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赤い靴
5―1 夜
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最初はほんの気まぐれで買った赤い靴。
高いハイヒールの形。全身に光沢が広がって血を連想させるような靴。
十年も付き合っていた彼氏に突然の別れを突きつけられ、その帰りに買ったもの。本当に、気まぐれで買った靴だった。
§
コツ コツ
まただ。
歩いている。こっちを通り過ぎた。
酔ったような虚ろな足音。買った夜から毎晩靴だけが家中を歩き回っている。
そう、靴だけだ。誰も履いてないのに勝手に彷徨く靴。不気味になって一度は捨てたことがある。でも、忠誠を誓ったように私のところに戻ってくる。
コツ コツ
私の部屋をまた通り過ぎ、二階を降りる。この甲高く空気を割るような足音はどこに行ってもよく分かる。
どうして彷徨いてるのか。どこに向かっているのか、何をしたいのか分からない。
けど、確実に分かるのは彷徨っているだけでなんの危害も加えないこと。現に、私は部屋で勉強をしている。部屋には来ないのだ。
廊下でばったりすれ違っても私が避ければ、さきに歩いてくれる。
このまま、なにもなければいいけれど。
§
カツン カツン
来る。あいつが来る。
こっちを通り過ぎる。早く早く通り過ぎろ。
自信に満ちた歩きかた。床をカツンカツンと言わせ、鹿のように軽快に歩いている。
それだけじゃない。靴から青白い足が伸びている。数日も経たないうちに膝、骨が浮かぶほどやせ細った胴体、血色の悪い首が見えるようになった。
返り血を浴びたような真っ赤なワンピース。女だと分かる。
私は勉強する気も起きないで部屋に鍵をかけ、ベッドに潜った。毛布を頭まで被り、足音が一階に降りるまで身悶える。
今夜も彷徨っただけで部屋にはあがってこなかった。一階に降りる音を確認し、私は決心する。
明日こそ、絶対にあの靴を焼き払う。
塵塵になるまで焼き付くす、と。
§
この日が来た。誰も使われていない古い焼却炉に火を灯し、赤い靴を投げ捨てた。これで、やっと気楽に眠れる。安堵した束の間、地獄の窯に茹でたように足に激痛が走った。
足裏に釘をうてられ、その足で真紅の炎の上を歩いているような激痛。体にある臓器を焼かれたように熱い。なにこれ、なにこれ!?
私は靴を投げ捨て、身悶えた。思わず、両足を見ると、火傷したように皮膚が溶け、蝋燭の蝋のようにドロドロ粘着質になっていた。もはや、足ではなく蝋燭だ。
ドロドロ溶けた両足から覗くピンクの肉からは赤い血がとっぷとっぷと洪水のように流れ出る。
凄まじい苦痛と耐え難い熱さで意識が朦朧と化した。それで、私は思いだした。
私は数日前、振った男を殺したんだ。私が一番可愛がっていた後輩に寝取られて。私はショックで彼と後輩をズタズタに引き裂いて分解して、それから……あぁ彼が買ってくれた赤いハイヒールを履いて逃げたんだっけ。
それから、私は森で首を吊ったんだ。そうか、分かった。あの家で彷徨っていたのは私だ。未練がましく〝生〟に執着している私をはやく気付かせたいと彷徨っていたんだ。
あの日、私は白いワンピースを着ていた。でも、彼と後輩の返り血がついて赤いワンピースに変わって、彼の為にダイエットしていたからやせ細っていたんだ。
いつの間にか、赤い靴が目の前に置いてあった。帰ってきたんだ。私の靴。
履いてほしいと言いたげに赤い靴が私を待っている。分かった。でも、今眠いから少しだけ眠ってから履くね。
起きたらどこに行こっか。え? この世にはクズな男がいっぱいいる? そうなんだ。彼みたいな人がいっぱいいて、それで苦しむ子は私一人じゃないんだ。
そういえば、後輩の弟もそんな性格だっけ。それじゃ、向かおうか。
―『赤い靴』完―
高いハイヒールの形。全身に光沢が広がって血を連想させるような靴。
十年も付き合っていた彼氏に突然の別れを突きつけられ、その帰りに買ったもの。本当に、気まぐれで買った靴だった。
§
コツ コツ
まただ。
歩いている。こっちを通り過ぎた。
酔ったような虚ろな足音。買った夜から毎晩靴だけが家中を歩き回っている。
そう、靴だけだ。誰も履いてないのに勝手に彷徨く靴。不気味になって一度は捨てたことがある。でも、忠誠を誓ったように私のところに戻ってくる。
コツ コツ
私の部屋をまた通り過ぎ、二階を降りる。この甲高く空気を割るような足音はどこに行ってもよく分かる。
どうして彷徨いてるのか。どこに向かっているのか、何をしたいのか分からない。
けど、確実に分かるのは彷徨っているだけでなんの危害も加えないこと。現に、私は部屋で勉強をしている。部屋には来ないのだ。
廊下でばったりすれ違っても私が避ければ、さきに歩いてくれる。
このまま、なにもなければいいけれど。
§
カツン カツン
来る。あいつが来る。
こっちを通り過ぎる。早く早く通り過ぎろ。
自信に満ちた歩きかた。床をカツンカツンと言わせ、鹿のように軽快に歩いている。
それだけじゃない。靴から青白い足が伸びている。数日も経たないうちに膝、骨が浮かぶほどやせ細った胴体、血色の悪い首が見えるようになった。
返り血を浴びたような真っ赤なワンピース。女だと分かる。
私は勉強する気も起きないで部屋に鍵をかけ、ベッドに潜った。毛布を頭まで被り、足音が一階に降りるまで身悶える。
今夜も彷徨っただけで部屋にはあがってこなかった。一階に降りる音を確認し、私は決心する。
明日こそ、絶対にあの靴を焼き払う。
塵塵になるまで焼き付くす、と。
§
この日が来た。誰も使われていない古い焼却炉に火を灯し、赤い靴を投げ捨てた。これで、やっと気楽に眠れる。安堵した束の間、地獄の窯に茹でたように足に激痛が走った。
足裏に釘をうてられ、その足で真紅の炎の上を歩いているような激痛。体にある臓器を焼かれたように熱い。なにこれ、なにこれ!?
私は靴を投げ捨て、身悶えた。思わず、両足を見ると、火傷したように皮膚が溶け、蝋燭の蝋のようにドロドロ粘着質になっていた。もはや、足ではなく蝋燭だ。
ドロドロ溶けた両足から覗くピンクの肉からは赤い血がとっぷとっぷと洪水のように流れ出る。
凄まじい苦痛と耐え難い熱さで意識が朦朧と化した。それで、私は思いだした。
私は数日前、振った男を殺したんだ。私が一番可愛がっていた後輩に寝取られて。私はショックで彼と後輩をズタズタに引き裂いて分解して、それから……あぁ彼が買ってくれた赤いハイヒールを履いて逃げたんだっけ。
それから、私は森で首を吊ったんだ。そうか、分かった。あの家で彷徨っていたのは私だ。未練がましく〝生〟に執着している私をはやく気付かせたいと彷徨っていたんだ。
あの日、私は白いワンピースを着ていた。でも、彼と後輩の返り血がついて赤いワンピースに変わって、彼の為にダイエットしていたからやせ細っていたんだ。
いつの間にか、赤い靴が目の前に置いてあった。帰ってきたんだ。私の靴。
履いてほしいと言いたげに赤い靴が私を待っている。分かった。でも、今眠いから少しだけ眠ってから履くね。
起きたらどこに行こっか。え? この世にはクズな男がいっぱいいる? そうなんだ。彼みたいな人がいっぱいいて、それで苦しむ子は私一人じゃないんだ。
そういえば、後輩の弟もそんな性格だっけ。それじゃ、向かおうか。
―『赤い靴』完―
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