上 下
33 / 101
Ⅲ 奪取の魔女 

第32話 お食事

しおりを挟む
 食堂を出た廊下から、学校の植物園が見えた。偶然目がそこにいったのかもしれない。どうして? それは、彼女がいたから。
 悠々と紅茶を飲んでいた彼女に、声をかけた。
「普段からここでお食事されてらっしゃるんですか?」
 彼女は振り向くと、ニコッと笑った。
「まぁ、ユナさん。それに、そこにいるのは殿方とお友達?」
 目を黒い帯で隠しているのに、誰が誰だか、はっきり分かるマドカ先輩は凄いな。

 ここは、魔女の学校の敷地と思えぬ場所。バナナの木があったり、大きな花か咲いてたり、赤い薔薇が咲き誇る植物園。辺り一面緑の植物ばかり。
 空気が暖かくて、花と植物の匂いが充満している。
 こんなところで悠々とお茶しているのは、マドカ先輩。さっきぶりだ。魔女を支えるバディの姿はいない。たった一人。

 ナノカは、少し頬を赤くして会釈。リュウとダイキも余所余所しく会釈。
「そんな畏まらないで。こっちに座りましょう?」
 丸いテーブルに三人掛けの椅子が二つ用意されてた。まるで、わたしたちが来るのを知って用意したような。でもマドカ先輩は普通の人間だ。神様なんかじゃない。
 マドカ先輩と同じ机を囲むのは、わたしとシノ。知っている人のほうが、マドカ先輩も落ち着くかな。
「いつも、一人で?」
 シノが訊いた。
「えぇ。普段から周りに人がいるので、ここは落ち着きます」
 確かに。人がなかなか来ない場所だ。辺り一面緑に包まれたところで、ご飯を食べる気は進まない。
 マドカ先輩の机の前に広がっていたのは、四角い弁当だった。小さい箱庭で、食べ物が小さく刻んである。
 ぐるぐると、唐突にお腹の虫が鳴った。
 わたしは、すぐにお腹を抑えたけどもう遅し。全員の耳にしっかりと聞こえる音量の音だった。
 恥ずかしい。穴があったら入りたい。
 リュウとダイキのほうが、お腹空いてるはずなのに、何わたしこんな大きな音鳴らしてんの。
 マドカ先輩が、くすっと笑った。
 笑われてしまった。
 わたしを今すぐ深い穴に埋めてください。

 マドカ先輩が弁当を差し出した。
「どうぞ、これを、お腹が空いたのでしょう? お友達の方も」 
 リュウたちは、顔を見合った。
 確かに。お昼ご飯殆ど食べていないけど、せっかくのマドカ先輩の食事を妨げることはできない。しかも、マドカ先輩もそんなに食べていないきがする。 
 四角い箱に詰まった食べ物の量が、然程変わっていない。
「私はいいのです。もうお腹いっぱい食べましたから。それに、お腹を空かせている後輩を、このまま見過ごす訳にはいけませんから」
 なんて、なんて優しい人なんだ。
 こんなに慈悲な人、人生でこの人だけだ。マドカ先輩のお言葉に甘えて、わたしたちは弁当を食べた。
「美味しい。これ、マドカ先輩が作ったんですか?」
 ふわふわの卵焼きを一口食べて、不思議に訊いた。 
「スズカさんです。いつも作ってくれて、感謝してます」
 胸の前に手を合わせ、にこっと笑った。
 穏やかに。食堂での異様な空気を知らない無垢な笑み。

 スズカ先輩の名前を聞くと、ナノカがゴホゴホと噎せた。スズカ先輩の名前だけで、軽く反応している。
 ナノカが噎せたことに、マドカ先輩は、慈悲にお茶をカップに注いだ。それをナノカの前に差し出す。
「スズカさんのこと、あまり悪く言わないで。あの人は繊細で、こんな私にも優しい人だから」
 嘘を言っていない。
 この人は嘘をつかない人だ。それを真面目に言ったのだから。
『せ、繊細……?』
 スズカ先輩にはとても合わない言葉だ。ナノカはまた噎せそうになり、マドカ先輩が注いでくれてお茶を、ガブガブ飲んだ。
 わたしたち、一度もスズカ先輩のこと言っていない。その前に、食堂での一件を話してない。マドカ先輩は、そういうところを何故か察知できる人だ。
 分からないといえば、マドカ先輩も分からない人だ。
「暑い……」
「確かに。ここ植物園だから暑いね」
 食べ終わってふと気づいた。汗をひどくかいている。リュウが服をパタパタとさせた。そのとき、鎖骨が見えてドキリとした。

 汗の玉がつぅと伝って、鎖骨に溜まっている。リュウと目が合った。見られたことに気づく。リュウは、不敵ににやりと笑った。
 わたしはかっとなり、プイと顔をそらした。みんな、汗をかいている。普段ここでご飯を食べて過ごしているマドカ先輩以外は。
 悠々とお茶を飲んでいた。
「これを飲めば、体が冷えますよ」
 カップにお茶を注いだ。さっきナノカに注いでたお茶だ。 
 確かにナノカはあれを飲んで、汗一つかいていない。あんなお茶にどんな秘策が。
 わたしたちは恐る恐るカップを手に取って、口に運んだ。
 ひんやりしたものが、口の中に侵入してく。口の中から、神経と筋肉がキーと硬くなっていく。
 一口飲んだだけで、極寒の地に置かれた寒さが襲った。汗をかいた体が、急に寒くなった。
「こ、これは!?」
 びっくりして聞くと、マドカ先輩は、ふふと自慢気に笑った。
「これは氷水というものです。スズカさんが用意してくれました」
 これもスズカ先輩が。
 マドカ先輩の生活をなんやかんやで支えてるのは、バディじゃなくて、スズカ先輩なんだ。あの横暴でわがままな人が率先して支えてる。

 普段、あんな感じだからイメージわかないけど、マドカ先輩の言うとおり、ほんとは繊細で優しい人なのかもしれない。
「こおり?」
 シノも首をかしげている。シノも知らない「氷」とやらを、スズカ先輩はいつも作ってマドカ先輩に渡しているという。
「氷というのは、水を固めてできたもので、私もあまり詳しくないのですけど、スズカさんは作るのは簡単だ、と仰ってました」
 世の中、知らないものだらけだな。
 氷水を飲んで、わたしたちの体は急激に冷めていった。体がブルブル震える。汗をかいた体だから、その汗がひどく冷たくい。体が凍るようだ。
「体が冷えたでしょう。暖房のきく部屋へ案内しますね」
 マドカ先輩が穏やかに言った。
 ほんとに見えていないのに、そこを察知する能力は凄い。でも、わたしたちは断った。ご飯ももらって、しかもそんなことまで優しくされたら、この人に甘えてしまう。

 それに、もうすぐ授業が始まるし。わたしたちは、植物園で別れた。その際、マドカ先輩が「良きお友達ですね」と切なく言った。わたしは「マドカ先輩も良き先輩です!」と言うと、マドカ先輩は口をあんぐりして困ったように苦笑した。

 それからお昼休みを終え、放課後となった。生徒会の時間だ。生徒会室に五人が集まる。もちろん、お昼で気まずくなったスズカ先輩とナズナ先輩もいる。

 でも、その間にマドカ先輩がいるから安心だけど。マドカ先輩がいなければこの生徒会、とっくに壊れていただろうな。マドカ先輩は学校だけじゃない、生徒会での安定剤みたい。

 今日の生徒会でのお話は、再来週やってくる街のお祭り行事。生徒会は、学校での行事だけじゃなく他にも街のお祭りなんかも、参加する。ほんとに大変だ。
 催しとか、飾りとか、予算とか、色々あって足りない頭がパンクしそう。
「今年のお祭りでは、生徒会は出し物を出そうと思います。意見のある方は?」
 マドカ先輩が中心的に語った。
 マドカ先輩が中心的に立つと、誰も何も逆らわない。一瞬、書紀のナズナ先輩はげんなりした表情をしたけれど、副生徒会のスズカ先輩がノリ気で、仕方なくナズナ先輩は案を受け止めた。
 シノが小さく手を挙げた。
「お祭りなんで、食べ物関係……ですか?」 
 曖昧な口調で、訊いた。
 マドカ先輩は、頬に手を当て首をかしげる。
「そうね。食べ物関係ね。誰か、料理できる人」
 空気が静かになった。それまで、ワチャワチャやっていた空気が一瞬で。マドカ先輩がたじろいた。
「あら。誰も? スズカさん出来るのでは?」
 矛先をたったのは、スズカ先輩。
 スズカ先輩は、眉間にしわをよせた。
「嫌ですわ。何故わたくしが汗かきながら、料理を奮えと? ご冗談を」
 マドカ先輩がしゅんと肩をおとした。
 スズカ先輩は、ふんと鼻をならしそっぽを向いた。変な空気だ。さっきまでノリノリな空気だったのに、食堂での空気と何か似ている。
 わたしは、急いで手をあげた。
「あの! 食べ物関係じゃなくても、金魚すくいとか輪投げとかありますよね? わたしたちも、その方向でいったら」
 マドカ先輩が、パン、と胸の前に手を合わせた。キラキラした笑みで。
「そうね! その手がありました! ユナさんありがとう!」
 わたしの手をすくい上げるように、握った。真っ白な指先がわたしの手に。
 マドカ先輩が、いつになくはしゃいでいる。普段、穏やかでおとなしい人だ。お祭りとか、好きなのかな。
 手を握ったまま、マドカ先輩はグイグイわたしに訊いてきた。
「ユナさんは何をしたいんでしょう? 輪投げとか射撃とか、好きですか? 生徒会はどんなものを出しましょう。ユナさんの考え、聞きたいです」
 グイグイ攻めてきて、トンと背中に壁が当たった。もう逃げられない。この人の、いつになくはしゃいだ感じ、子どもみたいでキラキラしている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【R15】失意の女騎士と囚われの君

雪月華
恋愛
魔物討伐の怪我が元で病床にある女騎士エステルは、親の決めた許嫁がいたが婚約破棄される。 元許嫁は妹の夫となり、傷心の日々を送るエステルを慰めるのは古代遺物の魔道式機械人形のレオだった。 しかしレオには誰も知らない秘密があった。 機械人形でありながら、自らの意志を持つレオは、エステルに一つの提案を持ちかける。 番外編「蒼銀の大狼」「癒しの調べ」を掲載しました。 【R18】版を二万五千字加筆しました。レオ視点も加え、ストーリーもかなり手を加えてあります。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

キケンなバディ!

daidai
ミステリー
本作は架空の昭和時代を舞台にしたレトロな探偵物語。ハードボイルドコメディです。 1984年の夏、梅雨の終わり頃、神戸の和田岬に謎の女性が流れ着いた。謎の女性は瀕死状態であったが、偶然発見した私立探偵〝真部達洋(まなべたつひろ)〟に救われて一命を取り留めた。だが。彼女は過去の記憶を失って自分の名前すら分からなかった。  ひょんなことから真部探偵が謎の女性に面倒を見ることになり、彼女は〝山口夏女(やまぐちなつめ)〟と名付けられた。

ビースト・オンライン 〜追憶の道しるべ。操作ミスで兎になった俺は、仲間の記憶を辿り世界を紐解く〜

八ッ坂千鶴
SF
 普通の高校生の少年は高熱と酷い風邪に悩まされていた。くしゃみが止まらず学校にも行けないまま1週間。そんな彼を心配して、母親はとあるゲームを差し出す。  そして、そのゲームはやがて彼を大事件に巻き込んでいく……!

処理中です...