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第2章 鮮烈なるイモータル
第25話 死なずの亡者
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色白の顔がさらに青白くなる。
イドラの背には七支刀を構成する破片が無数に、それも深々と突き刺さっていた。
血に濡れて赤く染まる、透明な破片の先。そこから目をそらすように、ソニアは佇む黄金の眼の怪物を見る。
スクレイピー。その角に依然コーティングされた透明の巨大な七支刀……その枝刃が、ひとつ、なくなっていた。
はたしてソニアはそれを見て、事態を正しく理解できたのだろうか?
魔法によって成型、ないし整形されたガラスの枝は、同じく魔法によってその構成要素を散らした。胴体を覆っていた破片を飛ばしたのと同じく、枝刃のひとつを構成する破片すべてを周囲に向けて吹き飛ばしたのだ。破片手榴弾の爆発のようなものだ。
イドラが庇っていなければ、今頃はソニアがその直撃を受けていただろう。目や喉といった部分に破片が突き刺されば死亡もあり得る。
魔物はおおむね、同種は同じ魔法を使う。だがイモータルは別だ。そもそも同じ個体がおそらくは存在しない。よってイモータルの魔法は千差万別、使われるまでどのような働きをするのかわからず、予測も立てづらい。
「枝分かれした部分はあと……五本。そのたびにこれを受けるのは、流石に御免だな」
よろめきながらイドラが立ち上がる。被弾したのは背中だし、数えるのが馬鹿らしい数の破片が突き刺さっている。今ひとつひとつを引き抜いてマイナスナイフで傷を塞ぐのは無理だ。
「イドラさんっ、わ、わたしっ……ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。あれは防ぎようがない、ソニアは下がっててくれ」
「え——でもひとりだけじゃ」
「問題ない。防げないだけで、あれも気を付ければそうそう死にはしない」
これ以上はソニアには危険すぎる。そう判断したイドラは、震える肩に手を置いてベルチャーナたちの方へ下がるよう諭す。しかしソニアは首を縦には振らず、イドラに重ねて説く時間の余裕もなかった。
枝刃をひとつ失った七支刀を振り上げ、スクレイピーが耳障りな声で鳴く。泥の地面をがりがりと足先で抉り、狂った猛牛のような、今にも目に映るものがなくなるまで突進を繰り返す雰囲気だ。これもまたイモータルには珍しい、動物的な所作だと、ずきずきと背中を刺す痛みの中でイドラは冷静に思った。
(僕も手負い。あいつも手負い。……こうしているとまるで、自分もイモータルになったような気分になる)
生と死の線の上。こうしてイモータルと戦い、どちらに転んでもおかしくない境界線に立っていると、時折そんな錯覚を抱く。
ソニアは自分を不死憑きだと言った。周囲に蔑まれ、いつしか自身でもそう思うようになってしまった。
間違いだ。そんなことは絶対にない。彼女は人間だ。イモータルというのは、傷を負わず、怯まず、恐怖も抱かず、ただ暴れまわる災厄のことだ。
そう。手傷を負うことを前提にし、まるで不死のごとく怪我を即座に完治させ、刃を振るい続ける、自分のような——
「ゥゥ————ゥゥゥゥッ」
「砂にしてやる。お前たちイモータルは、この世にあってはならないものだ」
スクレイピーが飛び跳ね、足を泥で汚しながら近づいてくる。七支刀の内部にはまだ光の筋が張り巡らされていて、枝刃はまたいつ爆発し、破片を巻き散らかしてもおかしくない。
一秒後にその爆発が起きたとしても怯むまい。六年が経っても、なんら姿かたちを変えなかった自身の青い短刀を強く握り、イドラは泥濘《でいねい》を踏む。
その足取りは、墓場へ引き寄せられる亡者のようだった。
「ォォ————!」
「はッ……!」
振り下ろされる角の剣。横へ飛び退いて回避すると、地面を強く打った七支刀は高く泥を撒き散らす。目に入らぬよう咄嗟に左手で顔を覆った刹那、指の間に見えたのは、ガラスの刀身が沈んだ泥中から発せられる淡い白色の光だった。
来る。
その認識さえ遅く、枝刃のひとつを構成するガラス片たちが放たれる。
泥の中に半ば埋める形でそうしたのは、単なる気まぐれだったのか、前兆となる発光を地中に隠す目的があったのか。訊けども答えは返ってこないだろう。
完全に泥に埋まっていた部分は、勢いを吸収されて飛ばなかった。そのため飛来するガラス片の数自体はさっきよりも減っていたが、気が付くのが遅れたぶん回避を許す時間はイドラに与えられず、左半身——特に肩回りを貫いて赤く染める。
——それがどうした。
壊れたのは肩だけだ。それも、マイナスナイフを持たない左の方だ。右の腕はまだ動く。脚も動く。脳も心臓も肺も無事で、自分は正しく呼吸を思考を運動性能を保っている。
だったら問題はない。背や肩を突き刺す透明な破片も、その痛みも、問題はない。
どうせ治せるのだから。戦闘が終われば、また刃物を突き立てる激痛と引き換えに、すぐになかったことにできるのだから。問題はない。
問題はない、はず——
「だめです、イドラさんっ!!」
「……………………ぁ?」
枝刃が四つになった七支刀。それを頭部に携えた怪物へと歩もうとしたところで、ナイフを持つ手が握られる。拳の上からそっと、片手で包み込まれるように。
反射的に見ると、そこには後ろに下がるよう言ったはずのソニアが立っていた。どこかひどく、痛ましいものを前にしたような表情で。
「うまく言えないですけど……そんな風に戦うのは、よくないです」
「よくない? なにを言ってるんだこんな時に。早く逃げろ、スクレイピーの角の剣はまだ四つも枝を残してる。危ないぞ!」
「危ないのはイドラさんもでしょう!? 命の恩人のイドラさんに身勝手なことを言います。わたしのことを遠のかせるのに、自分は進んで怪我を負うような戦い方をするのは、絶対おかしいですっ!」
「僕はいいんだ、問題ない。それよりも早く離れないと、スクレイピーが——」
イドラが言い終えるより先に、透明な刀の先の方を茶色い泥で汚したスクレイピーが、飛び掛かろうと身をたわませる。
「今のイドラさんは自分から傷つこうとしてるみたいで、放っておけません。なにを言われたってわたしはイドラさんを置いていきません! ——氾濫!」
「なっ……!? どうして今、その能力を」
止める間もなくソニアはワダツミを振るう。空を斬る一刀はその能力により、溢れる水を呼び起こす。刀身から湧き出た水流は、天を行く龍のように明確なまとまりを持って敵へ向かっていった。
水を浴びせたところでどうなるというのか。困惑したイドラだったが、頭から水を被ったスクレイピーに異変が起きた。
「ゥ————、ゥ、ゥ、ゥ」
「あれは……なんだ?」
海から吹く風に乗って、ほのかに桃の甘い香りがする。
スクレイピーはその場で地団太を踏むと、痛痒を訴えるかのようにぶるぶると震え出した。様子がおかしい。その目にはもはや、イドラたちが映っていない。
音もなく、無数の欠片によって構成された七支刀が輪郭を崩す。破片同士が結合力を失い、泥の地面へと落下する。
「ゥ、ゥゥ、ゥゥウ——」
スクレイピーはうろうろとその場で回っている。じっとしていられない子どものようだ。
平易な言い方をすれば、弱点だったのだ。水が。
水そのものが直接的に破片の結合を解いたのか、スクレイピーが水を受けて落ち着きを失ったことで七支刀の維持ができなくなったのか、それはイドラにもわからなかったが、ともかく。この機を逃すほど、不死殺しは愚かではなかった。
頭で考えるより先に体が動く。ガラスの最後の破片が地面に落ちるより早く、イドラは敵のそばへと身を滑らせる。
「——」
どぷん。柔らかな泥に足裏が沈む音が聞こえる。ワダツミの氾濫によって生じた水のせいで、泥の地面はより緩く、柔らかくなっていた。
混乱と狂気を湛えた黄金の双眸が、接近する敵を捉える。
スクレイピーまではまだ一歩半の距離がある。しかしぬかるんだ泥濘は足を奪い、続く一歩を遅延させるだろう。その致命的な遅れは、スクレイピーに反撃の猶予を与えることに等しい。
——与えるものか。
振りかぶった右手の中でマイナスナイフを回す。引き抜いた時とは逆向きの半回転。順手に握り直し、腕の振りと同時にそれを手放す。
投擲。咄嗟にイドラが取った行動は、唯一無二の天恵を手放すことだった。
「ゥゥッ」
負数の刃は、吸い込まれるように黄金の眼を潰した。
マイナスナイフを失うことは、イモータルに対抗する手段を失うということだ。だが狙い通り、不死を断つ刃は標的を貫き、それが最後の一撃になった。
潰した目から白い砂が噴き出てくる。それだけではない。胴体を覆っていたガラス片もがぱらぱらと砂になり、つるりとした白い肌が露わになる。しかしそれさえ徐々に砂へと変わり、全身が崩れ、くぐもった呻きだけを残して物言わぬ砂の小山へと変貌した。
同時にイドラの背と肩に刺さったガラス片も砂化し、風に吹かれて消えていく。
死なないはずの怪物は、骸を晒さない。ただ残滓として、わずかばかりの砂を残すのみだ。
「やった、か」
死亡を確認し、息を吐く。倒れ込んでしまいそうな体を引きずり、地面に落ちたマイナスナイフを拾い上げ、泥をきちんと払った。
今回もなんとか生き延びることができた。手を借りることに抵抗はあるが、ソニアのおかげで楽になった面は否定できない。イモータルの攻撃さえ素の膂力で止めてしまう力は、味方としてこのうえなく頼りになる。
と、ここまで考え、イドラはどうしてあそこでワダツミの能力を使ったのか訊いてみたくなった。
「なあソニア」
「ぷえ、はいっ?」
すると丁度ソニアもイドラに話しかけてなにかを言おうとしていたらしく、出鼻をくじかれて妙な声を上げながら返事をした。とりあえずスルーする。
「なんでワダツミで水を出したんだ? いや、結果的には助かったんだが……まさか水が弱点だってこと見抜いてたのか? どうやって、いつの間に?」
「あっ、いえ……そういうことではなくて。ただその、池塘を見たので」
「池塘?」
池塘。ここまで来る途中に見た、今も周囲を見渡せばぽつりぽつりと姿が窺える沼たち。
今このタイミングでその名前が出る意味がわからず、背や肩の痛みも忘れ、イドラはオウム返しに呟いた。
「あの、地面に水をたくさん出せば、池塘みたいになって、スクレイピーの動きを止められるんじゃないかって」
「……それ、僕も足を取られると思うんだけど」
「あっ」
イドラの背には七支刀を構成する破片が無数に、それも深々と突き刺さっていた。
血に濡れて赤く染まる、透明な破片の先。そこから目をそらすように、ソニアは佇む黄金の眼の怪物を見る。
スクレイピー。その角に依然コーティングされた透明の巨大な七支刀……その枝刃が、ひとつ、なくなっていた。
はたしてソニアはそれを見て、事態を正しく理解できたのだろうか?
魔法によって成型、ないし整形されたガラスの枝は、同じく魔法によってその構成要素を散らした。胴体を覆っていた破片を飛ばしたのと同じく、枝刃のひとつを構成する破片すべてを周囲に向けて吹き飛ばしたのだ。破片手榴弾の爆発のようなものだ。
イドラが庇っていなければ、今頃はソニアがその直撃を受けていただろう。目や喉といった部分に破片が突き刺されば死亡もあり得る。
魔物はおおむね、同種は同じ魔法を使う。だがイモータルは別だ。そもそも同じ個体がおそらくは存在しない。よってイモータルの魔法は千差万別、使われるまでどのような働きをするのかわからず、予測も立てづらい。
「枝分かれした部分はあと……五本。そのたびにこれを受けるのは、流石に御免だな」
よろめきながらイドラが立ち上がる。被弾したのは背中だし、数えるのが馬鹿らしい数の破片が突き刺さっている。今ひとつひとつを引き抜いてマイナスナイフで傷を塞ぐのは無理だ。
「イドラさんっ、わ、わたしっ……ごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。あれは防ぎようがない、ソニアは下がっててくれ」
「え——でもひとりだけじゃ」
「問題ない。防げないだけで、あれも気を付ければそうそう死にはしない」
これ以上はソニアには危険すぎる。そう判断したイドラは、震える肩に手を置いてベルチャーナたちの方へ下がるよう諭す。しかしソニアは首を縦には振らず、イドラに重ねて説く時間の余裕もなかった。
枝刃をひとつ失った七支刀を振り上げ、スクレイピーが耳障りな声で鳴く。泥の地面をがりがりと足先で抉り、狂った猛牛のような、今にも目に映るものがなくなるまで突進を繰り返す雰囲気だ。これもまたイモータルには珍しい、動物的な所作だと、ずきずきと背中を刺す痛みの中でイドラは冷静に思った。
(僕も手負い。あいつも手負い。……こうしているとまるで、自分もイモータルになったような気分になる)
生と死の線の上。こうしてイモータルと戦い、どちらに転んでもおかしくない境界線に立っていると、時折そんな錯覚を抱く。
ソニアは自分を不死憑きだと言った。周囲に蔑まれ、いつしか自身でもそう思うようになってしまった。
間違いだ。そんなことは絶対にない。彼女は人間だ。イモータルというのは、傷を負わず、怯まず、恐怖も抱かず、ただ暴れまわる災厄のことだ。
そう。手傷を負うことを前提にし、まるで不死のごとく怪我を即座に完治させ、刃を振るい続ける、自分のような——
「ゥゥ————ゥゥゥゥッ」
「砂にしてやる。お前たちイモータルは、この世にあってはならないものだ」
スクレイピーが飛び跳ね、足を泥で汚しながら近づいてくる。七支刀の内部にはまだ光の筋が張り巡らされていて、枝刃はまたいつ爆発し、破片を巻き散らかしてもおかしくない。
一秒後にその爆発が起きたとしても怯むまい。六年が経っても、なんら姿かたちを変えなかった自身の青い短刀を強く握り、イドラは泥濘《でいねい》を踏む。
その足取りは、墓場へ引き寄せられる亡者のようだった。
「ォォ————!」
「はッ……!」
振り下ろされる角の剣。横へ飛び退いて回避すると、地面を強く打った七支刀は高く泥を撒き散らす。目に入らぬよう咄嗟に左手で顔を覆った刹那、指の間に見えたのは、ガラスの刀身が沈んだ泥中から発せられる淡い白色の光だった。
来る。
その認識さえ遅く、枝刃のひとつを構成するガラス片たちが放たれる。
泥の中に半ば埋める形でそうしたのは、単なる気まぐれだったのか、前兆となる発光を地中に隠す目的があったのか。訊けども答えは返ってこないだろう。
完全に泥に埋まっていた部分は、勢いを吸収されて飛ばなかった。そのため飛来するガラス片の数自体はさっきよりも減っていたが、気が付くのが遅れたぶん回避を許す時間はイドラに与えられず、左半身——特に肩回りを貫いて赤く染める。
——それがどうした。
壊れたのは肩だけだ。それも、マイナスナイフを持たない左の方だ。右の腕はまだ動く。脚も動く。脳も心臓も肺も無事で、自分は正しく呼吸を思考を運動性能を保っている。
だったら問題はない。背や肩を突き刺す透明な破片も、その痛みも、問題はない。
どうせ治せるのだから。戦闘が終われば、また刃物を突き立てる激痛と引き換えに、すぐになかったことにできるのだから。問題はない。
問題はない、はず——
「だめです、イドラさんっ!!」
「……………………ぁ?」
枝刃が四つになった七支刀。それを頭部に携えた怪物へと歩もうとしたところで、ナイフを持つ手が握られる。拳の上からそっと、片手で包み込まれるように。
反射的に見ると、そこには後ろに下がるよう言ったはずのソニアが立っていた。どこかひどく、痛ましいものを前にしたような表情で。
「うまく言えないですけど……そんな風に戦うのは、よくないです」
「よくない? なにを言ってるんだこんな時に。早く逃げろ、スクレイピーの角の剣はまだ四つも枝を残してる。危ないぞ!」
「危ないのはイドラさんもでしょう!? 命の恩人のイドラさんに身勝手なことを言います。わたしのことを遠のかせるのに、自分は進んで怪我を負うような戦い方をするのは、絶対おかしいですっ!」
「僕はいいんだ、問題ない。それよりも早く離れないと、スクレイピーが——」
イドラが言い終えるより先に、透明な刀の先の方を茶色い泥で汚したスクレイピーが、飛び掛かろうと身をたわませる。
「今のイドラさんは自分から傷つこうとしてるみたいで、放っておけません。なにを言われたってわたしはイドラさんを置いていきません! ——氾濫!」
「なっ……!? どうして今、その能力を」
止める間もなくソニアはワダツミを振るう。空を斬る一刀はその能力により、溢れる水を呼び起こす。刀身から湧き出た水流は、天を行く龍のように明確なまとまりを持って敵へ向かっていった。
水を浴びせたところでどうなるというのか。困惑したイドラだったが、頭から水を被ったスクレイピーに異変が起きた。
「ゥ————、ゥ、ゥ、ゥ」
「あれは……なんだ?」
海から吹く風に乗って、ほのかに桃の甘い香りがする。
スクレイピーはその場で地団太を踏むと、痛痒を訴えるかのようにぶるぶると震え出した。様子がおかしい。その目にはもはや、イドラたちが映っていない。
音もなく、無数の欠片によって構成された七支刀が輪郭を崩す。破片同士が結合力を失い、泥の地面へと落下する。
「ゥ、ゥゥ、ゥゥウ——」
スクレイピーはうろうろとその場で回っている。じっとしていられない子どものようだ。
平易な言い方をすれば、弱点だったのだ。水が。
水そのものが直接的に破片の結合を解いたのか、スクレイピーが水を受けて落ち着きを失ったことで七支刀の維持ができなくなったのか、それはイドラにもわからなかったが、ともかく。この機を逃すほど、不死殺しは愚かではなかった。
頭で考えるより先に体が動く。ガラスの最後の破片が地面に落ちるより早く、イドラは敵のそばへと身を滑らせる。
「——」
どぷん。柔らかな泥に足裏が沈む音が聞こえる。ワダツミの氾濫によって生じた水のせいで、泥の地面はより緩く、柔らかくなっていた。
混乱と狂気を湛えた黄金の双眸が、接近する敵を捉える。
スクレイピーまではまだ一歩半の距離がある。しかしぬかるんだ泥濘は足を奪い、続く一歩を遅延させるだろう。その致命的な遅れは、スクレイピーに反撃の猶予を与えることに等しい。
——与えるものか。
振りかぶった右手の中でマイナスナイフを回す。引き抜いた時とは逆向きの半回転。順手に握り直し、腕の振りと同時にそれを手放す。
投擲。咄嗟にイドラが取った行動は、唯一無二の天恵を手放すことだった。
「ゥゥッ」
負数の刃は、吸い込まれるように黄金の眼を潰した。
マイナスナイフを失うことは、イモータルに対抗する手段を失うということだ。だが狙い通り、不死を断つ刃は標的を貫き、それが最後の一撃になった。
潰した目から白い砂が噴き出てくる。それだけではない。胴体を覆っていたガラス片もがぱらぱらと砂になり、つるりとした白い肌が露わになる。しかしそれさえ徐々に砂へと変わり、全身が崩れ、くぐもった呻きだけを残して物言わぬ砂の小山へと変貌した。
同時にイドラの背と肩に刺さったガラス片も砂化し、風に吹かれて消えていく。
死なないはずの怪物は、骸を晒さない。ただ残滓として、わずかばかりの砂を残すのみだ。
「やった、か」
死亡を確認し、息を吐く。倒れ込んでしまいそうな体を引きずり、地面に落ちたマイナスナイフを拾い上げ、泥をきちんと払った。
今回もなんとか生き延びることができた。手を借りることに抵抗はあるが、ソニアのおかげで楽になった面は否定できない。イモータルの攻撃さえ素の膂力で止めてしまう力は、味方としてこのうえなく頼りになる。
と、ここまで考え、イドラはどうしてあそこでワダツミの能力を使ったのか訊いてみたくなった。
「なあソニア」
「ぷえ、はいっ?」
すると丁度ソニアもイドラに話しかけてなにかを言おうとしていたらしく、出鼻をくじかれて妙な声を上げながら返事をした。とりあえずスルーする。
「なんでワダツミで水を出したんだ? いや、結果的には助かったんだが……まさか水が弱点だってこと見抜いてたのか? どうやって、いつの間に?」
「あっ、いえ……そういうことではなくて。ただその、池塘を見たので」
「池塘?」
池塘。ここまで来る途中に見た、今も周囲を見渡せばぽつりぽつりと姿が窺える沼たち。
今このタイミングでその名前が出る意味がわからず、背や肩の痛みも忘れ、イドラはオウム返しに呟いた。
「あの、地面に水をたくさん出せば、池塘みたいになって、スクレイピーの動きを止められるんじゃないかって」
「……それ、僕も足を取られると思うんだけど」
「あっ」
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