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第2章

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そんなことがあってから、数日が過ぎていた。

若い庭師の見習いと話していたことすら忘れかけていたフィオレンティーナは、今日も花を見てはにこにことしていた。


(今日も、ご機嫌に見えるわね。ここの花を管理している人は、花をよくわかっている人みたいね)


「……な、なぁ」
「?」


庭師見習いのコルラードは、フィオレンティーナをようやく見つけて声をかけていた。それこそ、平民の庭師の見習いと子爵令嬢のフィオレンティーナ。身分からしても、そんな風に声をかけて怒られると思っていた。

だが、フィオレンティーナは前回のようにコルラードの態度で怒ることはなかった。

フィオレンティーナは、彼に話しかけられて、彼のことを思い出していた。花の世話をしている彼を敬語ができないくらいで怒ることなど、フィオレンティーナには欠片もなかったが。

呼びかけられて、フィオレンティーナは首を傾げた。


「私にご用ですか?」
「っ、その、あんた、花に詳しいんだろ?」
「お花……?」


きょとんとしながら、それでも二人が話していると変に目立ちかねないからと目立たないところに移動した。

コルラードは、フィオレンティーナが草むらにストンと座ったのに驚いていたが、フィオレンティーナは気にもしていなかった。そんな風に座る令嬢など、コルラードは見たことがなかったので、ただただ驚いていた。

そして、その周りには妖精たちが集まり出していたが、彼女にはわからないようだった。それにも驚かずにはいられなかった。

フィオレンティーナは、驚いている見習いを不思議そうに見ながら、真剣に話を聞いた。

そんな令嬢もコルラードには初めてだった。


「あの区画は、日当たりがいまいちでしたよね。そうなるとお日様が、あまり当たらなくても大丈夫なのがいいですね」


それからも、見習いが驚いている間にアイディアを話してくれて、見習いは目を回しそうになっていた。

そんな風に色々と思いつくなんて、親方でもできなかった。あまりにも、凄いアイディアにコルラードは、目が本当に回りそうになっていた。


「あ、すみません。べらべらと……えっと、イラストにすると……こんな感じになるでしょうか」
「っ、」


見習いは文字が読めなかったが、フィオレンティーナが描いた絵なら、すぐに理解できた。そんな風に絵を描くことができることにも驚いていた。


「すげぇな」
「そうですね。見頃になったら、素敵でしょうね」


そんな絵をサラッと描けることに凄いと言ったのだが、フィオレンティーナは見頃な花たちのことでいっぱいになっていて、見当違いなことを言っていた。

文字が書かれていたが、その花は文字が読めずともどの花かがコルラードにもすぐに分かった。

妖精たちも、それを代わる代わるに覗き込んで喜んでいた。我先にとして喧嘩になるのが常にだが、フィオレンティーナの周りの妖精たちは見終わったら場所を空けてはしゃいでいたのだ。

コルラードは少しだが、妖精の血が混じっていた。だが、未だかつてそんな妖精を見たことがなかった。

その光景だけでも、フィオレンティーナが只者ではないと思えてならなかった。


「これ、使ってもいいか?」
「え? あ、はい。どうぞ。あ、でも、私が話したことは内緒にしてください」
「は? 何でだよ」
「ちょっと、色々ありまして」


その色々をかいつまんでフィオレンティーナは話した。


「貴族って、大変なんだな」


コルラードは眉を顰めつつ、しみじみと言った。それにフィオレンティーナは苦笑した。


「そうなんです。なので、私のことは内緒にしてくださるとありがたいです」
「……でも、それだと俺が考えたと思われる。俺じゃないことなんて、すぐにバレちまう。それにそんな嘘をつくなんて俺は嫌だ」
「……」


そんなことで褒められても、コルラードは嬉しくないと思っていた。

それにそんなことをしたら、妖精たちにも嫌われるのは目に見えている。


「あ、そ、そうですよね」
「……親方にだけ話していいか?」
「親方さん?」
「ぜってぇ、これ考えたの俺じゃねぇってバレるから、先に言っときたいんだ。ちゃんと他に言わないでくれって言うから。な?」
「……」


そう言われて、フィオレンティーナは頷いた。コルラードが、自分のせいで叱られることになることは嫌だと思ったからだ。

それに素敵な庭をフィオレンティーナも見たかったことが大きかった。更には、庭が花に満ちるのに関われることが嬉しくて仕方がなかった。


(やっぱり、私には切っても切れないんだわ)


花に関われなくなっただけで、フィオレンティーナは気がおかしくなってしまうのだ。どんなに普通の貴族の令嬢となれと言われても、フィオレンティーナには無理だと思えてならなかった。

もっとも、普通の令嬢らしからぬことを既に色々していて、食堂の料理人たちの間では貴族ぶってなくていいと思われていたが、その辺のことにもフィオレンティーナは全く気づかないままだった。

だからこそ、入学してから目立たず、普通の令嬢のようにできていたと思っていたが、周りからしたら普通の令嬢とは全く違っていることになっていた。

そもそも、普通の令嬢がチェレスティーナに必死に媚を売る令嬢のようなものだとしたら、普通でなくともいいとフィオレンティーナなら即答しそうだが、フィオレンティーナは久々に花のことでアイディアを考えたことに幸せを感じていて、そんなことを考えて台無しにされたくないとばかりに余韻に浸り続けた。


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