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『認められた皇女』
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しおりを挟むアバズレなんて言葉を聞かなければ、今頃、ディェリンは自室に戻るなり、侍従に父である皇帝に会いたいことを伝えてもらっていたはずだった。
それとユーシュエンの実父にも、今回のことは自分の招いたことだから息子を怒らないでとは言ってやるつもりはない。
本当なら、大事になる前に済まされることで終わらせられたのだが、あの子息は自分で自分の首を締め上げ続けただけだ。
(まぁ、そのおかげで、いい男性を見つけられたのだけど。素直に喜べないわ)
「お手を」
「おい。皇女殿下に不用意に触れるな」
「え、あ、その……」
ユーシュエンは、気安く触れる相手ではないと怒ったことで、ハオランはしまったという顔をした。とことん、普通の貴族の娘としてディェリンのことを扱っているのだ。
(やっぱり、いいわ。ユーシュエンは、いつも、これなんだもの)
「ありがとう」
「っ、」
ディェリンは、礼を言ってハオランの手に己の手を重ねた。だが、疲れてしまったのか。ディェリンの足ががくりと力が抜けてしまい、それに驚いたハオランがその身体を支えた。
「「「「「っ!?」」」」」
「ごめんなさい」
「っ、い、いえ、やはり、気分が悪かったのですね。空を見上げている辺りから、そう見えてなりませんでした」
「っ、なら、ハオラン。このまま、皇城まで、運んではもらえないかしら?」
「え?!」
「皇女殿下。それは……」
ユーシュエンではなく、彼の父がこう言った。
「皇女殿下。ご気分が優れないのなら、陛下にお伝えしてまいります」
「いいえ。彼に運んでもらうわ」
「そちらは?」
「ハオランよ。武官を目指しているそうよ。私の花影と良い勝負の動きを見せたわ」
「それは、素晴らしい。わかりました。皇女殿下が、なさりたいようになさってください。ハオラン、絶対に落とすなよ」
「そんなことしません。その、失礼します」
こうして、皇城をハオランに運ぶことになった。だが、途中で皇帝陛下の侍従長が駆けて来る方が早かった。
それに何やら、思っている以上に騒がしい。
(やっぱり、たどり着けなかったわね)
「皇女殿下。具合が悪いのならば、陛下がすぐにお部屋に戻って診察を受けよと仰せにございます。後ほど、陛下が様子を見にまいります」
「今回のことだけでなくて、他にもあるの。そのお話を後宮ではしにくいから、伺いたいわ」
「っ、でしたら、侍医の診察をお受けください。それからでなくては……」
「なら、そうしたいわ」
「わかりました。おい、すぐに侍医を呼べ。陛下にも、そのようにお伝えせよ!」
「「はい!」」
「皇女殿下。他には何か?」
「大丈夫よ。侍従長の方が顔色悪いわ」
「私のはただの運動不足です」
そんなことを言いながら、皇城の一室で診察を受けた。
ディェリンは、足がもつれたあたりから、怠さが増し始めているのを感じていた。
(一体、何なの?)
この場所が何ともないだけで、皇城から遠いところに天変地異が起こっているなんて、誰も気づかなかった。
ここは、地震なんてなかった。でも、天変地異は揺れではなかったようだが、この時は詳しいことはわかっていなかった。
「皇女殿下。すぐにお休みになられた方がよろしいです」
「歩かなければ辛くないわ」
そうは言ったが、どうにも変だった。風邪のひき始めとも違う。何か脱力していっている気がする。
「そうでしょうが……」
「薬湯をお願い。陛下に話があるの」
「それは、気休めのものしかありません」
「それでいい」
「……」
侍医は、それに眉を顰めた。
「恐れながら、皇女殿下」
「何?」
「私は途中からでしたが、あなたの影は、一部始終を見ていたはず。それを先に陛下に見たままを報告させてはいかがでしょうか?」
「……」
「詳細までは、お聞きでない上、皇女殿下の具合が悪い状態では、陛下のお心が心配で、どちらも気が気ではないままになります」
ハオランは、そう進言した。誰の気持ちも大事だとしたのだ。この場合の優先事項は、皇女に休んでもらうことだ。
「……そうね。なら、3人で皇帝陛下に何があったかを報告して。処遇は、何があったかを調べあげて、私の話を聞いてからにしてほしいと伝えて」
「わかりました」
「侍従長、彼はハオラン。っ、」
ディェリンは、そこで立ち上がろうとしたわけでもないのにふらついた。ハオランやユーシュエンたちよりも、早く動いたのは、花影だった。ディェリンの倒れそうな身体を素早く支えるために現れたのだ。
それを見て驚きつつも、ユーシュエンの父親が侍従長に先ほどの話をした。
「わかりました。ですが、皇女殿下のお側に人がいなくなりすぎてしまいます」
「陛下がお見えです」
そうこうしていると皇帝の方が、ディェリンのところに現れた。
「ディェリン皇女! 無理はするな」
「陛下」
「起き上がるな。侍医、どうなのだ?」
皇帝は、慌ててやって来たようだ。
「ご無理がたたっておられます。しばらくは、安静になさるべきです」
「皇女よ。学び舎に行くのだから、務めは程々にすると余と約束したはずだ」
「程々にしております」
「ならば」
「恐れながら、皇妃が何かと私を部屋にお呼びになるのです」
「何だと?」
皇帝のみならず、それを聞いた者は耳を疑った。皇妃が、皇女のところに来るのならまだしも、ディェリンが皇妃のもとに行く必要などないのだ。
「私に今日会ったあの男と同じガンラシュ国の王太子との縁談をすすめて来るのです」
「っ、!?」
それは、ありえないことだった。皇女は伴侶を自ら選べることになっている。それに口出しすることは、皇帝でもできない。
かつて、この国を助けたことで生まれ変わった皇女に幸せになってほしくて、そう定められた。それなのに皇妃が、縁談をすすめるなんてありえないのだ。
「私は、ここにいたい。ここで、幸せになりたい。なのに皇妃は、出身国ほど素晴らしい国はないと私に言うばかり、私は……」
“この国にもういらぬのですか?”
思わず、そう聞いてしまいそうだった。それを阻止するかのようにディェリンの意識が揺らめいた。
ここに必要とされないことが、ディェリンには怖くてたまらなくなった。ここで幸せにならなければならないのにそうなれないことが、辛くて苦しくて、どうにかなってしまいそうだった。
(約束したのに。幸せにもなれず、私は守りの隙を作ってしまった。また、私が壊してしまった)
ディェリンは、それに強いショックを受けてしまった。
この国が建国された時と同じく、再び滅ぼした者と呼ばれるのを必死に止めようとして、ディェリンは闇に囚われた。
閉じ込めなければ、この国を滅ぼしたように見える天変地異が続発することになることを避けるためだった。
「皇女よ! 侍医!」
「っ、皇女殿下。お気を確かに!」
ぎゅっと花影の服をディェリンは握っていた。
(花影)
「っ、」
影は、そんなことを再びする皇女に慌てた。
(私の花影。あなたの声を聞いてみたかった。……それとやっと思い出せたのに。また、あなたに迷惑をかけてしまうところだった。もう、そうはさせない。私を閉じ込める。ごめんなさい。もう、約束を守れそうもないわ)
そこで、完全にディェリンの意識は闇に囚われた。
いや、囚われようとした時に声を聞いた気がする。
とても懐かしい声だ。ディェリンが待ちわびた声なのにやっと会えたのに。
ディェリンは目を開けて、その人物を見ることは叶わなかった。ただ、最初の時と同じく、滅ぼそうとしているように見える天変地異を鎮め、守りきれないところを抑えこんで、闇に囚われて己の幸せを諦めることしかできなかった。
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