上 下
48 / 57

48

しおりを挟む

「っと、ちょっと話しすぎたわ。ダヴィット様、これはシーラのことを気にかけてくれていたから聞かせただけで、また話すなんてしたくなかっただけですから。他言なんてしないで」
「しないよ。……したところで、信じてもらえないと思うし」


王女の言葉に王太子だけでなくて、他のメンバーも遠い目をしていた。


「それで、あの留学生と口論していた令嬢は何なの?」
「婚約されたんですよ」
「婚約……?」
「利害の一致から、お互い嘘ついて婚約したのにどっちの嘘が酷いかで揉めてるところさ」


王太子の言葉に王女は、物凄く不愉快そうに眉を顰めていた。


「そんなのが、まだ勘当もされていないの?」
「そろそろ、勘当されるはずだよ。君たちが来る前に片付けたかったんだけど、留学生たちが来るのが早まったからね。見苦しいものを見せて悪かった。でも、どうして、早めたりしたの?」
「それは、王女が……」


ガタン。


「私が、何だというの? マティアス」


王女が立ち上がった勢いで椅子が倒れた。その目は射殺されそうな目をマティアスに向けていた。

向けられていないヴァジムが、それに身体を震わせていた。王太子は、そんな殺気立つ王女すら、素敵だと見ていたが、視線を独占しているマティアスに何とも言えない顔を向けていた。


「あ、いえ、天候が荒れては何かと大変だからと出発を早めてくださって、留学生の我々に配慮してくださったおかげだと言おうと思ったんですが……」
「そ、そうよ。留学生たちが風邪引くと大変だもの」
「アウギュスタ様は、お優しいですからね」


それこそ、濡れたりすれば、それをどうにかしなければ誰とも会いたがらないだろう。特に婚約者のダヴィットに無様な姿を見せるなんて王女は嫌がるはずだ。

シーラも、マティアスの言葉を聞いて付け足しておいた。

ダヴィットは、スッと何事もなく王女の椅子を直して座らせていた。その手を握ってにっこり笑っていた。いつもなら、そんなことをアウギュスタは簡単に許していないだろうが、まだ動揺したままのアウギュスタは気づいていないようだ。


「そうだね。アウギュスタは、本当に優しいよね。そんな人が、私の婚約者でとても鼻が高いよ」
「っ、」


にこにこと早く着きたい理由など、気づいていそうな王太子は気遣い上手だと褒めてみせたのだ。

褒められて嬉しそうにしていたが、落ち着いたアウギュスタは、ダヴィットが自分の手を掴んでいることに気づいて慌てて手を振り払っていた。王太子は、それを物凄く残念そうにしていた。

アウギュスタは、留学していた子息のことを聞きたがった。物凄く慌てていて、顔も真っ赤になっていたが、誰もが見て見ぬふりをした。

マティアスも、それが気になるようだ。

シーラは、掻い摘んで話したが、王太子が補足してしまい、ヴァジムがゲラーシーの幼なじみだとわかり、王女の殺気が凄まじいことになったのをシーラがフォローするのが大変だった。

ヴァジムは、腰を抜かさんばかりに震え上がっていた。

チラッと見ると王太子が、肩を竦めていた。


(あとで、バレるより補足しておいた方がいいわよね。この場合だと王太子もとばっちりを受けることになるだろうし)


マティアスは、王女の気質を知っているから、それに震え上がるなんてことはなかった。

ヴァジムも、ボリスにしごかれて殴られたりすることもあるが、それよりも王女の方が恐ろしいようだ。


「男の友情より、義妹を選んだのなら、及第点ね。あっちについていたなら、シーラの義兄でも許してなかったわ」
「っ、」


シーラは、義兄に勘違いされて出来損ないだと思われていたことは伏せていた。それを知っていたら、こんなものでは済まなかっただろう。


(その通りだと思っていたのは、私だし。王女の恐ろしさは身をもって知ったようだから、そこまで言う必要はないわよね)


何はともあれ、留学生だった男子生徒が王弟の一人息子だとわかった王女は……。


「あれをどうこうしようとして留学させる時点で、どうかしているわね。こっちで、どうにもならないものを押し付けられたんじゃ、いい迷惑だわ」


王女の言葉に王太子は、胸をおさえていた。

それを見て、シーラはマティアスと目があって苦笑していた。

ヴァジムは、苦笑する余裕もなく、自分から王太子に矛先が向いたことにホッとしていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

姉から、兄とその婚約者を守ろうとしただけなのに信用する相手を間違えてしまったようです

珠宮さくら
恋愛
ラファエラ・コンティーニには、何かと色々言ってくる姉がいた。その言い方がいちいち癇に障る感じがあるが、彼女と婚約していた子息たちは、姉と解消してから誰もが素敵な令嬢と婚約して、より婚約者のことを大事にして守ろうとする子息となるため、みんな幸せになっていた。 そんな、ある日、姉妹の兄が婚約することになり、ラファエラは兄とその婚約者の令嬢が、姉によって気分を害さないように配慮しようとしたのだが……。

婚約者と兄、そして親友だと思っていた令嬢に嫌われていたようですが、運命の人に溺愛されて幸せです

珠宮さくら
恋愛
侯爵家の次女として生まれたエリシュカ・ベンディーク。彼女は見目麗しい家族に囲まれて育ったが、その中で彼女らしさを損なうことなく、実に真っ直ぐに育っていた。 だが、それが気に入らない者も中にはいたようだ。一番身近なところに彼女のことを嫌う者がいたことに彼女だけが、長らく気づいていなかった。 嫌うというのには色々と酷すぎる部分が多々あったが、エリシュカはそれでも彼女らしさを損なうことなく、運命の人と出会うことになり、幸せになっていく。 彼だけでなくて、色んな人たちに溺愛されているのだが、その全てに気づくことは彼女には難しそうだ。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

【完結】野垂れ死ねと言われ家を追い出されましたが幸せです

kana
恋愛
伯爵令嬢のフローラは10歳の時に母を亡くした。 悲しむ間もなく父親が連れてきたのは後妻と義姉のエリザベスだった。 その日から虐げられ続けていたフローラは12歳で父親から野垂れ死ねと言われ邸から追い出されてしまう。 さらに死亡届まで出されて⋯⋯ 邸を追い出されたフローラには会ったこともない母方の叔父だけだった。 快く受け入れてくれた叔父。 その叔父が連れてきた人が⋯⋯ ※毎度のことながら設定はゆるゆるのご都合主義です。 ※誤字脱字が多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※他サイトにも投稿しています。

愛しいあなたが、婚約破棄を望むなら、私は喜んで受け入れます。不幸せになっても、恨まないでくださいね?

珠宮さくら
ファンタジー
妖精王の孫娘のクリティアは、美しいモノをこよなく愛する妖精。両親の死で心が一度壊れかけてしまい暴走しかけたことが、きっかけで先祖返りして加護の力が、他の妖精よりとても強くなっている。彼女の困ったところは、婚約者となる者に加護を与えすぎてしまうことだ。 そんなこと知らない婚約者のアキントスは、それまで尽くしていたクリティアを捨てて、家柄のいいアンテリナと婚約したいと一方的に破棄をする。 愛している者の望みが破棄を望むならと喜んで別れて、自国へと帰り妖精らしく暮らすことになる。 アキントスは、すっかり加護を失くして、昔の冴えない男へと戻り、何もかもが上手くいかなくなり、不幸へとまっしぐらに突き進んでいく。 ※全5話。予約投稿済。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

処理中です...