うちのペットはもしかしたら地球を侵略するかもしれない。

ハコニワ

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三章 侵略者とガーディアン

第41話 救出作戦

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 ダスクの烏が部屋の窓をコツコツと突いた。夜遅く、家は消灯していた。浅い眠りから覚めて、恐る恐るカーテンを開く。烏はまるで、ここを開けてというようにコツコツと嘴で窓を叩いている。
 戸を開けると烏が枠に両足をつけて、カァと甲高く鳴いた。目の前で烏の声を聞くと不気味だな。夜遅くに来るのも不気味だし、一体何しに来たんだ。
『シンリャクシヤ、ホカク! ガーディアンクルスケニホリョ、クリカエス! シンリャクシヤホカク! クルスケニホリョ!』
「は!? 待て!」
 烏はそれだけを言うとバサバサと音を出して羽ばたいていった。暗闇の中に消えていく。烏が飛び去った空を眺め、もう一度戻ってこないかじっと待ち続けた。待てど暮せど戻ってこない。
 烏が言っていた片言を思い出した。それを解釈してみる。
「ガーディアンの長、来栖家に捕獲された!?」
 俺は家を飛び出した。
 足を滑って階段を踏み外した。ドタバタやっても中々家族は起きてこない性分でよかった。リビングにいた愛犬たちは気づいて尻尾を振ってくる。
 しっ、と人差し指を唇に翳すと愛犬たちは寝たフリをしてくれた。

 玄関をそっと出ると、玄関先で待っていたのは委員長だった。ちょうど、インターホンを鳴らそうと腕を伸ばしいる。
「委員長!?」
「一樹くん! 良かった。深夜で鳴らしたら迷惑だからどうしようかと思っていたの」
 委員長の額には大粒の汗が浮かんでいた。側にはピンクの自転車が置かれていて、自分家からここまで走って来たのだろう。委員長が焦って来た理由は俺と一緒だ。

 烏からの電報を聞いた。コスモたちがガーディアン機関に捕らえられ、ガーディアンの本部に捕虜されている。
「助けにいこう!」
「うん!」
 でも、委員長も俺もコスモたちが捕らえられた場所を知らない。途方にくれていたその時。頭上に烏が飛んでいてカァ、と鳴いた。相原家を囲むように飛んでいる。
 たった一匹の烏だ。暗い闇夜に一匹の烏が飛んでいて、何かを示しているかのように低く飛んでいる。
「あの烏……」 
 ダスクの烏だ。
 直感した。
「委員長、ついていこう」
 俺は裏から自転車を取りに行って、委員長も自転車に跨り、烏の後を追った。烏は低く飛んでいて、ゆっくり飛行していた。
 俺たちが見失わないように、かなりスピードを落としている。俺たちは上空の烏の案内で立派な屋敷にたどり着いた。

 何処までも続く壁で、玄関が大きい。インターホンがどこにもない。
「ここ、入っていいの?」
 委員長が俺の顔を覗いた。
 烏はここの玄関で足を止めている。早く入れ、と言いたげにこちらをじっと見ている。烏がここだと示しているなら、信じるしかない。
「委員長、ちょっと離れてて」
 委員長はゆっくり後退した。ふぅと息を大きく吸った。拳に力を込める。インターホンがなければ壊すしかない。久しぶりに拳に力を込めると、高揚感が高まる。

 大きく息を吸い、息を止めた。ありったけの力をこめた拳を振り落とす。雷鳴が落ちてきたような音。大きな玄関は真っ二つに別れてもう片方は、地面に崩れ落ちた。土煙が舞う。
 警報が鳴らない。通常なら、門が壊されたとき警報が鳴ってバタバタと中にいた連中が揃ってくるのに。ここの屋敷は見た目の割に不用心だな。

 土煙がやがて消えていき、中の景色が見えてきた。日本庭園みたいな拓けた場所だ。白い小石。マツの樹がたくさん並んでいた。ここまで来た以上、引き返すことはない。そんな薄っぺらな覚悟でここに立っているわけじゃない。
 コスモたちが心配だ。早く救出しないと。
「委員長行こう」
「うん」
 中に侵入し白い小石を踏むと、ジャリジャリ音がなる。烏が目的地まで届けたぞ、と言ったようにカァと鳴いた。委員長がありがとうと穏やかに言うと、烏は満足したのか大空に羽ばたいていった。

 ジャリジャリと歩んでいく。二人の足音しかしない。他に物音はしない。静寂だった。でも静寂な空間の中で異様な空気を感じ取った。さっきから、肌に当たるとピリつく殺気。向こうの家屋からだ。

 大きな橋を跨いでいく。金魚が優雅に泳いでいた。赤い金魚と黒い金魚がこちらに集まっている。左右に別れた両目をギョと見開いて、侵入してきた俺たちを眺める。気色悪い眼差しだ。

 金魚たちから背を向けるように歩んでいった。
「金木犀の香りだね」
 背後にいる委員長が何気なく呟いた。庭に入ったときから、良い香りがすると思ったら、金木犀の香りだった。でも季節花じゃないし、辺りはマツしか植えていない。
 一体何処からするのやら。
「委員長、油断してると――」
 くるりと振り向くと、委員長の背後から黒い影が忍び寄って来る。
「委員長!」
 俺は委員長の腕を掴んで、自分のほうに引き寄せると黒い影が何なのか分かった。影だ。巨大な影。

 今宵は満月でもなく、満月より少し欠けた月だった。それでも地上は月の光で妖しく光り、影が伸びている。委員長の影だけじゃない。

 背後にもう一人誰かがいないと作り込まれない。なのに、影に気づいて委員長の位置を変えた途端に、影の姿がなくなっていた。気配がある。
 気配を消していて、気づかなかった。こんな近くに殺気があるっていうのに、全然気づかなかった。

 ガーディアン機関の連中だ。誰かは分からない。でも、なんとなく「やられる」と直感した。本能的に逃げろと警告してくる。でもその指示に従えられない。コスモたちを無事、助けに行くまでは。
「一樹くん……」
 委員長がボソリと呟いた。
「委員長、俺がついてる」
 委員長は怖いのか、じっと固まっていた。俯いているからどんな表情しているのか分からない。でも、固まったまま何かを必死に言いたそうに口をパクパクした。
「さっきから、糸で固定されたみたいに動けない。息は出来るけど、他の神経を動かそうとしても、全然動かないの、これ、どうしたらいい!?」
「委員長落ち着いて!」
 俺は委員長の腕を掴んだ。ほんとだ。ピクリとも動かない。委員長の足裏はピッタリと地面にくっついて、離れようとしない。

「私のことはいいから、コスモちゃんたちを救出に向かって! こんなところで足止めしている場合じゃないよ」
 委員長は真剣な表情で、真剣な眼差しで俺の目を見つめた。コスモたちを救出しに行きたいのは本音だ。でも、ここで委員長を置き去りなんかしたら目覚めが悪い。
「ここで委員長を置き去りなんかしたくない。一緒に来たんだ。一緒に帰るぞ」
 委員長は目に涙をためた。 
 俺の言葉を聞いてゆっくり頷く。でも分かっていながらも、やっぱり身動きが取れない。ほんとに何かで固定されたみたいだ。
「美しい友情だね」
 静寂だった空間に男の声が響いた。

 その声ではっと気づく。自分たちの背後からだ。大きな影が自分たちの影を飲み込んでいる。たった一人の男の影。
 恐る恐る振り向くと、男性がニコリと笑った。覡の服を着た男性で優しそうな顔立ち。
「手荒なことはしたくないな。でも素直に帰ってくれたら嬉しい」
 男性の影が妙に伸びているのは、月が背景にあるから。俺たち二人の影を飲み込み、一体化している。
「はっ、ここまで来て帰れるか。コスモたちを出せ! 人の子を誘拐しておいて、帰れるか!」
「う~ん、人聞きの悪い」
 男性は困ったように目尻をさげた。
 何処にでもいそうな男なのに、ガーディアン機関の連中だと思うと冷や汗が流れる。自転車を漕いできて、暑さで流れる汗じゃない。冷たくて嫌な汗がツウと頬を伝った。

 帰らない意志を聞いて、男性はやれやれと手のひらを上に向かせる。何か仕掛ける。委員長を守るように腕を伸ばした。

 途端に自分の体がおかしいことに気がつく。

 動かない。自分の意思では伸ばしてるはずなのに体は動いていない。神経がおかしくなったみたいだ。今度は試しに足を動かそうとした。
 動かない。なんだこれ、足裏がぴったり地面にくっついて動こうともしない。

 頭の中で動け、と何度も暗示しているのに神経が途切れたのか全く体が動かない。手品みたいだ。この男に、手品にでもかかったのか。

「何した」
「動きを止めただけさ。影を踏んでね」
 言われて影を見てみると、自分たちの影と男の影と同化していた。影踏みみたいだ。でもそんな特殊な力、人間技じゃない。

 アポロたちも戦うときは人間技じゃなかった。ここの集団は特殊能力でも使えるのか。
「素直に帰ってくれる顔じゃないね……ん?」
 男がニヤリと笑うと、腕を耳に伸ばした。耳につけたイヤホンから何か聞いている。ニヤリと笑った男の顔が一瞬、驚いたように目を見開いた。刹那「了解」と答える。
「来栖様が寛大な心で侵入してきたことを許してらっしゃる。ついてきて。侵略者の相棒を見てみたいと君たちを招いてる」
 くるりと男が背を向けると、途端に張り詰めた糸が切れて体が動いた。 
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