だ。リナルドはその場所を把握しているようで、その一角に迷いなく向かう。

「ベッティーノも、ロメロも角の影に隠れていてくれるか? ロメロは呼んだらでてきてくれ。ベッティーノくんは逃走防止の見張り役だ」

 ロメロはすぐにその作戦命令に従い、少し遅れてベッティーナもそれにならう。
癪ではあったが、はじめから三人であれば警戒されてしまう。この場合、もっとも相手の警戒を解けるのはリナルドだ。

「開けてはくれないか」

 実際、彼がこう声をかけてノックをすれば、司書長はすぐに部屋から顔を出した。

「こ、これはリナルド様。どうされましたか、この部屋までご足労いただくなど……」
「詫びを入れようと思ってきたんだ。さっきはフラヴィオがすまなかったね」
「いえいえ、仕方ありませんよ。すべてはロメロの奴が悪いんです」
「……そうか。そういえば市井書庫に移管する予定だった本が届いていなかったみたいだね」
「あぁ、それも奴の仕業ですよ。盗まれていったみたいですな」

 司書長はどうやら白を切るつもりのようで、あれもこれもロメロのせいだと雄弁する。

 ベッティーナとともに陰からそれを聞いていたロメロは、握りこぶしを固めて怒りに震えていた。

今に飛び出しそうだったのでベッティーナはその拳に手をやり押さえこむ。
そこへ、リナルドから後ろ手に合図があった。指が二度三度くいっと動かされる。

「迷惑な奴ですよ、本当に。仕事の合間にも執筆をして業務怠慢だったうえ、最後は盗難。まったく司書の恥…………」

 目を瞑りながら気持ちよさげに好き勝手、ロメロを罵る司書長。

 だがそれも、そこまでだった。

 リナルドの隣まで出ていったロメロの姿をその視界にとらえると、そこでその口上は止まる。

「な、なんで、お前がいるんだ、ロメロ⁉」

 一転、声が裏返り、その声は廊下に響き渡る。

「僕が呼んだんだよ。司書長」
「り、リナルド様が……?」
「さて、本当のことを話してもらおうか。あんまり嘘を重ねるようだと、この部屋を強制的に調査しなくちゃいけなくなるけど」

 顔も声もいつもと変わらぬ穏やかな響きがあったが、明白な脅しであった。リナルドは精霊を数体呼び出して、自分の背後にちらつかせる。

 突然の窮地に、錯乱したのかもしれない。司書長は半分だけ開けていた扉を一気に開け放つと、叫び声をあげながらベッティーナの隠れていた廊下の角へと全力で走りこんでくる。

 しかも腰元にはナイフを構えていた。

「ベッティーノ君、避けるんだ!」

 と、リナルドから声がかかる。

 しかし、突然の出来事だったから身体は思う様には動いてくれない。とっさの反応、ベッティーナはやるしかなかった。

 右手の中指につけていた指輪に触れて、プルソンを呼び寄せる。

『てめぇ、なんのつもりだァ?』

 事は、その一喝だけで片付いた。

プルソンの姿は見えずとも、放たれる圧倒的に不浄な空気は、魔法も使えぬ常人が耐えうるものではない。


 司書長は、そもそも不安定な精神状態になっていたのだからなおのことだ。

 ナイフが音もなく、足の高いじゅうたんの上にぽとりと落ちる。

後はその場で腰を抜かして、青ざめた顔で、そこで身を震わせていた。
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