この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅵ 魂と真実を〜23歳〜

第77話 管理者

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 少女を見上げ、ポツリポツリと語った。
「この子、AクラスなんだけどDクラスの子と仲良くてね。よくうちの生徒と仲良くしてたんだけど、Dクラスと仲良くするのを良く思わないAクラスの子から虐めにあって、自さつしたの。この前だよ。ほんの数ヶ月前」
「え、小夏先輩覚えてるんですか?」
「ここに来たら思い出したの。それまで忘れてた」
 強力な記憶操作のせいで死んだものを忘れるようになってる。でも、ここに足を運んだ途端に忘れてた記憶が、突然に蘇った、そんなことがあるのか。
 現に俺は大好きだった「彼女」のこと、断片的にしか思い出せないのに。
「でも、確かに凄いとは思うけど、興味はひかないなぁ」
 ジンがテンション低めに肩を落としてそう言った。
 確かに。興味をひかれるものではないな。素っ裸の女の子とか野郎のみても、全然テンションが高まらない。むしろ、低くなっている。
 テンションが低くなっている俺らを察してか、小夏先輩は大きくこほんと咳払いした。
「近頃の実験では、ディマアァイズ起こした生徒もなんとか回復できるって。これは発見じゃない?」
「ディマアァイズ起こした生徒も!?」
 確かに興味を注がれる。ディマアァイズ起こした生徒は、邪鬼になる。その道しかなかったが、近年ではこの水、詳しくいえば回復呪怨の泡で出来た液体だという。
 生きている者にとって猛毒の液体と言われている。
 ディマアァイズ起こした生徒でも回復できるってことは「彼女」も蘇ることができるのか。
 頭の中で薄っすらとある断片的な記憶。サラサラの金髪に、アクアマリンの瞳をした女の子。
 その子は、よくちょくちょく夢に出てくる。海の中を泳いでいるよう感じで髪の毛はユラユラと揺れて、彼女の背後は禍々しい黒い煙が立っていた。
 彼女は、真正面に立って俺を見つめている。アクアマリンの瞳を濡らして悲しい表情を向けて、ぶつぶつと何かを言ってる夢。
 よく聞こえない。近くにいるのに、全然聞こえない。
 そんな悲しい表情でどんな言葉を投げている。そんなに泣いてどうした。君と俺はどういう関係なんだ。
 夢の中現れるたびに、俺はそんな泣いている彼女を助けようと手を伸ばすが、体が思うように動けない。
 水の中を泳いでいるみたい。どうしても手が届かない。そして気がつくと、目が覚めていた。その夢を見るたびに勝手に涙が流れてる。
 きっと、俺にとって「彼女」は特別な存在だったんだ。だからこうして覚えてる。
 強力な記憶操作は、島を出たら少し呪怨の紐が緩む。そのせいでか、断片的な記憶しかない。
「ね? 興味持ったでしょ」
 小夏先輩が誇らしげに笑った。
「確かに。興味持ったけど、それだけじゃ――」
「あら、お客さん?」 
 三人とも、びっくりして声のしたほうを振り返った。そこには、白衣を着た女性が立っていた。
 白衣から覗くスラリとした足が魅力的で、出るところは出て、ひっこんでいるところはひっこんでいる、ナイスバディな体型したお姉さん。足に関しても、それ以外にもフェロモンを出している。
「珍しい。こんな所に客人なんて」
 女性が、穴があくほどこちらを凝視してきた。大きくてビー玉のような瞳。好奇心旺盛に瞳の中がキラキラ光っている。
 ナイスバディしたお姉さんだけど、笑ったら無邪気だ。心にすっと通る澄んだ声。
 十九年間ここにいたけど、こんなフェロモンだす教師は見かけたことない。誰だ。
 小夏先輩は、その女性に近づいた。
「牡丹先生、いらしゃったのですね」
「ここは私の実験室だからね。それで、そちらは?」
 小夏先輩に向けていた視線が、こちらに向けてきた。俺とジンはびっくりして、肩をびくっと震わせた。
 さっきの絡みで小夏先輩も知っている人と分かったので、若干安心した俺たちは、おずおずと喋った。
「カイ・ユーストマです」「ジン・アゲラタムっす」
 それぞれ自己紹介すると、女性はぱぁと表情が綻んだ。
「あなたたちね!? あの夜を体験した卒業した生徒は!」
 ぱぁと笑ったとき、黄金の光が襲った。眩しい。神々しい光が彼女を照らして、彼女をまともに見れない。
 黄金の砂漠よりも眩しいなんて、この人の呪怨なのか。

 この人は、李牡丹先生。この実験室の管理者らしい。ん? 李牡丹ってどこかで聞いた名前だな。記憶を探っても、誰からどうのようにして伝わったのか、よくわからない。
「私が招待したかったのに」
「忙しいと思って先に案内しました」
 牡丹先生はここの管理者なので普段はここに居座っている。だが、ごく稀に上に行って何かをしているらしい。さっきも上に行って図書館の本を借りていたらしい。
 数冊の本を胸の前で大事そうに抱えている。
  ここからは牡丹先生に案内された。ここよりさらに奥に場所に足を運ぶ。歩いても歩いても景色は変わらない。水が入ったカプセルと裸体の人間。
 生きてるのか、死んでるのか。
 保管庫の下がこんなだとは誰も想像しないだろう。一度入った俺たちも想像なんてしなかった。

 ピタッと足を止めた。
 歩き続けてもずっと同じ景色でそろそろ、飽き飽きしていた頃、足を止めるほど繊細な美しいカプセルの前で止まった。
 カプセルに魅入ったわけじゃない。カプセルの中の人間に見惚れた。

 全神経がその人間に注がれた。美しいと思うと同時に、何故か「懐かしい」と感情が湧いてきた。
 頭の奥にある何かがピシッと割れた気がする。でもその亀裂は、ほんの僅かで今は自分でも気がつかなかった。
 カプセルの中に入っているのは女性。まだ発展途上の小さなお胸とツルツルの割れ目が丸見え。外見からして六~七歳あたり。
 俺はロリコンじゃない。まだ幼い子の裸体見て興奮する性格じゃない。見惚れたのは体じゃなくて、人物だった。
 太陽のように眩しい髪、水槽でも分かる白い肌、見覚えがある。

 夢でちょくちょく現れる女の子とそっくり。そっくりというか、幼さがあるから、別人かもしれない。でも、似ている、と直感した。
 途中から立ち止まった俺に不審に思ったジンが振り返ってきた。
「どうしたんだ?」
「この子、見覚えないか?」
 ジンは首をひねり、カプセルの中の少女と俺の顔を交互に見比べた。
「まさかロリコン……?」
「違う」
 確かに誤解を招くような言動だけど、こっちは真剣なんだ。ジンに聞いた俺が馬鹿だった。言っても、小夏先輩も牡丹先生にも聞けない。
 小夏先輩に限っては、ジンと同じようにロリコンなの? という同情と哀れみの眼差しを向けてくるに違いない。
 ここの管理者である牡丹先生に聞いてみるのが一番早いが、まだ初対面なのにそんなの聞けない。
 まだ時間はあるんだ。焦ることはない。じっくりと時間をかけて聞き出そう。
 俺はカプセルから前を歩いているジンたちの元に向かった。

 カプセルの中の泡がゴポポと下から上に流れ、彼女の髪の毛がユラユラと大蛇のように揺れた。
 牡丹先生がこのとき、どんな表情でいたのか俺には、いやきっとこの場にいたジンも小夏先輩も分からなかった。

 牡丹先生に案内されたのは、カプセルも管もない広い部屋だった。
 ここに来るまでもずっと松明の炎で足元を照らしてたが、ここの室内だけは上と同じように照明だった。
 広い部屋とは言ったものの、足の踏み場もないほど大量の本がごっちゃ並べていた。机にも椅子にも数冊の分厚い本が置いていて、正直に言うと汚い部屋だ。
「汚い部屋だってよく言われるー」
 俺の心を読んだのか、牡丹先生は笑った。
 牡丹先生は、椅子に無造作に置かれた本をバサッと手で払い除け、こちらに三脚用意してくれた。
 三脚用意してくれたのは有り難いが、どれも古びてて、中身が出ていたり、キシキシ揺れたり、脚が折れてて曲がっているもので、居心地は悪い。
「お茶淹れるわね! じっくりあの夜のお話聞かせてちょうだい!」
 キラキラと眩しい笑顔で言われたので、断ることさえできない。
 この人は好奇心旺盛で、きっと実験の為ならば全てをなげうる性格なんだな。厄介だな。出来れば〝あの夜〟のこと思い出したくないし話したくもない。
 痛い、苦しい思い出だ。噛み締めれば喉の奥がきゅっとしまる。
 牡丹先生は、床に無造作に積んだ本を怪獣のように壊して歩いている。ガサツな人だなぁ。
 重いため息つくと、横にいたジンが
「あの、俺たち〝あの夜〟について話したくないんですよ。勘弁してください」
 はっきりと、力強く言った。
 室内がしんとなった。興奮気味にお茶を沸かしていた牡丹先生の目が大きく見開いている。
 暫く沈黙だった。
 その沈黙の中、牡丹先生は大きく見開いた目をゆっくり通常に戻し、しゅんと肩を落とした。動物だったら確実に尻尾が下がっていた。
「そう。ごめんね。無神経だったね、話したくないこと押し付けて」
 牡丹先生ががっかりしている。でも、ほんの僅かに安堵している自分がいる。
 〝あの夜〟について語らなくて。
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