わたしとあなたの夏。

ハコニワ

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一 大倉麻耶 

第17話 遺体 

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 篤さんが入ってくるや、あんなにガヤガヤ賑わっていた部屋が一瞬にして静かになった。刹那、またガヤガヤと騒ぎだす。まるで、本当に篤さんがいないように。

 わたしが最も嫌いなのはこの雰囲気でした。みんなでよってたかって一人をいじめるなんて、虫唾が走るほど嫌い。
 篤さんが無視されてるのを見て、亜希子がクスクス笑った。目を色を輝かせているけど、こっちから見たら薄汚い。ふつふつと怒りがめばえた。それはもう少しで火口から溢れ出る。
「亜希子! もうやめ……――!」
 亜希子に詰め寄るや、礼子に腕を引っ張られ戻された。
「礼子、なにすんの!?」
「麻耶こそ何するつもり? ここで悪目立ちしたくないでしょ。それに大丈夫よ。私がただかやの外にいたと思わないでちょうだい。彼にはもう手をうってあるわ」
 ニッコリと怪しげな笑みを浮かべた礼子。亜希子の笑みと比べてみると怖さを引き立つ笑顔だ。
「うってある? なにを?」
 訊いてみると篤さんの態度がガラリと変わった。なんと、無視されてること構わず平気な素振りをしてみせた。堂々と胸をはって凛としている。いつもおどおどしている彼にとって珍しい一面だ。

 その態度に拍子抜けしたのは亜希子。クスクス笑っていたのが嘘みたいにびっくりしている。その反応を見て密かにざまあみろと思ってしまったのは口に出しても言え無い。
 なんと、礼子はあのときわたしたちの会話を訊いていたらしい。亜希子らが無視することをわかってそれなりの対策も礼子が篤さんに教えたそうだ。これは後に篤さんから聞いた話なんだけどね。
「みんなの体に異常なものはなかったよ。大変お疲れ様でした。ごめんね」
 黒渕メガネを人差し指でクィと上にあげた。淡々と喋る篤さんは大人の雰囲気を出している。それに応じてかみんなの態度もさり気なく戻った。
「当たり前でしょ! 異常なんか見つかったら……ごもごも」
 亜希子が突っかかる姿勢で言うも分が悪い顔して黙り込む。
「今さっきのはごめんな兄ちゃん」
 洋介が小声で耳打ちした。本当に反省しているのか、爽やかな笑顔を送っている。それはさておき、異常がなかったと知らされたわたしたちは次に、集会場の本場へと連れて来られた。

 そこには、事を済んだ大人と刑事さんたちがくつろいでいた。集会場に集まって研究者さんたちの話を聞くらしい。まるで、どこか偉い人の演説みたい。
 狭いとは言えない、かと言って広いとも言えない、集会場に村人二十八名と刑事さん六人がぎゅうぎゅうになってこの真夏の室内を満室にしていた。
 外は複数のミンミンゼミが仲間と会話しているようにうるさく鳴いている。遠くの景色がゆらゆらと蝋燭の炎のように揺れていた。

 陽炎が立つほどの暑さの中、わたしたちは外よりも暑い室内をこれほどに味わったことはない。
 中に入ってちょっと経っただけで首筋から小粒の汗が湧き出る。
「――結果、皆さんには体の異変、風土病などそれらのものは見つからなかったです」
 研究者さんの一人が喋る。この中で一番偉い人なのだろうか。なんか、威厳がある。声も低いしそれに顔が怖い。
 研究者のイメージを合わせた黒渕眼鏡に白衣。そして、それと合わぬ右耳から首筋に大きな傷がある。
 お人形さんみたいに針で縫ったような大きな傷。白衣で隠しているつもりだけど微かに動くとちょっと顔をだす。その人を仮に縫い傷さんと呼ぼう。

 風土病とかいろんな難しい話しを淡々と述べる。学者さんみたい。難しい話しはわからないから基本的に右耳から左耳へと流している。ので礼子と景子が解釈してくれる。
「――遺体の体を調べてそこにウイルス病がないか判断します」
 ざわざわと鏡を割ったざわつきがあちらこちら。話し聞いていないからこの空気に困惑した。
「なに? 何の話し?」
 隣にいる景子にそっと耳打ちすると、景子は切羽詰まった表情で応える。
「瞬ちゃんの遺体、解剖するんだって」
「解剖……? 体を切るの?」
 景子はコクリと首を縦に頷く。そんな、だって瞬ちゃんの遺体はもう土に埋めたよ。それにどこをどう解剖するの。瞬ちゃんの体は酷いのにますます酷いことにされちゃう。

 よそ者の人が指図してわたしたちの村をどんどん汚していく。どんどん汚してそれを真っ黒い海に支配していく。嫌だ。

 わたしはその場を立った。周囲が同い年で小さい子どもたちだったから立ち上がたら余計に目立つ。辺りがシィンと静まり返る。
「嫌です。なぜ瞬ちゃんなんですか?」
 わたしの声が室内に響いた。縫い傷さんがジッとわたしのことを足先から頭のてっぺんまで睨んでくる。うわ、やっぱり怖いよこの人。でも負けないわたし勝負事で負けたことないもん。
「ちょっと質問、いいかしら?」
 火花が灼熱する中、礼子が授業中みたいに挙手してきた。みな、わたしから礼子のほうへと視線をやる。
 周囲の視線が集まったことを確認した礼子は静かに口を開いた。
「体の中に異常とかウイルスとか、言ってるけど皆さんなにか忘れてません? 脱獄した死刑囚の話しはどこにいったの」
 壁際にいた刑事さんたちの顔色が変わった。狐に突つかれた顔。礼子はこの世の全てを見透した真黒い瞳。何者も寄せつけないそんな視線を刑事さんたちに向けていた。
 辺りがざわざわと大きく騒がしくなった。ふと感じてた違和感、それはその話しでした。礼子に言われるまで全然その違和感の謎に気づかなかった。やっぱり礼子頭良いんだなぁ。それともわたしが見えていないからかな。

 大半の大人たちはそのことをいち早く気づき、それで一回、刑事さんたちと揉めたらしい。そのとき、刑事さんたちは白々しくこう言った。

――脱獄した死刑囚なんてこの世にいるわけないだろう。ハッタリさハッタリ。情を厚くするのはこの方法が敵面なんだよ。

 辺りが途端にどよめき出した。鉄板に厚かった信頼がちりちりに途切れ、そして消えた。恨みと怒りが塗り替えられ。

 本当のことをいうと刑事さんたちをそこまで信頼していない。でも、なにかあったときの為に守ってくれるだろう、そう信じていた。ほんのちょっぴり大人という部分に信頼を持っていた。
 それが音もなく崩れた。大人を信じた、これが最初の裏切りであり心に深く刻んだ喪失。ふと、礼子に視線をめくった。
 首を項垂れ、下を向いていた。漆黒の黒髪が礼子の表情を分からなくさせている。その隙間から見えたものはなんと、笑顔だった。礼子はこの状況で楽しそうに笑っていたのだ。まるで、この展開が予期されていたような。
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