23 / 42
22
しおりを挟む(さて、国からも出て行けと言われたけど、ここがどこかもわからないのよね)
トレイシーは必要そうなものは持って出て来たが、記憶がないせいで大事な物すらわからなかった。
メイドたちは心配してくれたが、それでも子爵夫妻に見つかれば、自分たちが困るとばかりにしていて、それだけでも心から気にかけてくれていた人は、あの家にいなかったように思えてならなかった。
街をとぼとぼと歩いていると……。
「お嬢さん、少しいいかな?」
「はい?」
「妹に土産を買いたいのだが何がいいか、サッパリわからないんだ。若い女性の好むものを教えてくれないかな?」
「……」
そう聞かれたトレイシーは、何とも言えない顔をした。自分の好みどころか。この国の流行も、何もかも知らないのだ。
(困ったわ。こういう時に記憶がないと困るものなのね)
「どうした?」
「……それが、その、記憶をなくしておりまして」
「ん?」
「せっかく、聞いてくださったのにお答えできません」
身なりの良い男性に声をかけられた。トレイシーは、素直にそう答えた。
男性は、何を言われたのかを理解する間も与えずにトレイシーは話し続けた。
「あ、あちらに他の方がいらっしゃいました。着ている物も品が良かったので、ご期待に添えるお答えがもらえるかと」
「いやいや、待ってくれ。私のことより、記憶がないと言ったか? 君の方が大事だろ。人の世話をやいている場合ではないはずだ」
「そう、なのでしょうけど。やることがあった方が、嬉しいのです。そうでないと更に途方に暮れそうなんです」
「……」
その言葉に世話をやいている方が気が紛れるということだと思った。だからといって、頼る気もないトレイシーに何やら近親感を覚えていたとは思うまい。
彼の妹は、こんな感じなのだ。ほっとけるわけがないが、それもこの時のトレイシーは知らないことだった。
「よし。付き合ってくれ。それから、君の話を聞こう」
「え? 私の話ですか? あの、大して面白くはないかと……」
「記憶がないのを面白おかしく話したら、それはそれで心配になるだろ。……まぁ、それより、どの女性に聞いたらいいと思う?」
「そうですね」
男性は、トレイシーが言う通りにして、妹が喜びそうな土産を手にしたのは、すぐだったかというとそれなりの時間がかかった。
1人だけに聞いて、選んだわけではなくて、数人に聞き、更に彼に妹のことを聞いて、一番好みに合いそうなのをトレイシーが選んだのだ。
選べないと言いながらも、情報を元に彼が探すものを見つけ出したことに男は、感心せずにはいられなかった。
「それで、トレイシー。記憶がないのに勘当されて、国からも出て行けと言われたのか?」
「はい。なので、言われた通りにしたいのですが、そもそも、この国の名前もわからないんです」
「……ふむ。それは、答えられる。ラヴェンドラだ」
彼の名前はルパート・ラジヴィウ。妹のことを聞かれて、スラスラと答えたが、トレイシーは他の令嬢のように引くことはなかった。逆によくご存じなのですねと微笑ましそうにしたのにルパートの方が驚いた。
21
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
あなたの嫉妬なんて知らない
abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」
「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」
「は……終わりだなんて、」
「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……
"今日の主役が二人も抜けては"」
婚約パーティーの夜だった。
愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。
長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。
「はー、もういいわ」
皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。
彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。
「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。
だから私は悪女になった。
「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」
洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」
「ダリア!いい加減に……」
嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む
むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」
ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。
「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」
その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。
初めての作品です。
どうぞよろしくお願いします。
本編12話、番外編3話、全15話で完結します。
カクヨムにも投稿しています。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる