上 下
6 / 18
第2章 二人のための夜会

第6話 王国一舞踏会開幕

しおりを挟む
 そして迎えた王家主催の夜会。サブリナ様の目がギラギラと光っている中、主役であるフェルナン陛下は、私をエスコートして堂々と会場入りをした。  

 すると、聞こえる聞こえる。女嫌いで有名なフェルナン陛下が連れているあのご令嬢は何者なのかと、あちらこちらで貴族たちの憶測が飛び交い、その正体が従者の聖騎士であると知っている者たちは驚きの声を上げているのが。

「あの美しいご令嬢はどこの誰だろう……?」
「まさかあれがアルヴァロ・ズッキーニ……⁉」
「きぃぃっ! なんて大きさなの! メロンかと思いましたわ!」

 んなわけねぇだろとつっこみたくなるが、私は淑女らしくにこやかに微笑みながら、フェルナン陛下の隣を優雅に歩いていた。いや、優雅に見えるように必死に歩いていた。油断するとコルセットで締上げられた胴から臓器が飛び出しそうだし、ドレスの裾か陛下の足を踏んづけてしまいそうになるので、一秒たりとも気を抜くことができないのだ。

 しかし、どうやら私の頑張り第一段階は成功したようだ。
 人の印象を左右するのは九割が見た目だという。ならば私は、人の目に美しくたおやかに映るようにと、外見を磨きに磨きまくったのだ。
 
 幸い、かつての極貧生活とは異なり、現在陛下の護衛騎士を務めている私は高収入。陛下に頼んで有給休暇を使わせていただき、金にものを言わせて、この夜会までの間に宮廷美容家のサロンに通った。全身のエステやマッサージ、流行りの化粧も教わり、肌やドレスに合うアクセサリーについても学ばせてもらった。
 男装をしてきたこの人生で、まさかこれほど女性らしく華やかな恰好をする日が来るとは思っていなかったのだが、我ながら美しく仕上がったと自負している。

(これなら陛下の隣にいても、認めてもらえるよね?)

 私がドキドキしながらフェルナン陛下のご尊顔を拝もうとすると、彼もこちらを見ていたらしく、ぱちりと目が合ってしまう。美しい金色の瞳に見つめられ、私の心臓の鼓動はいっそう加速して、思わず言葉を失ってしまう。

「休みの間、何をしていたのかと思えば、ずいぶんと美しくなっていて驚いたぞ」

 フェルナン陛下の指が、私の耳飾りをちょこんといたずらっぽく触る。
 私は陛下に美しいと言われたことが嬉しくて、つい淑女の仮面が剥がれてニヨニヨしそうになってしまう。
 危ない危ない。だらしない顔を晒すわけにはいかないと、私はツンとお澄ましモードでにこりと目を細めた。

「サブリナ様にご納得いただけるためにも、ちゃんと女性らしく振る舞っておく必要があります。それにここは公の場。陛下がろくでもない女を連れていると噂になれば、今後の政治に響きかねませんからね」
「さすがは俺の従者だな。……と、言いたいところだが」

 ちょっぴり偉そうに語っていた私の頬を、フェルナン陛下の指がドゥスゥッと突いて来た。

「いった!! 地味アクションのわりに痛いんですけど! 化粧崩れるんですけど!」

 私が驚きながら抗議の声を上げると、フェルナン陛下は「だって」と口を尖らせていた。まるで拗ねる子どものようだ。

「アルヴァロが綺麗になってくれたのは嬉しいが、ここ数日俺をほったらかしだったじゃないか。寂しかったぞ」

(さ……、寂しんBOYか!)

 きゅんきゅんして、胸が苦しい。私が仕事を休んでいたから寂しかったと言ってくださるなんて、自分はなんて果報者なんだろう。もう一生仕事休まない! 陛下が労働組合から訴えられても知らないぞ! と、私が社畜になる覚悟を決めていると。

「陛下……。私……、私も……」

 エステされながら、ずっと会いたいと思ってましたと言おうとするが、胸が苦しくて言葉が出てこない。それどころか息が吐けない、吸えない、めまいがする。

「あ……、かは……っ」
「アルヴァロ⁉ どうした⁉」

 顔が真っ白になり、胸を押さえてよろけた私をフェルナン陛下が支えてくれた。けれど、息苦しさは増す一方だ。

(やば……。コルセット、締めすぎた……)

 そう伝えたくても声が出ず、私はコルセット死を覚悟した。明日の朝刊の一面は、『女体化の聖騎士、コルセットで死す』に違いない。できればフェルナン陛下をお守りして死にたかったが、彼の腕の中で眠ることができるのならば、それも悪くないなぁなどと、私が霞む視界の中で陛下の姿を捜していると――。
「いけませんわ! こちらの部屋でコルセットを緩めましょう!」

 目の前に現れた女性と思しきもやもやとした紫の人影が、私の手をぐいと引いた。

(そう! コルセットなんだよ!!)

 救世主が現れた、と私の頭にコルセット死回避の文字が浮かぶ。
 フェルナン陛下が何か言おうとしたが、事は一刻を争っていたので、私は必死に声を振り絞り、「ちょ……と、いってき、ます」とその紫の人の手に引かれるがまま、会場を後にしたのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています

中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

強面な騎士の彼は、わたしを番と言い張ります

絹乃
恋愛
わたしのことを「俺の番だ」「運命の相手だ」という大人な彼は、強面でとても怖いんです。助けて、逃げられないの。

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

処理中です...