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四章 アレンジ料理
四章 アレンジ料理(6)
しおりを挟む数分後、『郷土料理屋・いち』の店内は、閉店後にもかかわらず、いい香りに満ち満ちていた。
それを発するは、テーブルの上に並べられた料理たち。料理人二人は、立ったまま互いに向かい合って、睨みをきかせ合う。それを私は三角形の位置で、まぁまぁと宥める構図だ。
まるで料理対決の雰囲気だった。なぜなら、ひふみさんの持ってきたものも、同じ「ちゃんちゃん焼き」だったからだ。
しかし、こちらはやはり変わり種で、
「どうだ~、今日はちゃんとジンギスカンの下処理してきたよ。嬉しいかなと思って、豚も加えちゃった」
見た目はごった混ぜの野菜炒めにしか見えない。
一方、その隣に置かれた大皿には、これぞ正統派のちゃんちゃん焼きだ。この時点で、優劣ははっきりしていた。
とはいえ、見た目だけで判断するのはよくない。三人で実食をする。まずはひふみさんの作った方からだ。彼女は興奮を抑え切れない様子で私たちの評価を待つが、
「……臭みは抜けていますが、味が渋滞していますね」
「えっと、はい。言いにくいですけど」
やっぱり芳しくない。
一つ一つの具材が悪いわけではないが、どうもごたついている。とくに、二種類の肉が互いに自分の味を主張して、譲り合わない。一方の江本さんが作ったちゃんちゃん焼きはといえば、
「うわ、ずるい! こりゃあ完敗だ。本気出したな?」
「とにかく基本に忠実に作りましたから」
一口めで、あっさり白旗があがるほど、ひふみさんにもばっちりハマったらしい。いくら、ひふみさんの作った方が温め直したものとはいえ、そのハンデを考慮しても、差は歴然だった。
「さすがは、えももだね! 腕上がってる!」
「佐田さんが協力してくれましたから」
私の手柄なんて小さかろう。でも、少しでも力になれたならよかった。頬が緩んでしまう。
満場一致で、雌雄は決した。綺麗に双方の料理をさらえたあと、囲碁に例えるならば感想戦とあいなる。
「アレンジをするなとは申しません。ですが、基本があった上でアレンジがあることをお忘れなきよう」
江本さんは目を瞑って、諭すように言う。
それに対して、受ける側は極めて軽かった。
「はーい、分かったよ」
「そうですか。であれば、もう僕にアレンジ料理で挑むようなことはやめていただければと思います」
うんうんと彼女は頷く。
「じゃあまぁもうやめよっかなぁ。そろそろネタ切れだったし」
あれ、と違和感を覚えるくらい、ほぼ丸呑みだった。
じゃあどうして、彼女はこれまでアレンジ料理に拘り続けたのだろう。今回は料理対決の形式になって明白に勝ち負けがついたとはいえ、同じことを江本さんはずっと伝えてきていたはずだ。
けれど、嵐は去るのも突然だった。
「えもも、さたっち、すごい美味しかったよ! わざわざ私のためにありがとね♪」
私に疑問を残したまま、彼女は帰っていった。
「……拍子抜けしました。もっと食い下がられるかと思ったのですが」
「江本さんも思ったんですね」
「えぇ、なにせここに勤めている間、ずっとの話だったので」
台風一過、二人で少し間考えこむ。お料理探偵にも、さすがにギャルの思考は読めないみたいだった。
「ただまぁとりあえずは、これで問題ないでしょう。今回はありがとうございました」
なんだか消化不良感はあるけれど、ひとまず一件落着……? しかしそう思ったのは、本当の束の間で。
一夜明けて、火曜日、
「昨日の反省活かして、今日は基本に立ち返ってみたよ!」
また、ひふみさんは店を訪れた。またしても手作り料理を携えて。
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