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(さて、国からも出て行けと言われたけど、ここがどこかもわからないのよね)


トレイシーは必要そうなものは持って出て来たが、記憶がないせいで大事な物すらわからなかった。

メイドたちは心配してくれたが、それでも子爵夫妻に見つかれば、自分たちが困るとばかりにしていて、それだけでも心から気にかけてくれていた人は、あの家にいなかったように思えてならなかった。

街をとぼとぼと歩いていると……。


「お嬢さん、少しいいかな?」
「はい?」
「妹に土産を買いたいのだが何がいいか、サッパリわからないんだ。若い女性の好むものを教えてくれないかな?」
「……」


そう聞かれたトレイシーは、何とも言えない顔をした。自分の好みどころか。この国の流行も、何もかも知らないのだ。


(困ったわ。こういう時に記憶がないと困るものなのね)


「どうした?」
「……それが、その、記憶をなくしておりまして」
「ん?」
「せっかく、聞いてくださったのにお答えできません」


身なりの良い男性に声をかけられた。トレイシーは、素直にそう答えた。

男性は、何を言われたのかを理解する間も与えずにトレイシーは話し続けた。


「あ、あちらに他の方がいらっしゃいました。着ている物も品が良かったので、ご期待に添えるお答えがもらえるかと」
「いやいや、待ってくれ。私のことより、記憶がないと言ったか? 君の方が大事だろ。人の世話をやいている場合ではないはずだ」
「そう、なのでしょうけど。やることがあった方が、嬉しいのです。そうでないと更に途方に暮れそうなんです」
「……」


その言葉に世話をやいている方が気が紛れるということだと思った。だからといって、頼る気もないトレイシーに何やら近親感を覚えていたとは思うまい。

彼の妹は、こんな感じなのだ。ほっとけるわけがないが、それもこの時のトレイシーは知らないことだった。


「よし。付き合ってくれ。それから、君の話を聞こう」
「え? 私の話ですか? あの、大して面白くはないかと……」
「記憶がないのを面白おかしく話したら、それはそれで心配になるだろ。……まぁ、それより、どの女性に聞いたらいいと思う?」
「そうですね」


男性は、トレイシーが言う通りにして、妹が喜びそうな土産を手にしたのは、すぐだったかというとそれなりの時間がかかった。

1人だけに聞いて、選んだわけではなくて、数人に聞き、更に彼に妹のことを聞いて、一番好みに合いそうなのをトレイシーが選んだのだ。

選べないと言いながらも、情報を元に彼が探すものを見つけ出したことに男は、感心せずにはいられなかった。


「それで、トレイシー。記憶がないのに勘当されて、国からも出て行けと言われたのか?」
「はい。なので、言われた通りにしたいのですが、そもそも、この国の名前もわからないんです」
「……ふむ。それは、答えられる。ラヴェンドラだ」


彼の名前はルパート・ラジヴィウ。妹のことを聞かれて、スラスラと答えたが、トレイシーは他の令嬢のように引くことはなかった。逆によくご存じなのですねと微笑ましそうにしたのにルパートの方が驚いた。


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