この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅵ 魂と真実を〜23歳〜

第78話 昔

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 それからして、俺たちは牡丹先生とお茶してから地下を出た。
「気にしないで。あの人、好奇心旺盛だから」
 小夏先輩が宥めるように言った。久しぶりに人が淹れてくれたお茶を飲んで、俺たちも満足し、そのことは全然気にしなかった。
 保管庫を出たころには、もうすぐ消灯時間が近かった。窓の向こうは、太陽が地平線にやや隠れていて、空の色が薄暗かった。
 暗くなると、やっぱり肌寒いな。冬の名残があるこの季節。四年前に別れた季節と同じ季節だ。去年は一人で四季を過ごしていたのに、この春から違う。
 今年の春だけじゃない。夏も秋もこの場所で過ごす。なんだか、嬉しいな。
「さて、卒業したからと言ってここに移住してるわけだし、ここの規則は守って貰わないと」
 保管庫を出た俺たちに、小夏先輩はまたもや厳しい顔で言った。持ち前の真面目さが教師になって露骨になってきたなぁ。
 はぁい、と返事する。
 保管庫を出た廊下の真ん中。ポツンポツンと立っているランプだけが廊下を照らしている。
 小夏先輩は話を続けた。
「仮眠室だけど、あそこ、今からあんたたちの移住スペース決定ね。道分かる?」
 さらりと移住スペース決められたうえに、道まで心配された。
「流石に分かります」
「四年経っているから迷うかなぁって」
 十九年間いた場所だ。たったの四年で忘れるわけがなかろう。ここ保管庫から仮眠室に辿りつくには、小等部を抜けなければならない。距離がある。だが、道が分からないほどでもない。
 要らぬ心配をした小夏先輩は、すぐに気を取り直して前を歩いた。
「そ。だったらあたし、さきに休むわね」
「お休みなさい」
 とそれっきり振り返らなかった小夏先輩にむけ、小声で別れた俺たち。
 仮眠室は二人並ぶと狭い。布団を敷けば、それがより狭く感じる。そういえば、Dクラスに落第されたとき、あの夜を思い出す。落とされた一日目の夜、みんながスヤスヤ寝ている横で俺だけ、目がギンギンで眠れなかった。
 暖かい布団でもなければ、川の字スタイルなんて初めてだっから眠れなかったんだ。
 そのときの窮屈さと寂しさ、今でも覚えている。その感覚、少し今と似ているなぁ。
 あのときは、孤独と絶望に震え、布団を頭まで被って寝るのを待っていた。でも、そんなとき隣にジンがきて、俺が眠れるまで沢山の話をしてくれたな。
 感謝してもしきれない。ジンとここまで生きてることに、どうしようもなく笑みが浮かんだ。
 仮眠室の硬い畳に布団を敷いた俺たち。Dクラスのような川の字では流石に眠れなかった。お互いに布団を敷いて、俺の隣にジンがいる。
 日中外さなかった眼帯が枕元に置いてあり、ジンは、こちらに背を向けて寝ていた。
「起きてる?」
 返事がない。寝ているのだろうか。
 俺は久しぶりの再会で、こんなに目がギンギンで眠れそうにない。誰か話し相手してくれ。
「寝てる」
 返ってきた。
「やっぱ眠れねぇよな」
 ハハと笑った。
 それからジンとは、眠れるまでお喋りした。昔のように。ジンは最初「野郎二人この密室でイチャイチャ話すことない」と拒否ってたが、恥ずかしい昔話になると、割り込んできた。文化祭のときの話とか、あのとき脱走で俺がしくじった話とか。
「でも、あの幻術の結界破ったのってジンじゃなかった?」
「は? んなわけねぇだろ」
 外を見に行こうと脱走したのは、ジンと俺二人。でも俺にはそんな記憶がない。ジンもそんな記憶がないと言われたので、あの日誰が幻術の結界を破ったんだ?
 急にホラーな話になったのでジンは、身震いして布団を肩まで覆った。
「やめようぜ。こんな話。眠れねぇ」
「確かに」
 俺も肩まで布団を覆った。久しぶりに人と喋った。今までは人語を理解してても返事を返すことはない生物ばかりで、ちょっと寂しかったが、今はもうそんなことない。
 そうだ。みんなと再会したら、クロのことを話そうと決めていたんだ。黄金の砂漠で出会った一匹の蠍。
 きっと、驚くに違いない。視界がだんだん薄れ意識が遠のく。そうして深い眠りにどっぷりと落ちた。

 朝。
 布団を片付けて、食堂に向かう。起床時間の一時間も早く。理由は生徒たちが驚くからだそうだ。
 確かに。学園内で教師じゃない大人がいたらそりゃあ、怖いし、不審に思われる。俺たちが学生のころは、そんな人物全くと言っていいほど見かけなかった。見えない部分で配慮されていたのか。

 一人旅のせいでか、早起きは苦ではなかった。誰かがつくってくれた料理を久しぶりに食べるのも感激だ。当初のことを忘れそうになる。
 別別に別れてわざわざ集合する約束までつくったのは、世界を知るため。それぞれ別別に見てきた景色を合わせて、地図みたいに島のことや世界を知るんだ。

 誰もいないガランとした食堂は稀に見る。まだ生徒も起きてこないから、学園中が祭りのあとのように冷え切っていた。
 俺はカツ丼。ジンは唐揚げ。
 ジンの野郎よく飽きないなぁと思いつつ、食べる手を早めた。
 まだ生徒たちが起きるのは、一時間も早い。ここで当初の目的を語ろう。

 俺は東に、ジンは西に。別れてから三ヶ月海を放浪し、まず辿りついた大陸は、何もない荒れ果てた地だった。
 草木もおろか、虫も動物もいなかった。太陽が登るとそこは、厳しい環境で、隠れる高い壁も日陰もないので、日中は熱中症になりかけた。
 その次の大陸行っても、どれも荒れ果てた地。黄金の砂漠に辿り着いたのは、それから何年か過ぎたころの話だった。
 東は、荒れ果てた地が多く、たとえ人間がいてもとてもや住める環境ではない。

 今度は西に向かったジンの話だ。東の話を訊いてか、西はどうやら「当たり」だったらしい。
 西は、ジャングルとおとぎ話のような巨大生物の話だった。毒のある草木や同族を喰らう虫など、確かに荒れ果てた地しかなかった東より「当たり」かも。
 でも、その分命の保証がない。
 呪怨者であるジンでも、巨大生物には命からがら逃げれたという。たとえ人間がいても、とうてい生きていけれる場所じゃあない。
 
 東も西もどちらも危険なのは分かった。でも、分からないのは一つ。
「卒業生たちはどこにいるのか」
 そう。卒業した生徒は大半この島に留まって教師になる。が、その道を選ばずに島を出て俺たちみたいに、長い旅をしている生徒はいるはずだ。
 でも、いろんな大陸に上陸しても人は見かけなかった。
 小夏先輩に聞いて、過去の卒業生たちをまとめてくれた。島に留まった者、あるいは島を出た者を分析してみた。
 なんと、卒業生はたったの二十数名しかいない。邪鬼の闘いで、数名は卒業する前に死ぬのだ。卒業した奴らはいわば、悪夢の中を脱出した奴ら。
 まとめてみると、島に留まっているのが二十数名中、約半数。やっぱり島を出ている者は数えた程度。
 幻術の結界で守られている場所に留まったほうが安心だ。だからみんな島に留まる。
 旅をしても見つからなかった。島を出た人たちは、もしかしたら、一箇所に集まって集落を作っているのかもしれない。
 でも、それは何処。東西以外の行けなかった南北辺り。
 これは、もう一度海に出るか。ジンが南に俺は北に。また別別に別れて旅をする。そしてまた、この場所で集合する。

 見てきた大陸で奇妙な植物や、虫、獰猛な生物のことをこれでもかっと自慢に語り合った。当然このとき、クロの話した。
 想像したとおり、びっくりしている。その間抜けな面に、俺は笑った。そのときだった。

「お、邪、魔っ!」

 そう、甲高い声が俺たちの間に割って入ってきた。しんと静まり返った。声のするほうを恐る恐る顔を向けると、俺たちが座っている席の目の前に女の子がちょこんと立っていた。
 ちょこんと立っていたでも、仁王たちだけど。
 ストレートな髪の毛をポニーテールにし、ややつり上がった目尻、少女は、小等部の制服を着ていた。
「お、邪、魔!」
 少女は、さらに強く叫んだ。いや聞こえてるし、めっちゃ響いてるし。ふん、と鼻息を荒くし、俺たちのことをめちゃくちゃ睨んでいる。すっげぇ上から目線な感じだけど、実際は見上げてる。
 俺はチラと向かいの席のジンの顔を見た。ジンも同じタイミングで、目が合う。
「どうする?」
「どうするもなにも、おかしくね?」
 小声で耳打ちする。
 ジン含む俺もおかしいと気づいた。この異様な空気に。
 制服で少女が小等部の子なのは分かった。でも、起床の鐘もなってないのに、勝手に彷徨いている。昔の俺らは脱走とかしたけど、流石に鐘が鳴っていないのに、彷徨くことはしなかった。今の子凄い。
 少女の口は、プクと膨らんだ。口の中に何かを詰めているのか。眉間に皺をよせ、鋭い眼光で睨みつけている。
 俺たちが退かないから怒っている。めちゃくちゃ怒っている。
「ここ、うちの席なの。退かないならおじさん詰めて」
 よいしょ、とさも当然のように俺の隣に座ってきた。
 おじ、おじさんだと!? まだ二十三だ。歳にみえるのは、日に焼けているからなのかもしれない。でも、そんなに老けてみえないだろ。
 さっきから、ブフと笑いを堪えてる声がする。ジンがお腹を抑えて、俺が老けてみえることに、笑いを堪えていた。
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