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しおりを挟む自分の周りには、そんなルパートをシスコンだと馬鹿にする者が多いが、トレイシーはよい兄がいて羨ましいと言ったのだ。
「っ、そう、思うか?」
「思います。……羨ましいです」
それが、ルパートはとても嬉しかった。妹は、婚約者を亡くして以来、塞ぎ込んでいた。もう何年にもなるが、未だに癒えない心の傷を持っている。
あまりに突然、愛してやまない婚約者を亡くしたのならば、そうもなるだろうとルパートは思っていた。
だから、この国に来て養子に出た弟の様子を見に行きつつ土産を買って、その話をしに行く口実を作っていた。そうでなければ、会いに行くのもネタ切れなのだ。
そんな話までしてはいないが、トレイシーはわかってくれている気がして不思議な気分になってしまった。
それもあり、ルパートは益々ほっとけないとトレイシーの話を聞くことにした。
「他の国で、私でも歩いて行けそうなところをご存じですか?」
「歩いて行けるところは難しいな。そこに行っても、記憶がなければ親戚を頼るのも難しいだろ」
「そうですね。まぁ、そこは、住み込みで働けたら何とかなるかなと」
「貴族令嬢が、街で働くのか? 記憶もないのに?」
「ん~、まぁ、なるようになりますよ」
「……」
トレイシーは、もう笑っていいのか。泣いたらいいのか。わからない顔をしていた。
そんな顔して、妹は婚約者を亡くしてから戻って来た。ルパートは、その顔が妹と重なって見えて胸を締め付けられた。
トレイシーとこのまま別れたら、一生悔いが残る。そう感じた。
「私と来るか?」
「え?」
「見ての通り、仕事が終わって、ここの近くまで来たから、親戚に顔を出してから帰るところなんだ。家は隣国にある。仕事仲間と合流して、帰るだけだが、君も来るか?」
トレイシーは目をパチクリとさせた。ルパートは突然、そんなことを言っても行くとは言いづらいだろうなと思っていた。
「……それって、歩きですか?」
「いや、馬だ。……そうだな。馬車を手配しよう。それと食料と着替えだな」
「? 帰るだけなのですよね?」
ルパートは、トレイシーのためにあれこれ用意しようとしたが、トレイシーは世話になりすぎても心苦しいからと言うと馬に相乗りさせてくれることになった。
彼は、隣国で騎士をしているようだ。親戚と言ったが、養子に行った弟が気になって近くまできたからと様子を見に行ったと相乗りしている時に教えてくれた。
(なんか、妹扱いされている気がする)
トレイシーの勘は当たっていた。
更には、養子に行った弟から学園で色々あった話を聞いているようにトレイシーには思えた。
トレイシーが王太子を庇って怪我した令嬢だとピンときていたとも知らず、ましてや王太子が保身に走って嘘をついたことで、詳しく調べる事態になっていることも大体聞いていたようだ。
それが、記憶を失くしているとまでは思っていなかったようで、彼の弟はトレイシーを心配してくれていたようだ。
(申し訳ないわ。私は、名前を聞いても、顔も思い出せないのに)
木登りに負けた挙げ句、高いところから降りられなくなって、令嬢を真似ようとして失敗したと聞いただけでも、情けないと思わないはずがない。
それ以上に助けられておいて、王太子に怪我をさせようとしたと言われることにまでなった令嬢に同情していたが、記憶がないとまで聞いてはほっとけなくなったというより、トレイシーが妹に似ているのが一番の理由だった。
妹が、ラヴェンドラから戻って来た時に感じた危うさをトレイシーから感じて、そのままになんてできなかった。
それは、弟から色々聞いていなくとも、トレイシーをほっとけはしなかっただろう。
だが、当の本人は……。
(街を見ていても懐かしいと思えなかった。前の私は、どんな令嬢だったんだろう?)
人の話を聞いて、それをルパートの求める答えを探す手助けに利用できた。それがわかっただけで、トレイシーは自分がどこであろうと生きていけると自信を持てた。
こうして、勘当され、国からも出て行けと言われた通りにトレイシーは、思い入れもなくなった国から別の国に行くことになった。
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